38 見覚えのある軽装鎧
ライラさんの手には、どこか見覚えのある軽装鎧があった。
「それ、なんですか?」
「ああ、これか? 私がアサシン・フロッガーに勝てたのはこの鎧のおかげでもあるんだ。運良く、ものすごい鎧を拾ってしまった」
ライラさんが拾ったという鎧を見せてくる。
白銀の魔法石が使われていた。
実はこの軽装鎧のおかげで助かったらしい。
アサシン・フロッガーとの戦闘の時はこの白銀の魔法石を使った鎧を着て戦ったそうだ。
今は最初に着ていた鎧に着替えており、軽装鎧は手に持っている。
「すごい性能なんだ。だから、フィルに装備させようと思って」
ライラさんは上機嫌だった。
「まあ、貸すだけだぞ。なにせそれを売ったら一財産なんだからな」
なんでも金額に換算したら聖金貨五枚分かそれ以上するそうだ。
見覚えがあると思ったら、あの時に倒した魔物が着ていた軽装鎧だった。
最初は少年の姿をしていたが、顔がどろどろに溶けた魔物だ。
「それ……、私が倒したやつだ……」
私が呟くと、ライラさんの動きがぴたりと止まる。
「何!? フィルが倒したのか!?」
「はい……」
その様子を見ていたフレア様が笑った。
「あらあら、では鎧の所有権はフィルさんに?」
フレア様はけらけらと楽しそうに笑う。
「確かに、フィルの後を追って横穴を入ったところに落ちていたからな……」
ライラさんはがっくりと肩を落としていた。
「あの、えっと、あんまり着たくないんですけど、その鎧……。あげますよ。ライラさんに」
ライラさんの顔はぱっと花開くが、何かを振り払うように首を振る。
「いやいや、そんなわけにはいかない。こんな高価なものを。それに、この鎧は少し小さくて動きにくいんだ。フィルにぴったりだと思うんだけどな」
「別に私、いりません。ライラさんのものにしてください」
「いや、そういうわけにも……。な……?」
なんだか鎧の押し付け合いになり、所有権についてはまたあとで話すことになった。
持っているのもじゃまになるということで、仕方なく私は鎧を装備することにした。
まあ、ライラさんが魔物の痕跡は綺麗に拭ってくれていたので、なんとか着れない事もない。
「ほら、サイズはぴったりだ」
ライラさんが明るい声を出す。
「うーん。今までの服のほうが動きやすいんですけどねえ」
ところが男たちが鎧を褒め始めた。
「フィルさん。お似合いですよ」
「いや、もう本当に強そうに見えますって」
「本当です。七級には見えません。もうすっかり六級でしょう」
六級という言葉に私も少し気をよくする。
「そうかな……」
こんな男たちであっても、そう言われると悪い気はしない。
***
ここに来るまでに女の私を先頭に立たせていたあいつらだったが、フレア様と合流した途端に前に出てくるようになった。
積極的に魔物を倒していく。
「あらあら、頼りになる方々ですね」
フレア様が褒めるものだから、男たちは調子に乗り出す。
「やあ! とりゃ!」
「俺の攻撃をくらえ!」
やたらオーバーアクションで魔物を屠っていく。
「なるほど、頼りになる連中だ」
ライラさんまでが彼らを褒める始末だ。
私はもう苦笑するしかない。
「でも、そんなに先に行かれては……」
「そうですね。少し離れすぎです」
フレア様とライラさんは彼らの様子に不安そうな目を向けた。
「ところでフレア先生。私でも分身ができるようになるでしょうか?」
「ライラさんは分身の技術をどのようにお考えかしら?」
「フィルが『素早く動くだけ』と言っていました。早く動くことで残像を見せているのですか?」
「フィルさんがそんなことを言っていたのですか。残像を見せているわけではありません。早く動くというのは間違っていませんが、分身を発動させるためのきっかけに過ぎません」
「そうなのですか。ではどういう原理なのでしょうか?」
「紙の上に描いた私たちの姿を想像してみてください。その紙をたくさん用意します。この世界は無数の紙が重なり合って存在しているようなものなのです。その紙を一枚ずらしたとしたら……」
「二人の自分が重なって見える……」
「分身は世界の理に干渉を引き起こしていて、それが原理だと言われています。ですが、実際のところはわかりません。そして、分身には注意すべき点もあります」
「なんでしょうか?」
「まず、運用時間です。長時間の分身は難しいです。そして、分身体同士の物理的距離です。あまり離れることはできません」
「それぞれの分身は独自に思考しているのですか?」
「そうです。それが脳に大きな負荷を与えるのです。あ、あの方達があんなに先に……。危ないですわよ!」
「おい、お前ら。そんなに先に行くな!」
フレア様とライラさんが男たちを呼び止めようとした時だった。
突然一人の男が天井に飛んだ。逆さになって、足を何かに引っ張られているようだった。
「うわあああああ!!」
男は叫ぶ。
足を糸のようなもので巻き取られ、天井に逆さ吊りにされた。
ほかの男たちも騒ぎ出す。
「しまった! 前に出過ぎだ!」
「あの魔物がいるのはもっと先じゃなかったのか!?」
「下がれ、下がれ!」
男たちは喚き立てながら逃げまわる。しかし、一人、二人と糸で巻き取られ、あっという間に五人全員が逆さ吊りにされてしまった。
「フレア様ー、お助けを!」
「助けてください!」
泣き喚くように口々に叫ぶ。
「ライラさん、フィルさん、警戒してください。何かがいます!」
「はい!」
天井に五人の男が吊るされている。しかし、その先は暗闇でよく見えない。
「フレア先生! 彼らを救出しましょう!」
ライラさんの言葉に反して、フレア様はすぐに動こうとしない。
私は短剣を使って衝撃波を飛ばそうと身構えた。
だが、男たちは何かに引っ張られるように天井を高速に移動していく。滑るように闇の中へと消えていった。
慌てて私とライラさんは走り出そうとするが、フレア様に止められる。
「迂闊に近づいてはなりません。明らかに敵の陽動です。殺すこともできたはずなのに、生かしたままにしておいたのは、私たちを誘き寄せるためです」
このまま慎重に近づく手もあった。
しかし、別の手もあると考えた。
この先は暗闇で見えないが、おおよその地形はわかっている。そして、別の迂回路から敵の背後への道があるように思えた。
頭の中で地図を組み立てる。
彼らが連れて行かれたのはどこだろうか。
この辺りは前回の依頼で通った場所だ。ほとんど記憶している。
「フレア様。別の道で敵の背後に回りましょう」
「お願いします。フィルさん」
フレア様は私のことを信頼してくれている。ダンジョンの地形を把握していることを疑いもしなかった。
私には策があった。
申し訳ないが、フレア様とライラさんには内緒にしておく。
敵を欺くには、まず味方からだ。
それに、成功する保証はないし、失敗したとしても損失があるわけではない。
一つの賭けというか、予想が当たれば上手く敵の裏をかけるのではないかと思った。




