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13 蒼の放浪者 5


 ――イタイイタイ痛い痛いセガイタイイタイ背中が痛いッカンカクガナイナイナイナイ無い……ナニヲシタニンゲン!!!!


 ありえない有り得ない! 彼らの程度の魔力の質でワタシの”魔力纏い”を突破するなんて、ありえない!!


 魔力の質が違う! 魔力量が違う! 魔力制御の練度が違う! 生物強度が違う! 違う!! 違うッ!! 違う!! チガウッ!! チガウ!! チガウ!! チガウゥウウウウウウウ……違います……。


 確かに『彼、彼女』が、十全であり真っ当であったなら、違っただろう。

 蒼の放浪者、冒険者最高位次席。

 強さの指標を無意味と断ずるだけの力を『彼、彼女』は持っていた。

 例え、冒険者最高位たるエクサニウム級の冒険者であれ、戦いという言葉は成立しなかっただろう。

 生きてきた年月、時代、環境、質、全てにおいて今よりもはるかに厳しかった生存競争の世を『彼、彼女』は、生き抜いて来たのだ。

 故に……『彼、彼女』は、ただの畜生道の生き物では無く、人間道はおろか天道にすら近付こうかというだけの力を持った――大神(オオカミ)だった。


 まるで、別人の人格と入れ替わった。と、見まごう程の意識の変化に、『彼、彼女』は動じる事も無ければ、気にするそぶりも見せる事も無く、自らの変化に気付く様子も無い。

 ただ、『彼、彼女』は、幾つもの人格があるかのように、異なる思考の下、いつか昔の古い記憶を思い出していた。


 ――かつて『彼、彼女』は、拾い物をした。

 木々の付ける葉の色が赤から茶へと変化する森の化粧替えの季節の事だ。

 拾ったのは物ではなく、季節の移り変わりを告げる冷たい雨に打たれ、ボロ雑巾のように木の根元に腰掛けた一人の若い人間だった。

 若者の身なりは良く、何処かの王侯貴族が身に纏う様な意匠の凝らされた軽装の鎧を身に纏っていた。

 ただ、鎧も、その下に着込んだ衣服も所々に何かと戦ったのか、鎧を構成する金属が裂け、下の衣服はもとより地肌に達する傷から血が溢れ、鎧と衣服を赤黒く染めている。

 始めは捨て置こうと思たのだが、何故だか『彼、彼女』は、ふと、その若者に興味を抱き、助ける事にした。

 一週間に渡り降りしきる冷たい雨から、若者を雨宿りできる小さな洞穴へと咥えて運ぶと、若者の傷口を母犬が子犬の毛を舐めるように『彼、彼女』は、舐め続ける。

 舌に魔力を纏わし、若者の傷口を魔力で覆い治癒を促進させ、介抱した。

 その事が、『彼、彼女』の人生を大きく波乱万丈なものへと変える転機となるとは、その時『彼、彼女』自身、思ってもみなかった。

 今よりもはるか遠く、昔の記憶。

 まだ名前も、性別も……友の名も覚えていた時代の、お話だ。

 そんな、いつの頃の記憶か分からない白と黒の色褪せた景色が、『彼、彼女』の脳裏に連続したコマ送りの写真のように、幾度となくフラッシュバックした。


 あの光景は……確か……痛ッ!! ……あっァァァぁッ……


 鋭い痛みが、『彼、彼女』の記憶の探求を邪魔し、現実に押し戻す。

 コンマよりも短い時間に見た筈のコマ送りの最後の景色すら、もう『彼、彼女』は、思い出せない。

 忘れたのではない。痛みによって思い出した過去は、連続した痛みによって、再び記憶の引き出しにしまわれただけだ。

 『彼、彼女』は、背に感じる熱いのか冷たいのかすら判別の付かない焼けるような痛みを堪える為か、深く息を吐く。


 フゥゥゥゥゥウゥゥウウウウウ……


 たった、それだけの行動で、『彼、彼女』の痛みを訴えた唸り声は、身を潜める。

 痛みが無くなった訳ではない。冷静になったが故に、怒りを効率よく力に変えているのだ。

 『彼、彼女』は、覆い被さる土砂に対する抗いを止め、静かに反撃に備える。

 赤い双眸だけが、大地の水平より覗き出し、じっと動かず見つめるその様は、雷管に打ち付ける撃針の一撃を待つ薬室に装填された薬莢のようにも見える。が、そこで、『彼、彼女』は、気が付いた。


 ッ! ……これはッ!?


