2 強盗を退治する
強盗たちは近くの森に向かっている。
森に入られると厄介だ。急いで追いつきたい。
地面を掴んで小石をいくつか握る。それを斜め上方へ投げて、落下地点を予測した。
小石は強盗たちの進路に落下するはずだ。
短剣を引き抜く。
後方へ向けて空気の泡を飛ばすと同時に、身を翻して強盗たちへ向けて駆け出す。空気の泡が私の背中を押して加速を促す。
やがて強盗たちに追いついた。
急いで減速する。
ずざざっと地面を擦る音。
強盗たちが振り向いた。
小石の落下地点とずれがある。少し調整が必要だ。
彼らが言葉を発する前に、素早く観察する。強盗は十三人いた。
一番中心にいるのがリーダー格と思われた。体格も良く、武器も防具も立派だ。
ユニスはその男の近くにいる。
「なんだ? お前は?」
近くにいた下っ端と思われる男が言った。ほかの男たちも私に気がつく。
「馬車にいた小娘か?」
「俺たちを追ってきたのか?」
軽い口調で、私のことを警戒する様子がない。
刺激しすぎるのもよくないと思ったので、短剣は鞘に収める。
彼らに向かって毅然と言い放った。
「お金を返してもらう。その男の子と一緒に」
ユニスが私を見て、叫んだ。
「に、逃げてください!」
だが、すぐに男に口を押さえられてしまう。
私はゆっくりと彼らに近づきながら睨みつけた。
「おい、こいつ睨んでやがるぜ。大事なお小遣いを俺たちに取られたもんで、返せってか?」
「銅貨一枚たりとも返すわけなかろうが。家に帰って父ちゃんと母ちゃんにまた小遣いをもらうんだな」
「残念だったな。せっかくの小遣いを俺たちみたいなごろつきに奪われて」
男たちは緊張感のない声で私をからかってくる。
強盗とはいえ、彼らを傷つけるつもりはない。素直に従ってくれれば戦うつもりはなかった。
だが、そうでなければ――
「素直に返しなさい。お金とその少年を。そうすれば痛い目に遭わなくてもすみますよ」
「おいおい、なんか自分を勘違いしているような台詞だぞ。お前みたいな小娘に何ができるって」
「この嬢ちゃん、俺たちに向かってきそうな勢いだ」
「怖い、怖い」
男たちはげらげらと笑う。
「私は冒険者です」
肘を曲げ、手首を相手に見せた。手首に巻いていたチョーカーに光るのは小さなルビーが二つ。
六級冒険者の証だ。
いきなり男たちの目つきが変わり、態度を豹変させた。剣の柄に手を添える者もいる。
「冒険者!? 六級冒険者か!?」
「まさか、こんな女が!?」
中央にいた男が威厳のある声を出した。
「見た目で判断するな!」
ユニスの腕を強く引き、後ろへと下がらせる。
「ボ、ボス!」
「そこの女。俺はかつて五級冒険者をしていた。今はこんな生業をしているが、女とはいえ、冒険者相手には手加減はしない。死にたくなければ立ち去れ!」
どうやらこの男がリーダーで間違いない。前に出ながらも剣を抜く様子はなかった。
おそらく仲間にやらせるつもりなのだ。
「嫌です。絶対に返してもらいます」
引き下がらない私をみて、まわりの者に指示を出す。
「立ち去らないか。命だけは助けてやろうと思ったのだがな。逆らう者には容赦をしない。お前ら、やれ! 殺せ! 女とはいえ情けをかけるな!」
男の指示で一斉に彼らが向かってきた。その数は十二人。
私も向かってくるのならば容赦はしない。だけど短剣を抜いてしまったら、ここは血まみれの地獄絵図になってしまう。それに私たちは傷つけられたわけでもない。殺してしまうのは躊躇われる。
私は右足を少し持ち上げ、地面を踏みつけながらリズムを刻む。
地面に微振動を起こさせ、男たちが踏み出す足にタイミングに合わせる。
本気でやると地割れが起きるから、適度に加減した。
床の上に置いた布を踏んで足を滑らせてしまうのと同じ原理だった。
向かってきた男たちは、地面の揺れに足をとられて転びだす。
「うおっ」
「なんだこれは!?」
次々に男たちが地面に転がった。
「お前ら、何をしているんだ!? 魔法による攻撃か!?」
リーダーの男が叫んだ。
男の周りで十二人の男が尻餅をついている。なぜ仲間が転んだのか理解できていない様子だった。
「ユニス! こっちへ!」
私の声に、彼がこちらへと走り出した。
「ふざけるな! 逃がすか!!」
リーダーの男が剣を抜きながら向かってきた。
それを私は身じろぎせずに冷静に眺める。
あえて動かなかったのだ。
斜め上方へちらりと視線を向ける。
さて、そろそろ落下してくる頃だ。
思惑通り。
敵の誘導も完了。
落下地点、よし。
タイミング、よし。
小石の雨でも食らってもらおう。
最初に投げた小石が次々と落下してきた。
無数の石つぶてが猛烈な勢いで落ちてくる。
小石とはいえ、かなりの高さから当たるのだ。ただでは済まない。
リーダー格の男の頭にどかどかとぶつかりだした。
「ぐわあああぁぁ」
数十個の小石が男の頭にぶつかる。男は悲鳴を上げながら白目を剥いていた。
「だから、素直に返してくれたらよかったのに」
私は肩をすくめる。
「ボ、ボス!」
「ボスがやられた!」
「どこから石が!?」
こちらに走ってくるユニスの手を引き寄せた。跳ね返ってくる小石が当たったら大変だ。
