伝説の賢者マーリン~②
「ア、アルベルト様、大変です。街の入口にドワーフたちが・・・しかも代表者はテンゲン・ハーツクライを名乗ってます」
「ああ、バイマトが言ってた件だね。そうか待ちきれなくて直接来ちゃったんだね。」
「いや、アルベルト様。そんなのんびりしてる状況じゃないです!!」
「サニラこそそんなに慌てるような状況?まさかドワーフが武装して攻めてきた訳じゃないでしょ?」
普段は冷静沈着、というよりもどこか冷めてる印象の強いサニラが取り乱したようにノックも忘れて執務室に飛び込んできた様に驚くアルベルト。 そしてその事態の重さを判っていないアルベルトにサニラの焦りはどんどん強くなっていく
「だから!テンゲン閣下が来てるんですって!!あのハーツクライですよ!!!」
「そんなに凄い人なの?」
「凄いなんてもんじゃない!!ドワーフの長であり一流の鍛冶師でもある、あのハーツクライですってば」
『アルよ、もう少し世情という物を学んだ方が良い。サニラの言う通りの大事件じゃぞ?』
「そうなの?これって実は常識なの???」
「だから大変だって言ってるでしょう!!。早く城門に来てください!!!」
なかなか判ってくれないアルベルトに出会った時の様な口調に戻りつつあるサニラ。 彼がそこまで取り乱していると言うのに何が凄い事なのか判っていないアルベルトは書類にサインしていた手を止めて聞き返す。
サニラは何故判らないんだ!って感じで憤り出迎えを促すのだが、しかしマーリンの言葉から常識を知らないのは自分だと教えられたアルベルトは渋々といった感じで城門へと向かう準備を始めるのだった
「フン!儂を待たすとはいい度胸じゃ」
「すいません。自分が至らなくて不快を感じたのであればお詫びします。取敢えずですが領主館にて歓迎の準備を始めていますので御足労願えませんか」
開口一番に尊大な態度でアルベルトに言い放ったドワーフ、彼が件のテンゲン・ハーツクライなのだろう。 城門へと来る途中でマーリンとサニラから彼がどれだけの大物なのかという点と集落から出てくる事が滅多にないと言う話を聞いたアルベルトは遜った態度で接している
「まぁ良いじゃろう。部下達も参加できるのじゃろうな」
「勿論です。近隣の村からも酒を用意させますのでそれまで旅の疲れを癒してください」
尊大な態度を崩さないテンゲンに表情を変えず接しているアルベルトの姿に、城門を守る兵士達や付近にいる民衆達も顔を顰める。 流石のサニラもその態度に腹を立てるが、テンゲンの重要性を煽ったのが自分なのでアルベルトに対して申し訳なさからグッと堪えていた
総勢20名のドワーフたち全てを運べる馬車も無く徒歩で領主館へと向かうのだが、気にした様子も無くドスドスという感じで着いてくるドワーフたち。
人間に比べると低い身長、150センチくらいの身体であるが横幅は人間の1.5倍はある。 酒樽と揶揄される体系であるが太っている訳では無く筋肉の塊であり、常に肌身離さない鍛治に用いるハンマーを片手に歩く姿はどこかコミカルな感じがする
揃って髭を伸ばし似たような服装の彼等を初見で見分けるのは中々難しいのだが、流石にドワーフの長であるテンゲンはその雰囲気から見分けがつく。 他のドワーフたちがキョロキョロと街の様子を窺う中で彼だけが真っ直ぐに領主館へと視線を向け悠然と歩いていくのであった
☆△☆△
領主館の応接室に案内されたテンゲンはソファーにドッシリと腰かけると見下すように対面に座るアルベルトを睨み付ける。 人間用のソファーではドワーフの体型に若干合わないのか深く座ったテンゲンの足は床から少し浮いているのがその態度に合わず滑稽な姿になっている
「小僧に要は無い。さっさとバイマトとかいう領主を連れて来い」