 どれ程力を込めようとも、前脚以外の四肢に力が入らないことに。そして、背の中ほどより下方の体の感覚がない事に『彼、彼女』は、気付き――理解した。


 ……やりますね。

 後ろ足はおろか、尻尾一つ指一つ……動かせません。

 ……まともに動くはずの前脚は、この通り……土の中、ですか。


 自らの背から立ち昇る光の柱を目の端に留め置きながら、四肢に力を入れ現状を確認した『彼、彼女』は、ひどく冷静に分析する。

 その顔は、獣ながら異種族である人間でも、はっきりと理解可能な表情を浮かべている。

 オオカミの短い毛に覆われた長い鼻に浮かぶしわが生み出した表情は、諦めや悲観、怒りや憎しみといった負の感情ではない。それどころか、半身が動かなくなっているにもかかわらず、現状を良しとした、気持ちの良い笑顔が浮かんでいる。

 その様は、不治の病に侵され死の床に就きながらも諦めとは違った「死」そのものを受け入れ、達観した患者にも似た清々しさがあった。

 『彼、彼女』の横眼には、何処からともなく伸びてきた魔力の線が、背に乗る青年の体に巻き付き、そのまま宙へと引っ張り上げるのが目に入る。

 魔力線の行き付く先を目で追うと、少し離れた所に建つまだ辛うじて倒壊を免れた建物の前で、魔力線を綱引きの綱を引ききったような体勢の女性の姿が、目に映る。

 青年が背より離れるや否や、この身を地中に埋没させている魔術を行使している女性の指が再び素早く動き、新たな術式を入力する様を、見咎める。

 その上、宙を舞う青年は、錐揉みの中、腰に付けた変わった形状の矢筒――『彼、彼女』が、人とつながりを持っていた時代には無かった矢筒――をこちらに目を向けたまま取り外し、脇に抱え矢筒の表面に指を走らせ何かしらの、操作をしていた。

 魔術を行使中の女性から、さらに少し離れた場所には、大楯を構え、先程から戦いに加わらず彫像のように一切の動きを見せていなかった別の青年が構える楯の表面に、魔力が急速に半物質化し結晶構造を取り始めた魔力の結晶が、()()()()()()に似た板状に構築され並んでいるのを『彼、彼女』は、認識する。

 川の様な薄い青色をした半透明の結晶ブロックの中に走る魔力線の配列の一つ一つに至るまで『彼、彼女』は、嫌に鮮明に、この距離と暗さ、そして上昇し続ける空間中の魔力密度の中、視認する。


 あぁ、そういう事ですか……ふふふふ、はははは……あはははははは……


 あっけらかんと『彼、彼女』は、笑う。


「……蒼の放浪者の者たちよ」


 自然と彼らの名乗りが、口をつく。

 覚えているはずのない狂った状況下での彼らの名乗りを、『彼、彼女』は、克明の思い出し正確に、人語を解せる者なら誰でも理解できる言葉という形で、問いかけた。


 本来、脳という器官は、目、耳、鼻、舌、肌といった五感が認識した外の世界・「外界」の情報と、精神の働きといった内の世界・「内界」の情報の全てを、記憶する。

 そこに本人の認識と理解は、必要ない。

 映像記録機器のように、機械的に見た光景を正確に、ただの記録として処理する。

 ただし、機械とは違って映像と音だけでなく五感で感じた情報の全てを、脳に記録するのだ。一説によれば、脳だけが記録媒体として機能するのではなく臓器といった類の重要な器官も五感の情報を、それぞれの器官の機能に合った形で記録するとも言われているが、それ以上に、体を構成する全身の細胞の一つ一つがある種の記録媒体としての機能を持っているとも考えられている。

 理屈の上では記憶した全ての情報を、思い出す(引き出す)ことが可能だが、記憶する事(入力)と、記憶を引き出す事(出力)は、大きく異なる意味を持つ。

 毎日見聞きし感じ記憶された膨大な量の情報は、個々人によって習得した情報の優先度が決まり、引き出しにものをしまう様に記憶もしまうが、使用頻度の高い記憶とあまり使わない記憶では、思い出しやすさに大きな違いが、現れる。よく使われる記憶ほど、簡単に思い出せ。あまり使わない記憶ほど、思い出すのに時間が掛かる。まったく意識の上に、上る事無く一生思い出すことのない記憶もあるだろう。

