2-20
「よう、遅かったなアル」
「バイマト!」
「殿下、すいません・・・」
いつもの大剣を肩に担いだバイマトが陽気に声を掛けてくる後ろで私兵隊のメンバーが青い顔で申し訳なさそうにしていた
「ほら、なんかの役に立つだろ?」
「わっ!これって・・・」
「ダンジョンコアね」
「ん・・・もう攻略済み?」
バイマトが気軽にヒョイっと投げてよこしたダンジョンコアを慌てて受け止めるアルベルト。 これが此処に有るという事は既に迷宮は攻略済みという事なのだろう
「バイマト殿・・・」
「ん!?なんか拙かったか?」
「これから調査しようと思ってたんじゃが・・・」
「ああ、そう言う事か。そいつぁ悪かったな」
緊急事態だと急いでアルベルトを呼びに行ったサニラとカルルク将軍が呆れた様に咎めるが、バイマトは大した悪びれる事も無くシレッとしたまま一応は詫びの言葉を述べた
「まったく、そんな事ばっかりしてるから変な二つ名が付くのよ」
「うるせぇな。調査なんかしたってどうせ詳しい事なんか判んねぇだから良いだろ」
『まぁ確かにの。迷宮はその発生原因も含めて判らん事の方が多いからの』
マーリンも認めるくらい迷宮の謎は深く解明の糸口すら見つかっていない。 下手に放置しておいて魔物が溢れ出るくらいならサッサと攻略してしまった方が安全だし、増してや今回は街道に近い場所で発生したのだからバイマトの判断も強ち間違ってはいない
「でも昨日まで何も無かった訳ですし、調査は必要だと思いますが・・・」
「そうなのよ、そこが不思議なのよ。それをこの単細胞は・・・」
『まぁ幾つか推論は立てれたとしても一か所だけでは如何にもならん』
「そっか、比較検討だっけ?」
『ほっほっほ、アルは優秀じゃの。類似する事例を比較する事で検証できる事は多いからの』
五歳児には難しすぎる言葉であるが、マーリンの口癖を覚えていたアルベルト。 かなり規格外の賢者ではあったが意外に地味な作業も厭わないタイプでそう言った基礎的な事を疎かにすることは無かった
『内部の様子はどうじゃったかの?』
「まぁ普通の迷宮だったぜ。魔物も多かったけど出来立てならこんなもんだろ?」
出来たばかりの迷宮の内部は脅威度の低い魔物で溢れ返っている事が多い。 魔物達は時間が経つにつれてお互いに殺し合い、その中から進化を果たした上位個体達はより強い魔力を求めてダンジョンコアの在る深部へと移動していく
今回は直ぐにバイマトが攻略してしまったが、本来ならば時間の経過と共にコアも地脈から魔力を吸い上げより強大になり階層は深く、そして強力な魔物が発生する筈であった
「まぁ大した事の無い普通の迷宮だったぜ?」
「いや、アレを普通と言い切るのはちょっと・・・」
「ああ、冒険者という者の認識が変わっちまったな」
私兵隊の隊長を務めるサームと騎兵隊を預かるバサラがその様子を思い出したのか身震いをしながら頷き合う。 実際、私兵隊の一部を引き連れたバイマトであったが、その攻略は殆ど一人で行ったような物だった
「魔物が現れても足を止めるどころかバッタバッタと斬り倒して進むし、あげくには罠の方へと投げ込むし・・・」
「そうそう、あんな罠の解除方法があるなんて思わなかったよな」
「勉強になっただろ?」
「いやそれ、解除してないからね!?」
弓が得意なサームと、槍を得物にしているバサラを連れて行ったのだから本来ならばパーティの役割としてバサラは中衛に、サームは後方からの攻撃を行うのが普通だろう。 だが、そんな事はお構いなしで一人で魔物達を駆逐するバイマトの姿が容易に想像できる
「んなこと言ったって俺にゃあ罠を解除する技術なんてねぇからな」
「それがおかしいって言うのよ。普通は基礎的な物くらいは覚えるわよ!」
ドヤ顔で胸を反らすバイマトにカイヤが抗議する。 彼女が言う様に冒険者として罠の発見方法や解除の仕方くらいは最低限の技量であった。 確かに専門職でなければ解除が難しい物も存在するが出来たての迷宮でそのような物が発生する事は殆ど無いのだから。如何にバイマトが偏った技術で攻略したかが判る話だった
『ふ~む・・・迷宮の発生を確認してからの時間を考えると、ちと腑に落ちんの』
「そうなの?マーリン」
『うむ、魔物の脅威度や数それに罠の有無は迷宮の発生に使われた魔力に比例するのじゃ』
迷宮に関して詳しい事は判っていないものの、今迄発生した迷宮を調査して判っている事も当然ある。 マーリンが口にした内容も漠然としてではあるが、定説として確立されている物だった
『魔力の濃度が高い地域に発生する迷宮の難易度は高く、低い地域の迷宮は攻略が楽じゃと言われておる』
「でも、殆どバイマトが独りで攻略したんだから簡単なんじゃないの?」
「アル・・・俺も一応はA級だからな?」
『そう言う事じゃ。本来ならば出来ばかりの迷宮に罠など存在せん』