「失礼ですがバイマトは領主ではありません。御前に居られる方がセイレケ領主アルベルト・サウスバーグ様です」
テンゲンの態度に腹を立てながらも彼の間違いを正すサニラ。 城門で彼と対面した時も自己紹介などはしていないので成人したばかりのアルベルトを領主だと思えないのは仕方がないのだが、抑々自己紹介すらさせない態度だったのはテンゲンの方である。 しかしアルベルトが我慢している以上は煽ったサニラが先に表情に出す訳にもいかず丁寧な言葉使いではあったが腹の中は煮えくり返っていた
「なんじゃとこんな子供が領主じゃと!フン、メネドールも耄碌したもんじゃ子供可愛さに領主に据えおったか!」
「えっと・・・テンゲンさんでしたっけ?僕の事はどうでもいいですけど、流石に父上の事を悪く言うのでしたら見逃すわけにはいかないですよ?」
「フン!人間の価値観など関係ないわい!辺境伯であろうとも儂には只のヒヨッコじゃ!!見逃さないと言うならばどうするつもりじゃ!!」
サニラの言葉に驚き、それを隠すようにメネドールの事までも罵る様な態度のテンゲンに流石のアルベルトもカチンと来たのか言葉使いが乱れる。 彼がドワーフという種族をもっとよく知っており、更にもう少し落ち着いて聞いていたのであればその言葉の中に有るメネドールの事を知っていると言う事に気が付けたのだが、それを言うにはテンゲンの態度が悪すぎた
アルベルトの言葉に語気を荒げ威嚇するテンゲン。 一触即発の空気が部屋に漂い始めるのだが普段なら止めに入るサニラも頭に来てるので仲裁に入る様子も無く険悪な雰囲気だけが高まっていく
「まったくこの酒樽は自分が何しに来たのか忘れてるんじゃないの?」
「なんじゃと!・・・って、カイヤ!!なんでこんな辺境に居るのじゃ」
ノックも無しに突然入ってきたカイヤに驚きながらも先程までの態度が嘘の様に笑顔で答えるテンゲン
「アル、こいつ等は初対面ではだいたいこんな感じなのよ。要は人見知りが激しいもんだから、ぶっきらぼうな態度か威嚇するかのどっちかしか出来ないの」
「口の悪さは相変わらずじゃな。しかしなぜお主がこんな小僧に気をつかう?」
「いい加減にしなさい、一応私はアルベルトに仕えているわ。それ以上その口でアルの事を悪く言ったら只では済まないわよ!?」
カイヤの登場で一瞬緩んだ空気が先程よりも剣呑な雰囲気になっていく。 アルベルトがカイヤを怒らす事は無いがバイマトやカルルク将軍はカイヤを本気で怒らせる真似は殆どしない。 それだけ怒った彼女は恐ろしいのだろう
「ま、待て。儂が悪かった」
「謝る相手を間違ってるわね」
「う、うむ。アルベルト殿すまんかった。この通りじゃ、どうか勘弁してくれ」
「あ、はい・・・」
どうやらカイヤと顔馴染みらしいテンゲンも彼女が怒るとどうなるのか知っているのか、アルベルトの前で土下座する勢いで頭を下げる。 カイヤから漏れ出す怒気といきなり態度を変えたテンゲンの様子に呆気にとられたアルベルトは思わずっと言った感じで返事をするしか出来なかった
「大体ね、あんた達何しに来たのさ。テンゲンが態々この街に来るなんてよっぽどな理由があるんでしょう?」
「おお、そうじゃ忘れておった。酒じゃ!あの送られてきた酒!あれの詳しい話を聞かせてくれ」
「ち、ちょっと待って下さいね。いま手紙の送り主を呼びに行ってますから」
カイヤに促されこの街に来た用事を思い出したテンゲンは先程とは違った勢いでアルベルトに迫る。 抑々手紙を送ったのはバイマトであるしアルベルトの口から説明させるよりも彼を呼んだ方が話が進むだろうと、予め彼を呼び出してあった
「すまねぇな遅れちまった・・・ってなんでカイヤがいるんだ」
「ふ~んその慌てよう・・・よっぽど私に知られるのが拙いみたいね」
「そ、そんな事はねぇよ。ちゃんとアルにも事情は説明してある」
