奴隷女と宰相
「チッ!どいつもこいつも陛下陛下って自分で判断できねぇのか。」
「ご主人様声が大きすぎまする」
カモーラの街でメネドールと顔を合わせたバーン・ボッシュは、自身の交渉がまるで上手く行かなかった事に腹を立て馬車の中で苛立たしげに声を荒げる。 アルベルトの送った伝令は何事も無く神国の使者よりも早くカモーラに辿り着き、アルベルトの書簡を読んだメネドールはアルベルトと同じ対応を取り、王都へと赴く様に要請したのだった
「黙れ!奴隷女風情が俺に意見するな!」
「し、しかし・・・」
「フン!しかし護衛の騎士を付ける辺りは田舎貴族とはいえ、まぁマシな対応だな。」
奴隷女と呼ばれた女性は馬車の周りに居る護衛という名目で付き従っている騎士達に声が届くのを心配して主人を諌めようとするのだが、肝心の主人はそんな事を気にしていないのかまるで取り合おうとはしなかった。
確かに馬車には防音の魔道具が取り付けられており、外に音が漏れ出す心配は少ない。 しかし成立したばかりの国、しかも帝国を打ち滅ぼしての国家成立だ。 警戒されて当たり前の状態で隣国へと初めて送り出した使者であるのだから細心の注意を払ってしかるべきであり、バーンの態度はお世辞にも良いものとは言えなかった。
馬車の周りに付き従う完全武装の騎士の姿に満足そうに手にしたグラスに入ったワインを飲みながら自尊心を取り戻すバーンはその騎士たちが自分たちの監視役だとは考えもしていないのだろう。 それを見抜いている奴隷女はそっと溜息を吐きながら新しい主人をどう諌めようか腐心していた
彼女は帝国が存在していた時からの奴隷である。 王国では犯罪奴隷以外の奴隷制度を認めていないが帝国では他の国と同様に奴隷制度を認めていた。
一般的に奴隷の扱いという物は口に出すのも憚れるほど酷い物だ。 人権などは無くて当たり前で最低限の生活を課せられ契約魔法で縛られた彼等は一生その地位から抜け出す事は出来ない。 良くて物扱い、酷ければストレスの発散に虐待されたり性奴隷として暗い部屋の中で客を取らされる者もいた
しかし奴隷制度を認めている各国の中で帝国の奴隷達は非常に恵まれていた。 なにせ見栄と外聞が大事の帝国文化、立場の弱い物を虐待する等もっての外で、寧ろ丁寧な教育を施し如何に立派な奴隷に育てるかというのが貴族や富豪たちのステータスになっていたのだ
そして、その教育で優秀な成績を収め特殊な才能に目覚めた者達は高級奴隷と呼ばれ、契約魔法で縛られているからこそ重用されていた。
彼女も高級奴隷として名を馳せた一人であり、侍女としての才能の他に政治経済にも明るく官僚として非常に有能でもあった。 更に持ち前の美貌が人の眼を引き帝国時代には彼女の主人の評判を非常に高めていた
だからこそ帝国が神国へと変わった時に功の合ったバーンに褒賞として与えられたのだった。 しかしバーンは彼女の真価には目を向けず寧ろ自分に意見する疎ましい存在として感じており、しかし下賜された褒賞である以上酷い扱いも出来ず、只の美しい奴隷として身の回りの世話と夜の相手としか扱っていなかった
それでも、奴隷として主人に尽くすのが使命と考える彼女は何とかこの使者という大任を成功に導き主人の名声が高まる様に陰に日向にバーンを支えようとしていたのだった。
☆△☆△
「ご主人様。謁見に際してのご注意が・・・」
「ええ~い!またか!!貴様の意見など必要ない。放っておいてもアポフィス様の御威光で交渉は纏まるに決まっておるわ!」
王都オーセントへの到着を目前に控え、主人に国王ジオブリント・フォン・アデルの為人と注意事項を伝えようとする元高級奴隷の彼女を、五月蠅そうに手で払いながらバーンは遮ろうとする
「しかし、かの国王は所詮はアポフィス様の偉大さを知らぬ蛮族の王でございます」
「ん!?ま、まぁそうであるが・・・」
「教皇様の御意志はこの国にアポフィス様の御威光を広める事。その為には蛮族の王とて利用せねばなりません」
元高級奴隷はアポフィスという名の神を信仰している訳では無い。 彼女の眼は如何に主人を栄達させるかという使命にしか向いておらず、訳の分からない神の事などどうでも良かった。 しかし主人は教皇とアポフィスとかいう神に向いており説得材料にするには都合が良かった