何故、迷宮に罠が存在するのか?という謎は解明されていないが、ダンジョンコアが存在する間は迷宮の成長していく。 まるでそこに入った者達を食い物にするように時間が経つにつれ魔物達は強くなり通路は迷路状になっていく。 更に成長が続くと罠や階層ごとにボスとも言える守護者が発生するのだ。
「そうそう、中身は屑みてぇなもんだったが宝箱も在ったぞ」
「いやいや、バイマトさん。十分に貴重でしたよ!?」
「ん!?そうか?、中級ポーションなんて大した役に立たないだろ?」
バイマトやカイヤの様に一流の冒険者ならば中級ポーション程度では驚かないのかもしれないが、普通に市場で買えば金貨が飛んでいく代物である。 それを必要とするだけのステータスを持つ者も限られるので需要が高いとは言えないがそれでも迷宮産の中級ポーションとなればお宝には違いない
『宝箱まで在るという事はいよいよもって謎じゃの』
「でも、昨日までは何とも無かったわよ?」
「ん・・・普通」
「そうだね、いつも通りだったよ」
魔力の修行に使っていた畑である、彼等が毎日見ていたのだからそれは間違いないだろうし、マーリンだっていたのだから迷宮が出来る前兆があれば判った筈である
「取敢えず穴だけでも埋めちゃおうか」
「そうね、折角作った畑に大穴開けとくのも勿体無いわ」
ダンジョンコアを失った迷宮はやがて内部も崩壊していく。 それに巻き込まれる危険を考えれば早々に埋めてしまった方が安全だし今更内部の調査をしても判る事も無いだろう
「それじゃ行くよ~」
「中は結構広かったから注意しろよ」
城壁を創り上げた時に比べれば少ないが、それでもかなりの量の魔力を練り上げて行くアルベルト。 バイマとのアドバイスもありかなり広範囲に及ぶ魔法で迷宮を埋めてしまうつもりの様だ
「ちょっと待って!!アルちゃん、これ以上されたら森が魔境になっちゃう!!」
「え!?カリュアー?」
「ああ・・・遅かった」
魔法に集中していたアルベルトは突然現れた森の精霊カリュアーに気が付くのが遅れてしまった。 その為彼女の制止は寸前で間に合わず、モリモリと大地が盛り上がるとやがて元あった状態に畑がそこに現れていた
「アルちゃん・・・この間から魔法を使い過ぎ」
「うん、畑を作ったりしてたからね」
「そのせいで森が魔境になりそう・・・いえ、今の魔法で確実に魔境になってると思うわ」
「魔境?なんでまた・・・」
魔境とは淀んだ魔力が溜まり、それを餌にする強力な魔物たちが住む場所だ。 龍脈から漏れ出した魔力溜まりだったり、かつての戦場が流れた血で呪われたせいだったりと、理由は様々だが人の踏み入る事の出来る場所ではなくなった場所を指す
「森に迷いの魔法をかけるのに使う魔力を周囲から集める様にしてあったのよ」
「それと魔法に何の関係が有るのよ」
「あら、初めて見る子ね。随分生意気じゃない?」
「ん・・・やっちゃって良し」
「ヴィク!?って、カリュアーも本気にしたら駄目だって!!」
初めて目にするエリザベス王女の態度にスッと目を細めて威嚇するカリュアー。 上位の大精霊である彼女は場合によっては神として祀られる事すらある存在だ。 そこに初対面からいきなり王女としての態度で接してしまえばその怒りを買うのも無理はない
その上、ヴィクトリアまでが揶揄い半分で煽るものだから、慌ててアルベルトが仲裁に入る
「エリザベス王女もちょっと抑えて。それで僕の使った魔法と魔境に何の関係が有るのか教えてくれる?」
「アルちゃんが言うなら良いわよ。」
「なんかムカつくわね」
「まぁまぁ、相手は精霊なんだから」
アルベルトに言われてコロッと表情を変えるカリュアーに女としての感情が許さないのか不満顔のエリザベス王女だったが、カイヤが何とか宥める
「魔法と魔力の関係は判るわよね?」
「ん・・・絶対必要?」
「そうね、魔法を使うのに魔力は絶対に必要ね。使用者の意志に応える形で変化した魔力は様々な事を為してくれるわ」
相変わらず言葉の少ないヴィクトリアの言いたいことをくみ取ってカリュアーが話を続ける
「それじゃあ、魔法で使った魔力はどうなるのか判るかしら?」
『ふむ、興味深い話じゃな』
「元の魔力に戻るんじゃないの?」
『いや、それでは理屈に合わん。消費した魔力がまた魔力に戻るのならば魔法使いは魔力切れなど起こさんからの』
「マーリンちゃん正解」
『ちゃ、ちゃん!?』
長い時を、いやこの世界が生まれた時からかもしれないくらい長く生きる彼女にしてみれば伝説の賢者であっても子供のようなものかもしれない。 その為、マーリンにもアルベルトと同じようにちゃん付けで呼びかけるが、言われた方は予想外過ぎて言葉に詰まる
「魔素って知ってるかしら?」
まるで悪戯が成功した子供の様な笑顔のまま再び問いかけるカリュアーに何やら思案顔のマーリンであった・・・




