2-11
「メネドール様!王国旗を掲げた一団が領内に入られたと報告が!」
「ふむ、予定よりは早いが第三王女が来たか?」
午前中の執務の時間、執務室に飛び込んできたロステムの報告にゆっくりと書類から目を上げたメネドール。 以前ならこの時間に執務の邪魔をするものには烈火の如く怒る部屋の主はしかし肝心のアルベルトが出張中という事で慌てる近習とは違い落ち着いた様子で聞き返す
「領内に入られたばかりですので、そこまでは・・・」
「そこは致し方ないか・・・まったく先触れくらい出せば良いものを」
アデル王国では貴族が国内を移動する際に自身を示す紋章の提示が義務付けられている。 メネドールも馬車に紋章を施しており移動しているのが貴族である事が一目で判る様になっている
これはその威によって便宜を図らせる為の物ではない。 貴族に対して立場と引き換えに義務と責任が明確に記されている王国では貴族と言うのは平民にとって尊敬に値する地位にいる事が求められていた。
とはいえ、平民と貴族には明確な身分の差も存在する為、無用のトラブルを避ける為にその存在を示しているのだ。 ましてや王国旗を掲げて良いのは平時では王族のみだ。 それが掲げられた集団に対する詮索を出来る者など限られているのだから誰が移動しているかを知る方法は無い。
だからこそ、メネドールが言う様に先触れの使者を出すのが重要なのだ。 しかもサウスバーグ領は王国の端に位置する。 つまりサウスバーグ領に入るという事は即ちメネドールのいるカモーラの街が目的地なのに、その知らせすら届かないと言うのは非常におかしな事であった
「一応、領内及びカモーラの街には知らせを出しましたが・・・」
「うむ、それ以外に対処のしようも無かろう。まったく・・・アクセルも大変だな」
王族が動くとなれば護衛や移動中の采配などで文官達の準備は膨大な物になる。 それらを指示するのは宰相であるアクセルの役目であるのだが、あの完璧主義の男がメネドールに知らせを怠るとは思えない。
という事は彼がその事を知らないか、対応する時間が無いくらい急な話しだったのだろう。 王都で会った際の第三王女の様子を考えれば後者だとは思うものの、どちらにせよ彼の負担を考えると同情を禁じられないメネドールであった・・・
☆△☆△
いつもと変わらない午前の執務の時間。 数日内に第三王女が到着するとはいえ、まだ幾何かの猶予は有るので歓迎の為の決済などは増えているものの、アルベルトとの時間を確保する為に磨いた処理速度のメネドールには余裕を持って対処できる範囲であった
「メネドール様!王国旗を掲げた一団がカモーラに入られたと報告が!」
「な、なんだと!領内に入ってからまだ大して経っておらんぞ!?」
過日と変わらず執務室に飛び込んできたロステムの報告に、しかし今度は落ち着いて聞き返す事は出来なかった
地理的に縦に長いサウスバーグ領、確かに王都から移動してきたのであれば馬車での移動ならばそれ程時間の掛かる距離では無い。 しかし王族の移動と言うのは護衛の数も膨大であるし身の回りの世話をする者も通常の貴族よりも膨大な物になる。
更に王族など滅多に来ない辺境の地だ。 その顔を民衆に見せる事や都市にお金を落とす事など様々な意味を持たせてたっぷり時間を掛けるのが当たり前の事だった
「取敢えずお急ぎください。 大門まで迎えに行きませんと」
「御着替えをお持ちいたしましたが、ソフィア様の準備には未だ時間が掛かるようです」
「そうだな。ソフィアは・・・ええい、向こうにも非があるのだ、大門での出迎えは儂だけで良い」
ロステムの後ろから現れた家令のアゼルの手には略式ながら辺境伯として十分な豪華さの服装が用意されていた。 本来ならば正式な貴族服で着飾り出迎えねばならない相手だが事此処に至ってはその様な余裕は無い
特に女性の支度には時間が掛かるのだ。 メネドールが言う様に相手側に非が有る事なのだが、そこは家臣という立場上許される話では無い。 尤もそれを撥ね付けるからこその偏屈伯メネドールである、礼を失わない最低限の服装で執務室を飛び出す