「まぁいいわ。後できっちり説明してもらうから」
部屋に入ってきたバイマトは先にカイヤがいる事に驚くが、アルベルトに了解も得ているのだからと一応の良い訳をする。 しかし普段の彼を知っている上にお酒が絡んでいるのであれば碌な事では無いと薄々感付いているカイヤであったが、今追求するべきでは無いと矛を一先ず納める
「お主がバイマト殿じゃな。あの酒、あれを是非譲ってくれ」
「まさかドワーフの長が直々に来るとは・・・。まぁいい。手紙にも書いといたがあれは量産できるもんじゃねぇ。しかもあれはまだ未完成品なんだよ」
「そうなのか?あれで未完成・・・しかし氷雪酒なんぞよりよっぽど美味かったぞ」
テンゲンはサンプルの酒に驚いたのか手紙の方はよく読んではいない様でバイマトの説明に目を剥いて驚いている
テンゲンの言う氷雪酒とはマーリンが指導した蒸留酒とは違う方法で酒精を強めた酒の事である。 水と酒精の沸点の違いを利用するのが蒸留酒であるのに対し、水と酒精の凝固点の違いを利用した酒の事を氷雪酒と呼んでいた
しかし氷雪酒も意図して出来た訳では無く偶々雪山で遭難した者達の残した凍りついた酒、その中心に有った凍り付いてない部分の酒を飲んだ者が創りだしたと謂われている。 ドワーフたち御用達の氷雪酒は更に酒精を上げる為に中心の凍結していない部分を更に雪山に放置し中心を取り出すと言う工程を何度も繰り返し作り出すもので非常に手間暇が掛かるものだった
「最近はランド高地にドラゴンが住み着きやがって酒造りも上手く言っておらん様で、氷雪酒も手に入らんのじゃ。そこにこれほどの酒が現れた・・・儂らに出来る事ならどんな事でもするどうかこの酒を譲ってはくれまいか」
『ほっほっほ。作戦通りじゃな。アルよ儂の言った通りに説明するんじゃぞ』
先ずは蒸留酒を創る為の工程を説明していくマーリン。 そして恰もそれが自分の知識だと言う様に説明していくアルベルトに真剣な様子で聞きこんでいくテンゲン
簡単に言うと大麦を発酵させ麦芽を造りだし、酵母と共に発酵させる事で醪を作り出す。それを蒸留器で酒精と水に分離させることによって蒸留酒が出来上がるという事を話していく
「所々知らん言葉が出てくるが麦酒と途中までは似ておるな」
「基本的には似てますがホッブを加えない所や麦を乾燥させる工程で燻して香り付けをする点などが違いますね」
「ふ~む。酒造りで儂らの知識を上回るとは・・・で、量産できんのは何故じゃ?麦酒と似ておるのならば原料や醸造に問題はあるまい」
「そうですね醸造、醪を造る所までは問題ないです。問題は蒸留、つまり蒸留器が創れないんですよ」
「そこで儂らの出番か・・・図面は・・・ほう、これは簡単では無いな、じゃが儂等なら出来る、いや創ってみせるぞ!!!で、何処に造ればいい?明日にでも作業を始めるぞ」
マーリンが作成(代筆はバイマト)した図面を見て一瞬顔を顰めたテンゲンだが、どうやらその困難さよりも物造りへの情熱が勝ったのか決意に漲る叫びを上げる。 響き渡るその雄叫びに屋敷のメイドさんが思わず部屋の中を覗きこんだほどだった
「ま、待って下さい。先ずは試作からです、しかも蒸溜器が出来てもそれで終わりではありません」
「未完成とか言ってたあれか」
「はい。樽の中で熟成させることでやっと完成になります」
「熟成じゃと・・・うん、あれが熟成されるならばさぞかし・・・」
「おっさん!よだれ!!」
「おっとすまんな。想像しただけで思わず・・・じゅるり」
バイマトに咎められて慌てて涎を拭くテンゲンであったが溢れだす涎を止められないのか言ってる傍から涎が垂れてくる
「ったく・・・溢れるのは情熱だけにしときなさいよ」
呆れるカイヤの言葉もテンゲンの溢れ出すものには効果が無いようだった・・・




