不穏な気配~②
「はい、それじゃあ悪いけど大至急でお願いね」
「「ハッ!了解であります」」
キビキビとした如何にも軍人らしい動きの二人の伝令に書類を渡すと敬礼と共に早速駆け出していく。 幸か不幸か昨年まで毎年のように帝国の侵攻があった為、伝令兵も慣れた物だった。 特に今回はサニラが厳選した伝令兵であり国内での移動という事も有って万が一という事は起き得ないだろう
「一応は鳩も飛ばしておきますが、まぁ安心して貰って大丈夫だと思いますよ」
「うん。その辺は信用してる」
しかしまだ一抹の不安を残していそうなアルベルトの表情を見て追加で説明するサニラ。 何故国内の伝令程度で此処まで警戒するのかと言うと単純に伝令兵に持たせた書類の内容が神国に対する警戒を求める物、正確に言えば友好を結ぶ相手では無いと断じた物だったからだ
その上メネドール宛ての書類には追記事項も含まれており、万が一にもバーン達神国の使者たちに見られる訳に行かない物だった。 まぁ友好を求める国の伝令兵を襲う事など無いと思うが、昨夜マーリンから聞いた内容がアルベルトを不安にさせていたのだった
☆△☆△
『≪終末教≫と言うのは、儂の生きておった時代に急速に伸びた教えじゃ』
「ふ~んまた随分歴史のある宗教なのね」
『アルにも言ったが、歴史があるのと宗教の正しさは別じゃ。特にこやつ等は性質の悪い奴らじゃった』
応接室で概要を聞いたアルベルトはその内容から自分だけでは無く皆にも聞いておいて欲しいという事で私室に主だったものを集めて改めてマーリンに説明をして貰っていた
「マーリン殿が生きていた時代からって相当昔ですよ!?そんな宗教を否定しちゃっていいんですか?」
『良い!彼奴等の行いが、そして未だに世界が続いている事が奴等の主張が間違っておる証拠じゃ』
この世界には宗教と言う概念は在るものの巨大な宗教組織と言ったものは基本的に存在しない。 この世界の神々は誰かに何かを託して教えを広めるなんて事はしない。 必要が有れば自ら神託を下し時には人々の前に顕現する。
そんな行動的な神様の存在が身近なこの世界で怪しいカルトな宗教なんて物が根付く訳も無く、精々が精霊信仰や山岳信仰の様な土着の民間信仰が存在するだけであった
『そんな中で終末教は異質な教えじゃった。奴等は終末の恐怖を説き、この世界の仕組みが変わると言いだしおった』
「ああ、良くある詐欺と同じ手口か」
バッサリ、詐欺と言い切るバイマトと同じようにマーリンの時代の人々も初めはそう断じた。 しかし終末教の信徒たちは過去の予言やら失われた文明の暦だとかを持ち出し、さもそれが決められた運命だとでも言う様に精力的に活動したのだった
「聞け民衆よ!滅びの時はもう始まっているのだ。神々は力を失い天変地異が各地を襲うだろう。そして神々の死と共に世界は滅ぶのだ!!。だが心配するな崩壊と共に生まれる神アポフィス様が創造神となり新たな世界の神になる。彼に付き従う者達だけは救われ次の世界を生きられるのだ」
当時は酒場でそして街角で終末教の教徒達は、そう叫びその証拠だと言う誰それの予言だの滅びた文明が記した暦だのを示していった
それは物語としては根拠も有り非常に面白かった為、徐々に広まっていく。 しかし大部分の人々は酒の肴程度の話題であり娯楽と受け止めていたのだった
「んで、差別された者や現状に不満を持つ輩だけが信じたってパターンだろ?」
「まぁ今もある使い古された手口ですね・・・」
始めは誰もがそう思っていた。 良くある話だ、騙される奴が馬鹿なのだと・・・しかし偶々起きた災害を然も予言に記された出来事だと謳う終末教は確かに民衆の間に広まって行った
『まぁそこまでなら良い、例え作り話で不安を煽ろうともそれを信じた者の選択じゃからな。じゃが奴等はそれで終わらんかった。眉唾物の予言が当たらなければ自分達でさも予言が当たったように破壊活動を行ったのじゃ』
「何それ?予言を自分達で実行したって事?」
『うむ、例えば巨大な地震の予言が在ったとしよう。じゃがそれが起きなかった時、奴等は村々を襲い人々を根絶やしにした上で家々を壊し地震が在ったと触れ廻ったのじゃ』
「「「・・・・」」」
普通ならば地震を装う事など無理であった。 土魔法にあるアースクエイクならば地面を揺らす事は出来る。 魔力が強い者ならば揺れも大きくできるだろう、しかし村を壊滅させる程の魔法であれば大規模な儀式が必要な上に魔力の流れを察知されてしまう
だが、終末教の信徒は大量の人員でそれを成し遂げる事で証拠を残さず地震・・・いや予言の正しさを装ったのだ。
