神槍
目的地までの長廊下を歩く人影がひとつ。
カツカツと響く音は周囲の静けさをより強調していた。
「魔物が本なんて読むわけないよね。まあその方が楽だけどね」
ここ最近毎日通っているので、ブツブツと独り言ちながらでも目的の部屋に到着した。
ギギギと長らく放置されて歪んでしまった木扉を開けた中には、大量の古めかしい書物が積み上げられていた。
訪れた際に弟子のエリーゼと掃除はしたものの、どこからくるのか薄く埃を被っている。
そんな状態にルベリオスはため息を吐くと窓を開ける。
「残りはこの部屋だけ……どこにあるのかなぁ」
イスに腰掛けるとまだ読んでいない書物を手に取ると、パラパラと読み進めていく。
何時間経ったか、朝早くから開始した読書も陽の位置が南中高度に至った時に扉をノックする音が聞こえた。
ルベリオスは訪問者を警戒しながら短く返事する。
「はい」
「スクルプトーリス・ルベリオス様、少々お話よろしいでしょうか」
聞き覚えのある声に眉根を寄せながらも敵意は感じないので、入室を許可した。
「どうぞ」
軋む扉を開けて立っていた人物を見やり、声と人物が一致したルベリオスが普段の口調で声を掛ける。
「あらら〜?アドレアさん?何か用かなぁ〜?あっ、それよりも先ずは、さあさあ、座って〜」
「失礼しますわ」
「もう〜かたいなぁ。もっとリラックスして〜ほらほら〜」
「緊張はしておりませんわ。わたくしは元々こういう性格ですので」
「そう?ならいいけど〜」
深掘りする内容ではないので、ルベリオスは早々に話しを流すと早速本題に入った。
「それで〜?どんな用で私に会いにきたのかなぁ?」
「………お目当ての本は見つかりましたか?」
「………フゥ、いや〜見つかってないよ〜」
アドレアのひと言にピクリと反応したルベリオスが彼女の顔を数秒探る様に見つめ、諦めたのか息を漏らしながらお手上げだと怠そうに両手を上げる。
そんなルベリオスの姿にアドレアは真顔のまま一冊の本を机の上に置いた。
ルベリオスは両手を上げた体勢のままその本へ視線を向けると目を見開き、声を荒げた。
「ッ!?これは!!君!!これをどこで見つけたのッ!?」
「ふふ、やはりこの本をお探しでしたか。探し物のお手伝いができて良かったです」
「…………何がお望みかなぁ?」
入室した時から真顔だったアドレアが浮かべた微笑みにゾクリと寒気を感じながらも、探し物の中身が気になってたまらないルベリオスが早々に白旗を上げる。
「望みだなんて、そんなそんな。ふふ、ですがスクルプトーリス様がこの本を解読できるというのであれば、少し頼み事を聞いていただきたいですわね」
「ははッ!ルベリオスでいいよ!私と君の仲じゃないか〜。しかしながらまだ本の中身を見てもいないからね、解読の可否は分からないよ〜」
「ではルベリオス様、と。それでは本はお渡しいたしますので、是非ご活用くださいませ」
「おや〜?良いのかな〜?私が解読だけして逃げるとは思わないのかぁ?」
ちょっとしたイタズラをするルベリオスにアドレアは先程と同様に妖艶な笑みを浮かべながら首を横に振る。
「ルベリオス様はそんな事なさいませんよ。わたくしは信じております」
「………あぁ!もう!分かったよ〜降参降参〜。それで?君が私にお願い事ってのは何かな?」
恥ずかしそうに顔を赤くしながら強引に話題を変えたルベリオスに軽い笑みで返しながら、質問の答えを口に出した。
話しを聞くルベリオスは彼女の語る言葉に徐々に眉根を寄せながら難しい顔付きへと変わり、話し終わる頃には呆れて渇いた笑いが溢れる。
「私もここへは相当の覚悟を持って来たけど、君もなかなかだね。確認の必要も無いかもしれないけど、後悔は無いんだね?」
「もちろんでございます。もう、これしか手はありません」
「分かったよ。じゃあ私は今から解読作業に移るからさ。そうだなぁ、5日……いや、7日後に決行しよう」
ルベリオスのセリフに出会ってから初めてアドレアが驚きの表情を浮かべた。
「解読にどれほど時間が掛かるか分からないのに、7日で大丈夫なんでしの?」
「はは、当然の疑問だよね。でも大丈夫、解読なんて言ったけどさ。それは嘘さ。この本はね、もう解読する必要なんてないんだよ。だって……」
懐かしそうに、愛おしそうにルベリオスが本を撫でながら顔をアドレアに向けた。
「この本は、私のお祖父様が書いた本だからね」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーー
夜の闇を地面に広がる魔法陣が明るく照らす。
空間範囲の魔素濃度が上がり、肌にピリピリと刺す様な痛みが走る。