「ロッテ!すべて任せるぞ!!必要とあれば誰を使っても構わん」
「お任せください、完璧な準備をしてみせましょう。時間稼ぎをよろしくお願いします」
「それこそ任せておけ。」
同時に屋敷の方は歓迎の為の準備を急ピッチで進めねばならず、そこは辺境伯夫人のソフィアの役割だ。 急な来訪でも完璧に熟してこそであり、それを理由に不手際があったとなれば彼女の名に傷がつく。
愛妻家のメネドールがそれを許す筈も無く急ぎ大門に向かう足を止めずに準備に忙しいソフィアに変わって指揮を執るロッテに全権を任せる。
「ロステム、騎乗を許す!遅れずに付いて来い!!」
「承りました」
普段はカモーラの街中を移動するとなれば近習であるロステムがメネドールを乗せた馬を曳き移動するのが通常であった。 街行く人々の表情を確かめながら時に笑顔で話しかけ不満が無いか聞くのが領主であるメネドールの仕事だ。
彼が慌てて移動すればそれだけで街の者は不安に思うのだから、どんなに急いでいてもそれを欠かした事の無いメネドールだが、流石に王国旗を掲げた集団を街の入口に待たせた状態ではそうもいかない。 帰り道をユックリと王国旗と共に練り歩けば民衆も理解するだろうとロステムと共に馬を走らせる
「お待ち下さい!もう間もなくメネドール様が到着なさいますので」
「ええい、儀礼に構っている暇は無いのだ!!事は一刻を争うと何故判らん!!いいからそこをどけ!!」
「暫く!暫くのご勘弁を!!」
メネドールがロステムを引き連れ街の入口の大門へと到着すると、そこで見えてきたのは衛兵と宰相であるアクセルの言い争う姿であった
騎乗のまま押し通ろうとする彼を、主人の名誉の為に必死に押し留めようとする衛兵。 宰相ともなれば国内での地位は相当の物になる。 ましてやアクセルは国王の幼馴染で自身も貴族であるのだ。そのような相手を平民である衛兵が向こうに回し主人を護ろうとする姿に不覚にもウルッと来るメネドール
「はっはっは、宰相殿何を慌てておる。カモーラの街も儂も逃げ出しはせんぞ」
「これはサウスバーグ卿、突然の訪問で申し訳ない。しかし事態は急を要するのです」
「そう慌てずとも良かろうて、久しぶりの再会じゃしな。その方らもご苦労であったな、後で酒でも届けさせよう」
メネドールの姿を見たアクセルは流石に衛兵に対した時とは姿勢を改めるが、それでも急いでいるのは変わらず挨拶もソコソコに街へと入ろうとする
しかし、屋敷の準備の時間を稼がなければならないメネドールは、その事を判っていながらも素知らぬ顔で躱しながら衛兵の労を労わる
衛兵も自身の行いを褒められたことで歓喜の表情を浮かべながら、しかし役割が移った事を理解して門の封鎖を解く様に後ろへと下がる
「本来ならば領軍を持って歓迎する処なのだが、如何せん帝国が煩いのでな。 まぁ儂の顔だけで勘弁してくれ」
「そんな事はどうでも良いのです。早く、早く門を封鎖して事態に備えて下さい」
「何を慌てておる。王都で謀反でも起きた訳でもあるまいに」
メネドールとアクセルが居るのはカモーラの街の王都側にある大門である。 帝国側の門であればいざ知らず、此処を封鎖すると言うのは王都オーセントで何かあったという事だ。 しかしメネドールがそこに張り巡らした諜報網にそれらしい気配は無かった
だが、笑顔に隠した鋭い眼はアクセルの後ろにいる一行の姿を油断なく捉えていた。 王国旗を掲げた戦闘を護る騎士達は十騎ほどで王族の護衛にしては少なすぎる。 しかも本来は近衛騎士が務める筈のその役目は一般の騎士団のものであった
中央にある馬車には第三王女が乗っていると思われるが、その馬車は儀式用の立派な物では無く速度の出る実務用のそれであり、そのような馬車に王族が乗る事態と言えば限られてくるのも確かだ
しかも、王女に付き従う魔術師兵団の姿もみな年若く見知った高位の宮廷魔術師達の顔は殆ど無い。