「これもアポフィス様がお与えになった試練でございましょう。国王一人では無く王国に増えるであろう信者達の事を考えましょう」
「う、う~む、言われてみればそうだな。アポフィス様がお与えになった試練というのであれば完璧な準備が必要だな」
「はい、かの国王はきっと布教を反対して来る筈です。何故ならばそれがお主人様に対する試練なのですから。私、アリーが全力でサポートさせて頂きます」
「うっ!い、いやそこまで・・・」
「いいえ。私が此処にいるのもアポフィス様の思し召しでございます。ならば全力を尽くすの当然でございます」
「そ、そうか。アポフィス様の思し召しならばしょうがないな」
「はい。ではジオブリント・フォン・アデルの為人から御説明します」
こうして王都オーセント到着を目前に控えた村の部屋の中でアリーの説明は夜が更けるまで続いた。 途中逃げ出しそうになるバーンをあの手この手で誤魔化しながらアリーは主人に必要な知識を叩きこんでいくのであった
その様子をじっと見つめる影の姿に気付く者はいなかった・・・
☆△☆△
一方、オーセントの王城内にある王の執務室では国王であるジオブリント・フォン・アデルと宰相のアクセル・オクセンシェルナがアルベルトからの書簡を机に広げ難しい顔で頭を突き合わせていた
「アクセルよ。どうすれば良いと思う?」
「陛下・・・昨日も話したではありませんか。アルベルト殿に一任した以上は彼の意見に従うべきだと思われます」
ここ数日繰り返されてきた議論にウンザリしつつ宰相は国王に答える
「ええい!そんな事は判っておる。儂が聞きたいのはそうでは無くて!」
「はいはい、判りましたよ。ジオの不安も尤もですけどね、あの子には何か不思議な力が有るのは確かでしかもその力はとても強い。彼が言う事の方がアポフィスなんて神?よりも信用できますね」
しかし、国王は宰相としてのアクセルでは無く幼馴染のアクセルに答えて欲しかったようで苛立ちながら別の答えを求めた。 それに対しアクセルも語り口を気安い物に変えながら自分の意見を答える。 目の前の幼馴染の気持ちは察していても立場上ひと手間、面倒な手続きが必要なのだ
重臣を集めて行った会議でも国王自ら神国を信用しないと断じたにも関わらず未だにウジウジ悩む幼馴染に苦笑いを浮かべているが、自分に内心の苦悩を素直に出してくれる彼を好ましく思っていた
「しかしだな~・・・戦争になるよな~」
「なるだろうね」
「って、おま!そんな簡単に言うなよ!」
いくら宗教国家とはいえ他国に布教を強制できないし、それを理由にいきなり攻め込んでくる事は通常では有り得ない。 だがアルベルトからの書簡にもその可能性とザービス教の危うさは記されており国王と宰相もその可能性は高いと思っている
仮に直ぐに争いになる事は無くとも、どちらにせよ建国して初めての友好を求める使者に対してキッパリとその要求を断れば険悪な関係になるのは目に見えている。 そうなればいずれは争いになる事は予想の範疇であったし、それを考えて対策を立てるのが国王と宰相の役目だった
「だってしょうがないじゃないですか、訳の分からん宗教なんてこの国には必要ないんだから。どうせ戦うのはサウスバーグ領です。しかもあの子が最前線に立つなら心配も無いでしょ?」
「・・・それ他に言うなよ!?メネドールを怒らせると怖いんだからな!」
国王が戦いを嫌がるのは宰相としては歓迎する事である。 小さいながらも豊かなこの国は領土的野心を持たずとも立派に暮らしていけるのだから
しかし戦いを嫌がる理由が辺境伯が怖いというのは聊か情けない話だ
「はぁ~どうやって説明しよう・・・」
「・・・」
国王、ジオブリント・フォン・アデルは大きく溜息を吐きながら心底悩ましげに呟く。
説明の相手が使者なのか辺境伯なのか・・・おそらく後者だろうなと苦笑いしながら幼馴染を見つめるアクセル・オクセンシェルナだった・・・
読んで頂いて有難う御座います
ブクマが遂に50超えました!\(^o^)/
こういう節目は非常に嬉しいですこれからもがんばりますので、これからも宜しくお願いします