「あ、ありがとう」
彼に怯える様子はなかった。さすがは冒険者育成学園の生徒だ。
リーダーの男は顔じゅう血まみれになって、仰向けに倒れていた。すでに意識はなかった。
「さて、あとは雑魚たちだね」
尻餅をつく残りの男たちに視線を向けた。
「た、助けてくれ……」
「どこから石が現れたんだ……」
「あ、悪魔か……」
腰が抜けたようにへたり込む十二人の強盗たち。何が起きているのかわからない様子でこちらを見上げている。
ユニスが一歩前に出た。
「僕も手伝います。これでも学園の生徒ですから」
そう言って彼は呪文の詠唱を始めた。
『誘導催眠――』
その場にいた強盗が昏睡状態に陥った。全員が横になって寝てしまう。
「第一領域の基本的な魔法です」
「すごいね」
私が褒めると、ユニスは照れたようにはにかんだ。
「僕はまだEランクです。相手が無抵抗だったから効果がありました。それにしても、フィルさんは冒険者だったんですね」
「うん。六級冒険者。ユニスは大丈夫だった? 怪我をしていない?」
「はい、大丈夫です」
「それにしても、ユニスまで聖金貨を持っていたなんてね……」
「聖金貨ですか?」
「強盗に聞かれた時に手を挙げたでしょ」
「ああ、あれですか。あれは……」
ユニスが言うには、その場にいた誰かを庇ったつもりだったそうだ。
聖金貨を持っているとなると、かなりの財産がある家柄だ。
人質にして身代金を要求することが考えられたし、冒険者育成学園の生徒としては身代わりにならないと示しがつかないと思ったそうだ。
ユニスがそこまで考えていたなんて。
冒険者のくせして、その場で強盗に向かっていかなかった私は恥ずかしくなる。
「ユニスはあの状況でそこまで考えていたの」
「そうですけど、まさか、聖金貨がフィルさんのものだとは思いませんでした。僕なんて、ほら、銀貨しか持っていません」
強盗から取り返した袋の中身を見せてくる。銀貨や銅貨が数枚入っていた。
「金貨は、ここに一枚」
そう言って靴の中から小さな金貨を取り出した。強盗に出会った時のためにこうして隠しておいたそうだ。
「ほかの人の中身も似たようなものだと思います。大体、金貨なんてこうして隠しておくものですし」
ユニスは「普通は聖金貨なんて持ち歩きませんよ」と笑う。
「そういうものなんだ」
「この街道はあまり治安がよくないと評判なんです。だからみんな、こうして隠すんです。すっからかんになったら大変ですから。宿代も食事代もなくなっちゃいます。それにしても、フィルさんはすごいですね。相手は五級冒険者だったって言っていましたよ」
「それは多分、嘘だと思うよ」
「そうなのですか?」
「私が三級だと言ったら、きっと自分は二級だ、なんて言うんじゃないかな。五級冒険者があんな石つぶてで気絶するとは思えない」
「そういうものですか。冒険者の慧眼というやつですね」
眩しいばかりの笑顔で見上げてくる。二歳年下のこの少年は、私のことを尊敬するような目で見てきた。
「そんな、偉そうなものでもないけどね」
たいしたことをしていない私は、軽く首をすくめておく。
それから近くの森で蔦を取ってきて、強盗たちの手足を縛っていった。
馬車からの通報があったのだろう。エルムンタルから馬に乗った警ら隊がやってきた。
強盗を彼らに引き渡し、ユニスと一緒に歩いてエルムンタルへと向かう。
歩きながらユニスと話した。
「それにしても、フィルさんの魔法はすごいですね」
ユニスは鼻を鳴らさんばかりに興奮していた。
「魔法は使っていないよ」
「地面が揺れて、男たちが崩れ落ちました。それと、石が降ってきてリーダーの男に直撃していました。あれってもしかして第三領域魔法じゃないですか!?」
目をきらきらと輝かせながら聞いてくる。
「あれはちょっと地面を踏んで、小石を投げただけ」
「ああ、すごいです。本物の冒険者ってとても謙虚なんですね。僕のクラスのバジットなんてBランクだともてはやされているものだから、みんなを見下すんです。僕らは世間からはエリート集団だと思われていますが、実戦は未経験です。僕も練習以外で魔法を使ったのは今日が初めてで。先生は実戦こそ大事だとおっしゃっていました。それが少しわかった気がします」
ユニスは興奮していた。顔を紅潮させて口数が増えていった。
「ユニスは魔物を倒したことはないの?」
「ないですよ! 先生が魔法で作り出したダミーしか相手にしたことがありません」
「経験は大事だよね」
「僕は今日、貴重な経験をしました。冒険者の魔法を間近で見て。しかも第三領域という天候や地形を操作する超高等魔法なんですよ!」
「だから、魔法じゃないって」
この少年は私が魔法を使えないとわかったらがっかりしてしまうのではないだろうか。
「もしかして魔法のことは内緒なんですか? 第三領域が使えるなんて人は特別な固有能力の持ち主です。僕はすごい人と出会ってしまったのかもしれません」
純粋な透き通った目でこちらを見上げてくる。
どうしよう。彼の中ではすごい人として認定されてしまったようだが、私はまだ六級冒険者だ。
どこかの段階で早めに誤解を解いておいたほうがよさそうだった。