塔の外と中が、ひっくり返したかの如き慌ただしさで振動している。
この魔法陣を立ち上げた元凶は、かなりの魔力を消費したのか木に背を預けながら座り込んでいた。
「成功、した……。これで、いいのよ……私、にはもう、この方法、しか、ない、もの……」
息も荒くとても辛そうな彼女の元に近寄ってくる人影が複数人。
「師匠〜!大丈夫ッ!?」
「魔力回復薬です、どうぞ」
「何が起こっている」
ルベリオスが顔を上げるとそこには心配そうなエリーゼ、魔法陣に注視しつつ魔力回復薬を渡すフェルト、状況が分かってないリヴァイスがいた。
多少動ける様になったルベリオスが口を開く。
「早く、動こう……時間がない……」
「ッ!?は、はい。イヴを呼んできます」
「大丈夫、イヴさんも私が渡した魔道具付けてるからね」
ルベリオスの言葉に3人顔を見合わせながらも何かに納得したのか、リヴァイスがルベリオスを抱き上げて走り出そうとすると前方から声がする。
「どこへ行くつもりだ?」
「あ、あはは、ちょっと、散歩〜?みたいな?」
「ピイィィィィィィ!!」
「やはり人族などこんなものだ、よし殺そう!」
「まあ待て待て。おい、エルフの娘よ、この魔法陣はなんだ?」
散歩発言をしてすべったエリーゼはレオーネ、ロストルム、ネアに無視された。
一同はルベリオスに視線を向け、レオーネに問い掛けられると、彼女は少し落ち着いてきたのか素直に応じる。
「これはね、人族の魔法がまだ体系化される前の、ずっとずっと昔に作られた古代魔法だよ。そして今発動しているのはその古代魔法を私達エルフが改良した魔法だよ」
「ふむ……なるほどな。我々はリオンの言葉を受け、この森を放棄する決断をしたのだがな。それで貴様は納得しなかった様だな」
「そうだね〜。君達は意思疎通が可能だけど、魔物なんだよ。それもキマイラという災害種を筆頭とした、ね。そんなの危険過ぎて見過ごせないさ」
「その思考回路はまさに人族と言ったところか。しかし良いのか?リオンも巻き込む事になるのだぞ?魔物とはいえ中々に慕われておったであろう?」
レオーネの言葉にエリーゼ達の顔色が悪くなるが、ルベリオスは首を横に振った。
「リオンくんも魔物だよ。やはり私達とは相容れない存在さ。この機会にまとめて始末しておかないと大変な事になる気がする」
「クハハ!それには同意見だ!我が兄は頭おかしいからな!そんな事よりも小娘よ、この魔法陣、既に発動しておるが何も起こらぬぞ?今のうちに貴様等を殺して止まるという魔法でもあるまい」
雑談をしながらもレオーネが魔法陣を興味深そうに観察して、さらにルベリオス達を威圧して行動を阻害している。
キマイラの圧により動けず動揺する3人とは違い、ルベリオスは余裕そうな顔をしながらレオーネとの会話に時間を割く。
「はは、そうだねぇ。この魔法は一度起動したら止まらないんだよねぇ。そう、その名は『神槍』だよ〜」
「クハハ!神の武器を語るか小娘よ。しかしそうか、この空間を漂う魔力……天まで昇っておるな。ロストルム!!」
「ピイィィィィィィ!!」
「あはは、気付いた?でも残念、時間切れ、かな。もう会う事は無いと思うけど、実は君達の事、嫌いじゃなかったよ」
レオーネがロストルムに指示を飛ばすと、阿吽の呼吸の様に即座にルベリオス達に突貫したが、それを予測していたのかルベリオスが全員のネックレスに魔力を通すと、ネックレスは発光して一瞬にして全員消えてしまった。
タッチの差で地面を抉ったロストルムは憤怒の表情をしていた。
そんな彼にレオーネが声を掛ける。
「転移か。あの小娘、時間を稼いでいたのは分かっておったが、直前まで魔力の流れが読めなかったな、クハハハハ。やられたなロストルムよ」
「ピィ……(申し訳ございません陛下……)」
「どうやらこの森には居ない様だが……追いますか?陛下」
「よいよい。先ずはこの魔法陣をどうにかせねばな、ネアは配下とともに出来るだけここから離れよ」
「はっ!すぐ戻ります!」
「そのまま避難しておれ、ってもう居らんではないか」
「ピィピィ(陛下の側を離れたくないんですよ)」
「そうか、我も慕われておるな、クハハ」
「ピピィィィ(もちろんでございます)」
「さて、のんびりもしておれぬな。リオンと合流するとしよう」
一段落したレオーネは塔のてっぺんにいるリオンを探知して、いざ歩き出そうとすると前方から慌てているのか、走りながらこちらにロマンスグレー執事が向かってきていた。
「へ、陛下ァァァァ!!」
「落ち着けクーフィ。何があったのだ?」