抑々王都にいる筈のアクセルがこのようにしてカモーラの街へと来ている事自体が異常であった
「まさかオーセントで何かあったのか?」
「そうです!緊急事態です」
自信の配下である影達の事は信用していても自身で観察した一行の様子を考えれば何事かの事態が起きたのは容易に考えられた。
「アクセル何があった!?陛下は、陛下は無事なのか?」
「その陛下が問題なのです!!」
「陛下が?陛下がどうしたのだと言うのだ」
何事が起きたのかを確かめようとするメネドールにとってアクセルの答えは意外な物であった。 一国の王が問題などとは軽々しく言える物では無い。 しかし宰相である彼がそう言うのだから余程の事が有った筈だ
「メネドール様。此処は押し問答をしている暇は無いのです」
「これはエリザベス様」
「そのままで、時間が惜しいのです此処に至ってはアルベルト様のお力をお借りしなければ・・・」
馬車から姿を現した第三王女エリザベスはその姿に慌てて馬上から降りようとするメネドールを引き止めるとアルベルトの名を出す
「アル?、い、いやアルベルトの力ですか?」
「そうです最早ご子息のお力を借りねば王は止まりますまい」
アルベルトのステータスを知るアクセルが此処まで言うという事は国王は本気で錯乱でもしたのかと不安になるメネドール
「アルベルトは此処には居らん。セイレケ砦の改修を行っておる」
「それは好都合です。我らは急ぎセイレケ砦に向かいます」
「い、いやエリザベス様!?」
「メネドール殿、陛下の説得は任せました。私は姫の護衛を!」
「ちょと待て!事情が分からん説明くらいはしていけ!!」
馬車に乗り込みサッサとセイレケ砦へと向かおうとするエリザベス王女。 そしてその後を追う様に馬首を巡らせるアクセルを引き止めるメネドール。
「エリザベス様可愛さに陛下は近衛騎士団と宮廷魔術師を使って阻止しようとなさられた」
「阻止!?」
「なんとか少数の兵とエリザベス様が選抜した魔術師兵団で突破したものの・・・」
「ちょっと待て!抑々謀反を恐れてアルベルトを引き留めようとしたのは陛下だろうが!」
「そうです。ですからアルベルト様のお力を思い出してもらう為にちょっと懲らしめて欲しかったのです」
元々、エリザベスの事実上の輿入れは王家側から出された話だ。 アルベルトもメネドールもそんな気は無いのだが謀反を恐れた王家側が何とかアルベルトを引き留めようとしメネドールは断った経緯がある
散々王家側が提案した結果、優れた魔法使いである第三王女と魔術師兵団を派遣すると言う名目でカモーラに送ると言う話で落ち着いていたのだし、今更何を言っているのだと言うのがメネドールの正直な気持ちだ
アルベルトを引き取ってからは子を思う父親の気持ちと言うのも判らなくもないメネドールだが、流石に近衛騎士団や宮廷魔術師達を使ってまで阻止しようとは余りにも無体な行動であった
「おそらく陛下はそのまま近衛騎士団を率いて王女を取り戻しに来る筈です。メネドール殿あとは任せました」
「おい!ちょっと待て!!任せるって・・・儂に説得しろと言うのか!?」
「・・・行っちゃいましたね」
メネドールの手を振り払って速度を上げるアクセルを見送る主従。 面倒事だけを押し付けていった宰相一向に青天の霹靂とはこの事だとロステムは思う。 しかし同じく呆気にとられている主人にそれよりも大事な事を主人に伝えねばならなかった
「・・・ロッテ様に何と説明しましょう」
「うっ!ま、まぁ陛下も直に来るわけだし・・・」
「それで済みます?」
「クッ!あのくそ親爺!!」
自らの仕える主に対して暴言を吐く主人の姿を見なかった事にする衛兵達。 どうやら国王よりも屋敷のメイド長の方が厄介な相手らしい事は察するに易かった
「隊長・・・振る舞い酒は無しですかね?、やっぱり」
「あとでロッテ様に言ってみるか・・・」
宰相を止めた忠誠心は何処へやら、メネドールにとって無慈悲な止めに成りそうな事を思う隊長であった・・・




