37 態度を豹変させる男たち
「よし、女。お前が先頭で歩け」
偉そうに男が言う。
七級で、しかも女性の私を先に歩かせるつもりだ。
まだ十四歳なんだぞ。本当にとんでもないやつらだ。
「上から8、縦952、横32」
独り言のようにつぶやく。これは私達が今いる場所だ。
「なんなんだ、その暗号は?」
「気にしないでください。ちょっとした確認です」
壁に〝レ〟の字を刻む。短剣の衝撃波で傷をつけながら歩いていく。
七級の私に興味がない奴らは、私の行動には気がつかない。
やがて目の前に一匹の巨大な蜘蛛が現れた。
ジャイアントスパイダーだ。
ボルザたちとダンジョンに入ったときに遭遇したことがある。
私は荷物持ちとして戦闘を見ていただけだが、この魔物はボルザやエミルでもそれほど手こずることなく倒すことができた。
だが、私にとっては天敵だ。
なにせ、私はこいつが嫌いなのだ。
もう、本当に苦手だった。
私の背丈ほどにもなる巨大なその姿だけでなく。丸みを帯びた体から伸びる八本の脚。
どうやって体を支えているんだと思うほどに細い脚が伸びる。異様に長く伸ばして関節をしゃかしゃかと動かしまくる。
その脚それぞれに微小な毛がびっしりと生えている。毛むくじゃらの脚がしゃかしゃかと動くのだ。
もう本体なんて目に入らない。気色の悪い脚しか視界には残らなかった。見たくないと思うものほど見てしまうものだ。
本当にぞわぞわとしてくる。
おまけに――。
ぷしゅ、と音がして細い糸を飛ばしてきた。
これに絡まれるとねばねばして気持ち悪いのだ。
反射的に、身を捻って交わす。
後ろの男が叫んだ。
「おま!? なぜよける!?」
振り向くと、男が顔面で蜘蛛の糸を受けてもがいていた。
二級冒険者ならこのくらいよけろよ、と心のなかで毒づく。
蜘蛛が二発目の糸を発射する。
よけると怒られるだろうから、仕方なく短剣で受け止める。
「ああ、お兄ちゃんからもらった短剣が……」
短剣が蜘蛛の糸でべとべとになった。
「本当に使えねえ七級だな!!」
先頭だった私を追い抜き、男たちがジャイアントスパイダーに向かう。
「そんな短けえ剣なんざ、役に立たねえんだよ」
男たちの長剣がジャイアントスパイダーの脚を斬り落としていく。
死を察知した蜘蛛は闇雲に糸を飛ばすが、見事なほどに男たちはその糸をよけた。
「なんだ、よけられるじゃない」
私の出る幕はなさそうだった。
誰かが本体に剣を突き刺し、緑色の体液が吹き出る。脚を一本残したまま、ジャイアントスパイダーは絶命した。
私はと言えば、懸命に蜘蛛の糸を振り払っていた。やっとのことで短剣から糸を取り除くことができた。
「ちっ。ほんと、どんくせえ七級だな」
男が舌打ちをしながら毒づく。
本当にむかつく奴だ。
振り向いたタイミングで、短剣を振るう。
短剣をうちわのように仰ぐことで空気の泡を飛ばせる。
「あたっ! 痛たた……」
空気の泡は男の後頭部に命中していた。
さすがに衝撃波はまずい。このくらいの悪戯は許されるだろう。
男が頭の後ろを押さえて、不思議そうにあたりを見回す。
きょろきょろしていて、別の男から叱られた。
「なにしてんだ。早く行くぞ!」
バツが悪そうに頭をボリボリと掻いていた。
お兄ちゃんの短剣、意外と使える。
***
それでも私を先に行かせることには変わらない。
ドッペルゲンガーのような魔物が現れることを警戒しているのだろう。
つまりは、私を囮にして自分たちは助かろうという腹なのだ。
私に対する扱いがひどすぎる。
でも実は都合がいい。
私は早足でぐんぐん進む。
「お、おい。ちょっと待て。早すぎる」
「こっちでいいですか?」
さっさとボルザたちのところへ行く必要がある。
そうしないとフレア様がここにいないという、私の嘘がバレてしまうからだ。
その前になんとしてもボルザたちの……。
私の足がぴたりと止まる。
後ろを振り向いた。
男たちの向こう、角を曲がった先に、懐かしい気配があった。
――私にやさしく指導してくれた先輩。
――妹のようにかわいがってくれた美しい女性。
足音が近づいてくる。二人分の足音だ。
こんなことがあるのか。
嘘から出たまこと。
まさか、こんなにも早く合流できるだなんて。
「ライラさん! フレア様!」
私はUターンし、叫びながら走りだした。
「おい、勝手に行くな!」
男たちが後ろでわめくが、私は無視をする。