証拠を残さない為、刃物では無く鈍器による撲殺、そして実際に崩壊した家の下敷きを装うために生きたままの村人ごと家屋を潰し更に火を掛けた。 地割れを手作業で再現し村人を生き埋めにし、証拠隠滅の為に村人を魔物に食わせ全員を殺し尽くしたのだ
「えっと・・・一応は宗教の人達なんだよね」
『始めからそうだったのか、何処かで歪んだのかは判らん。しかし奴等は予言を自らの手で成し遂げた事で膨大な信者を手に入れた』
「目的と手段が入れ替わってる・・・狂気だ」
「予言を自らの手で為す事に疑問は持たなかったのかしら?」
「ん・・・気分悪い」
カイヤの疑問は尤もである。 しかし終末教の狂信者たちは地震(の様な物)で村が壊滅したのは事実であり、予言に記された地震の原因が災害であろうが自らが行った事であろうが関係なかったのだ。 その狂気に古の予言で最愛の人に出会ったヴィクトリアは嫌悪をあらわにしていた
『その後も破壊活動を行って信者を増やしたんじゃが、結局は増えすぎた信者の内部告発で奴等の行いが明るみに出た訳じゃが・・・』
「まだなんかあったの?」
『厄介な魔法を開発しておっての、各地で大規模な戦いが勃発したのじゃ。正に宗教対国家と言える戦いじゃった・・・』
マーリンが忌避した終末教。 彼等の破壊活動も狂気であったが真に人々から疎まれ恐れられたのは彼等が開発した洗脳魔法だった。
特殊な薬物で理性を失わせ闇魔法でその人格ごと破壊された兵士達は教団上層部に操られ最後まで頑強に抵抗した。 その為、騎士達や兵士にも莫大な被害を齎し生き残った者達もその狂気の戦いに心に傷を負う者が続出した。 当時既に世捨て人状態だったマーリンも参加したその戦いは後々まで痕を残した悲惨な物だった
「奴等が終末教の末裔なら洗脳魔法も受け継いでる可能性があるという事ですか?」
「そう考えるべきでしょう。そうでなければ帝国があっさり崩壊した理由が判りません」
青ざめた顔で、しかし軍人として対処するべき問題を投げかけたサームの言葉は、文官のウマルによって肯定された。 終末教改めザービス教を名乗る彼等がどれほどの信者を確保しているかは判らないが、あの精強な帝国騎兵達を打ち破った理由が洗脳された狂兵によって齎されたとすれば納得できる
「そんなんじゃ父さまが危ないじゃない!さっさと叩き出さないと!!」
「べ、べス落ち着いて。まだ証拠も無いし、文献にも載っていない宗教と同じ名の神を祀るってだけでそんなこと出来ないよ」
「ん・・・先手必勝」
「ヴィクも!?」
『落ち着かんか!。メネドール殿にも国王にも書簡で注意喚起しとる。洗脳魔法も薬物を使用せんかったら意志の強い者は大抵レジスト出来るものじゃから安心せい』
好戦的な婚約者たちに驚くアルベルト。 だが、彼が止める前にマーリンの一喝が二人を落ち着かせる。 実際に戦争になる可能性は高いが、進んで此方から喧嘩を売るのは国際的に外聞が悪すぎる。 使者が来た時にはらしくない態度のマーリンであったが、冷静さを取り戻した今はそれ位の事は判っていた
アルベルトには昨夜の時点で概要を話してあるので其々に送った書簡にキチンと書き記してある為、取敢えずの心配が無い事を説明する
メネドールはマーリンの存在も話してあるので書簡にも終末教の事や洗脳魔法の話を書いてある。 その上で信用できる意志の強い騎士を護衛と言う名目で同行させ、王都までの村や町で人々に接触させない様に注意してある。
また、国王にはアルベルトの見解として神国は信用できない事とザービス教の危険性を明記している。 マーリンの事を話して無いので終末教の事は言えないが、それでも国王の言質というか、丸投げを受けているアルベルトの言葉なので国王も信用するだろう
「また戦いですか・・・」
ウマルの呟きはこの部屋の中の全ての者が思っていた言葉だろう。 帝国という脅威が神国によって排除されたというのにその神国と争う事にうんざりしているのだ
神国が自国内だけでザービス教を信仰する分には構わない。 邪教であろうともアデル王国に被害が無いのならば知った事では無い。 冷たい様だが領土的野心の無い王国にとって、またこの世界の国家の隣国に対する在り様はある意味その程度だ
だが、おそらく自国内だけで留まらないのは神国の使者バーン・ボッヒュが布教の許可を求めていた事からも明らかだ
不毛な戦いの気配、しかも洗脳魔法という邪法まで駆使するであろう神国の影に部屋の中は重苦しい雰囲気に包まれるのであった・・・