 にも拘らず『彼、彼女』は、決して優先度が高いとは言えない記憶を、たった一度の、それも狂った状態で受けた彼ら【蒼の放浪者】の名乗りを、覚えていた。


 いまだ血走った眼を向ける巨体が発したとは思えない、穏やかな川の流れのように濁りなく澄んだ静かな言葉が耳に届き、彼ら(蒼の放浪者)は、驚きに目を見開いた――今、此処で正気に戻ったのか、と。

 だが、既に彼ら蒼の放浪者の作戦は実行されており、今更止めることは出来ない。マーカスの大楯には、半物質化した魔力の結晶が張り付き、宙を舞うゼシキは、既に着地し脇に抱え矢筒プレートからは、直径が一寸、矢長さが四尺は有ろうかという太く長い矢が、矢筒プレート一枚につき一本飛び出し、少し離れた地面には、今も膝を着き祈る様に杖を握りしめているリーリエがいるが、彼女の親指は四段術式ダイヤルシリンダーの上を滑り、最も離れた位置にいるリーリナの手は、長い外套の中を右に左に動きに、何かを探している。

 例え、汚染された巨大なオオカミが正気を取り戻していたとしても、この状況下では、正気かどうかなど判別するのは難しいだろう。だからこそ彼らは、確証の持てないことに手を止めることは無い。緊急停止を考慮しない作りの時限爆弾のように、彼らは黙々と動くしかないのだ。

 彼らの対応に、『彼、彼女』は、長い鼻筋に嬉し気な深いしわを寄せる。


「……見事です」


 自然と口をついて出た言葉は、罵倒でもなく恨み言でもない、純粋な賞賛だった。

 万全の状態ではないとはいえ、此処までの戦術。一方的な攻勢を可能とするだけの技量、練度、互いに置いた信頼に、『彼、彼女』は、短く端的に素直な感想を、述べた。

 純粋な賞賛を受け、蒼の放浪者の者達の顔には、皆、苦虫を噛み潰したような、苦笑いが浮かぶ。

 この場に至って、正気に戻ったのかと、もう少し早く正気に戻っていれば、といった後悔にも似た思いの慚愧が彼らを苛んでいる事は、疑いようがない。

 だからこそ『彼、彼女』は、再び。


「――見事です」


 そう、後腐れの無いように勝者を褒め称えるに相応しい口調で、あなた達は強かったのだと。良い戦いだったと。思いを込めて、告げた。


 無念無心の領域に、片足一歩とは言え踏み入れるに至ったはずの彼らの瞳に、薄っすらとした水の膜が掛かる。

 地べたに膝を着き両手で祈る様に杖を保持するリーリエの両手の親指が四段術式シリンダーから、離れた。


「〈地イズル天(グラウンド・フォール)〉」


 静かにゼシキの着地に合わせる様に、発動する魔術名を宣言するリーリエの声は微かに震えていた。

 宣言した魔術名は、先程冒険者ギルド・ロート村出張所の中で発動したモノ(魔術)と同じ。されど発動した魔術は、先程と、あらゆる点で異なっている。

 まず、変化が訪れたのは地表ではなく雲一つないロート村の上空だ。息を呑むほどに散りばめられた明るく輝く星々の広がる夏の終わりの夜空で起こった。

 地面に埋まる巨大なオオカミの直上、おおよそ400メートル地点。

 瞳孔と虹彩のように大小の月が重なり地表を照らす月の瞳を覆い隠すように、塔のような形状の黒い雲がどこからともなく現れ、渦巻き始めた。

 積乱雲に似た形状の黒雲の出現と同時に、地表から零度を下回る寒気が上へと向け吹き上がる。が、今は四つ日月(よつひつき)