「お、お嬢様が、と、突然、目の前で、消えてしまって!!陛下なら、なにか、ご存知では、ないかと!」
息を切らせたロマンスグレー執事ことクーフィが捲し立てると、そんな彼の言葉にレオーネとロストルムは視線を交わした。
ウピルも突然消えた事もあり、彼の中のトラウマが発動したのか、今まで見た事が無いくらい動揺しているクーフィにレオーネは静かに告げた。
「クーフィよ。現在ここではリオンの連れのエルフが発動した古代魔法が、恐らく降ってくる」
突然意味不明な内容を言われたクーフィはポカンと口を開けて固まってしまったが、次の言葉でしっかり再起動する。
「そのエルフは転移の魔道具を使用して消えたのだ。アドレアは人質なのか協力者なのかは分からぬが、恐らく同じ魔道具でどこかに転移した後であろう」
「そ、そんな……」
力なく崩れ落ちるクーフィを一瞥するが、先を急ぐレオーネは彼を放置してリオンの元に向かった。
「リオンッ!!」
「ん?おぉ、お前か。逃げてなかったんだな」
「当たり前だ。それより説明はしてくれるのだろうな?」
「なんで被害者の俺が説明すんだよ。っつってもアイツを連れてきたのは俺だからな、クハハ、また後でな。今はあの面白いおもちゃをどうするかだな」
「おもちゃだと?」
リオンが空を見上げながら楽しそうに笑っていたので、レオーネも疑問に思いながら顔を上げると固まった。
付いてきたロストルムも嘴をあんぐり開けて固まってしまった。
かなり遠くにあるものの、リオン達魔物の目にはその存在がハッキリと見えていた。
「クハハハハ!アイツにしては素敵なプレゼントじゃねえか!」
「あれが、神槍……」
「は?シンソウ?神、槍……神槍か!そりゃまた仰々しい名前だな」
それは黄金に輝く巨大な槍だった。
今は周囲から魔力を吸収しているようだが、次第に輝きが収斂していき白い輝きを放っている。
米粒より小さいのに、見ているだけで目が焼けそうな程の神聖力に舌打ちをしながらリオンも待っている間に周囲の魔力を吸収したおかげで、ドス黒い靄を全身に纏い目が潰れそうな程の漆黒に染まっていた。
「おい!邪魔だ雑魚ども下がってろ!」
「ひとりでやるつもりか兄さんッ!?」
「アレは俺への置き土産でもあるんだよ。だから俺が貰う、それだけだ!退いてろ、お前にアレは無理だ」
「クッ!すまない……」
「下に置いてけぼりのリノアとウピルがバカ甥っ子といるから避難してろ。あとそこの鳥!」
「ピッ!?(鳥ッ!?)」
「リノアとウピルには攻撃すんじゃねえぞ」
「それは我からも全員に命じるから安心せよ」
「心配なんてしてねえよ。アイツ等も後々の大事な駒だからな。そろそろ落ちてくる、行け!」
リオンの声を合図にレオーネとロストルムが飛び立っていった。
残されたリオンは嬉々と頭上を見上げる。
「クハハ!まだまだこういうおもちゃがあるのならまだまだまだまだ!楽しめそうだなぁお前等!」
(うんうん、そうだねぇ、男の子は棒遊び好きだもんねえ)
(でもオピス、あのキラキラ棒売ったらご飯一生食べられるんじゃない?)
(えっ!?なにそれほしい!)
(それはいいとしてもリオン、あれアナタひとりでいけるの?)
「知らねえが、死んだら死んだでいいじゃねえか!いつ死ぬのかも俺が決める!」
(困ったものね、ふふ)
「クハハ!ツバサ、お前も楽しそうで何よりだ!まあどうせなら祭りの続きといこうぜ!今回はお前等も好きに楽しめよ」
リオンの号令を機に、本獅子は高密度の魔力を展開し、漆黒の槍を作り出し、左の金狼は元気に鳴き始め螺旋状の槍を作り出し、右の紅竜は赤熱を通り越し白熱しながらブレスを溜め、翼からは更に巨大な悪魔が笑いながら生まれリオン同様高密度の漆黒の槍を出し、カタカタと下顎を鳴らしながら髑髏は障壁を張り、銀蛇は口から白銀の剣を出すと魔力を込め始めた。
準備が整い、魔獣達の宴がささやかに開始され、参加者全員の気持ちが最高潮に達した瞬間、天から輝きの一射が落とされた。
音速を超えたその超重量の神槍は塔のてっぺんでリオンに直撃し、周囲一帯の木々を一瞬で蒸発させた。
神槍は威力を落としながら尚も下へ下へと向かい、塔を木っ端微塵にしながら地面にめり込んだ。
その余波として抉れた地面からの反発が周囲一帯を掘り起こし大爆発を引き起こした。
その結果として、塔があった場所から周囲数kmは焦土と化した。
結局レオーネ達は逃げ切れずに衝撃波に吹き飛ばされていった。
先程までキィィンと周囲から、音すらも奪い去っていた中心部には現在は神槍だけが未だ赤熱した状態で鎮座しており、その下からは液体の蒸発する音が悲しく響いていた。