「フィル!? フィルか!?」
ライラさんの声が聞こえた。
角を曲がると二人がいた。まるで何年も会っていないかのようだった。
懐かしいその二人。会いたかったその姿。
「よく、ご無事で!」
私は二人に駆け寄る。
私が壁につけた〝レ〟の字の目印をたどってきたそうだ。
「アサシンフロッガーはどうなりましたか?」
私はフレア様に尋ねる。
「わたくしは分身ができるのですよ。それでなんとか必死に防御しました」
「フレア先生がポーションを落としてくれたんだ。布にくるんで魔法で保護して」
「やっとのことで、どうにか落とせたのです」
フレア様の持つ高練度のポーションは、ライラさんを完全に回復させたそうだ。
「それで、思ったより早く回復できた私は、フレア先生の援護に回った」
「ライラさんも特級に近いところにいますからね。一匹目を倒してくれたのはライラさんでした。本当にぎりぎりで危ないところでしたが」
「フレア先生の分身も見事なものです。とどめを刺したのはフレア先生でした」
かなり危ないところだったらしい。紙一重で倒すことができたと語る。
「ありがとうフィル。フィルがアサシン・フロッガーを一匹倒してくれていなかったら、負けていた」
「さすが、わたくしの妹。尊敬いたします。みんなで一匹ずつ倒したわけです。最高のパーティですね」
男たちがざわざわと騒ぎ始めた。
フレア様の首元で光るチョーカー。
それは特級冒険者の証だ。
「おお、本当に特級冒険者だ」
「俺は完全に疑っていた。てっきり小娘のでまかせだと」
「いや、俺は信じていた。ただの七級だとは思わなかったぞ」
「これで……。外に出られるのか……」
フレア様はにこりと微笑み、彼らに目を向ける。
「それで、そちらの方々は?」
フレア様は美しい。
その姿にでれでれとする男たちがいる。
そういえば私のことを、いらなくなったら追い出せばいいだとか、追放すればいいだとか言っていたな、こいつら。
これまでのことをフレア様に話してやろうか。
「フィルさんのことを連れてきてくださったのですね。守っていただいて、ありがとうございます」
フレア様は上品な仕草で、男たちに頭を下げる。
鼻の下を伸ばしながら、男たちは媚びへつらうような態度を取る。
「まあ、連れてくるというほどでもないですね。俺達の後ろをのこのこ着いてきただけなんで」
「守るというか、こんなガキ、ただの足手まといでしたがね」
「特級冒険者様がいると言うので、仕方なくパーティに入れてやりました」
一人の男がフレア様に尋ねた。
「いったいどうして、特級冒険者様がこんな七級のガキンチョをお連れで?」
フレア様は長く伸びる髪を軽くかきあげた。
「フィルさんは、わたくしの妹ですわ」
その言葉に、男たちは硬直する。
「い、妹……」
「特級冒険者……の……妹……」
固まって思うように声も出せないでいる。
フレア様は私を見て声をかける。
「あらあら、袖が破れて。この男たちに、ひどい扱いなんてされていませんよね?」
私は首を振る。
「いえ、これは自分で破いたので」
フレア様は優しく笑みを返す。
「なら、よろしいですが。こんな可愛いフィルさんですもの。きっと、みなさんによくしていただいたのでしょうね」
聖母のような表情で微笑むフレア様。
男たちの様子は千差万別だった。
硬直する者。青ざめるもの。震えるもの。
やがて、男たちの態度がこれまでと180度がらりと変わった。
「特級冒険者様の妹さんでいらっしゃったのですね」
「どうりで、ただの七級とは思わなかったですよ」
「なんと可愛らしい妹さんでしょうか」
「いやー。おかげで助かりました。さすが特級冒険者様が連れているだけある」
急にへこへこし始めた。
あまりに早い身の切り替え。
一人の男が私の肩に触れてきた。
「フィルさん、ここに埃が」
肩の埃を払ってくる。
触るな。
鬱陶しい。
男の手を振り払った。
ところが、別の男の手が伸びてくる。
「フィルさん。よく見ると、とても可愛らしい」
男は私の頭に手を置く。
頭を撫でてくるな!
本当に鬱陶しい。
男の手を振り払う。
「袖が破れておいでですね。よかったら俺の小手をお使いください」
いらん、いらん。汗臭い防具なんて。
男が差し出す小手を振り払う。
ああ、もう鬱陶しい。
ほんとうにこいつらは。
大金貨二十枚払うから、家に帰ってほしい。
私はもう呆れるしかなかった。