 一年を通して最も熱くなる四年に一度の年であり、ロート村の周辺の地域の夏の平均気温は四十度を超え、冬でも二十度前後の温度となる年間を通して暑い年だ。

 それ故に、この様な温度変化は通常ではありえない。自然環境変化だとしても、ここ100年間の周辺地理上において、異常な温度変化や、環境の変化は確認されていない。

 ならばこれは紛れもない、何者かの意図した行為。

 誰が意図したかは、明白如実。

 常人の目には遥か上空に出現した黒雲の中で何が起こっているかなど理解のしようも無いが、黒雲を発生させた張本人であるリーリエには、形式知程度には、理解できている。

 蕾の形をした杖の先端からは、コンマ当たり数十本という単一の術式を内包した魔力の線が一定の長さごとに放たれ、黒雲へと吸い込まれていく。

 杖先から放たれた魔力の線は、蜃気楼にも似た空間のたわみを生み出し、夜空に輝く星明りと月明りを煌々と歪ませる。

 基本直径にして数マイクロメートルの魔力の線は、通常の視力では視認できない特殊な波長の微かな光を帯び、黒雲の中で、魔力線の中に内包されている極小の術式を、一瞬のきらめきと共に開放し自らの役目を果たしてゆく。

 当然、出張所内でも同様の現象があったのだが、発生させる術式の規模が違い過ぎるが故に、今回は現象をはっきりと視認できているのだ。

 開放された魔力線内の単一術式は、リーリエが望む魔術を発動するべく魔動機の演算設定に従い自律的に発動する魔術に必要となる複雑な術式を構築してゆく。が、リーリエに、その全容は掴めていない。

 基礎となる構築術式は分かっているが、天候事態に干渉する程の規模となると構築する術式の量も膨大になり、人の頭の中ですべての術式を制御、構築するのは非常に難しく、構築式の制御の一部は魔動機の補佐を必要としている。

 リーリエが分かっているのは、大まかな術式の作用と構築式、そして起こりうる結果だ。

 黒雲の中で渦巻く無数の魔力の線は、指定された位置に辿り着くと内包された術式を解放する。

 術式が解放されるたびに、魔力が通常物理や他の魔力と強く接触し、一瞬の光を放つ。

 黒々とした黒雲の中で光る微かな魔力の光りは、まるで遠くで輝く星明りのようで、宇宙のようにも見える。が、その美しさは、あくまで黒雲の中だけの話だ。外から見える光景は、数回の瞬きの間に、月の目を隠す黒雲の発生と、急激な温度の変化だけだ。

 短い時間の中で発生した黒雲は、一時と同じ姿を留めず、外からは見えない空洞が、中心に出来ていた。

 空洞の中には、激しく渦巻く風が起こす鈍く不気味な風音が響くも、厚い雲の壁に遮られ地表には届かない。

 目線を上に向ければ、そこには満天に輝く星空が広がっている。

 此処は、頭上を制限するギルド出張所の中では無く、外だ。

 先の〈地イズル天〉のように、ギルド出張所の天井の高さを気にする必要もなく、常人たる村人の安全も気にする必要はない。

 多少の味方への安全配慮を意識の片隅に置いたリーリエは、今か今かと渦巻く黒雲の中で鳴り響いているであろう怪音の祝砲が鳴り響くのを、待ち焦がれていた。

 他の誰でもない。彼女のみが、リーリエ・モンティーベリのみが至った高みの”(地イズル天)”を、何の憂いも無く行使できる時を、する時を。何の憂いも無く。


「……発動」


 その言葉を皮切りに、時折チリの摩擦で光る黒雲の下面に、小さな穴が空く。

 夜空に浮かぶ直径100メートルはある塔の様な積乱雲状の黒雲に空いた穴は、たったの4メートル。されど、その4メートルの穴は、縦に300メートルはあろうかという雲の直上から直下へと真っ直ぐに貫き、雲の中心に渦巻き圧縮されていたい怪音を、解き放った。

 逃げ場のない空間に封じ込められていた怪音は、自らの正体を知ら示さんと、解放された喜びを爆発させるかのように、ドップラーを引き連れ、唸りを上げながら真っ直ぐに地上へと突き進む。

 目指す先は、ただ一つ。役目も一つ。

 己が直下に埋まるアレに引導を渡すのだと、意志を持つ生物の様に目標(巨大なオオカミ)へと、喰らい付く。


お読みくださっている方、ありがとうございます。

遅くなりましたがようやく投稿出来ました。

これからも拙文ではありますが、投稿してまいりますので、よろしければお読みください。

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