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93話

「牙だ! 今戻ったぞ!」


 砦の前から三獣士の一人、牙が叫びあげた。

 彼らの目の前には見上げる程高い石の壁が聳え立ち、壁ぞいに建てられた尖塔から見張りの男が妾達を見下ろして来る。


 妾の両腕には鉄製の枷が嵌められている。後ろにいるメイド長とやらにもだ。

 勿論これは三獣士いわく作戦の為であるが、妾はこの三人をまだ信用してはおらぬ。


 だから心の中ではいつでも魔法を唱えられるよう、意識を集中させておるつもりだ。

 奴らを信用しておらぬという意味では、後ろのメイド長も一緒のようやのう。


 ただ彼女の場合は、妾にも随分と警戒しておるようじゃ。全く失礼な話であるぞ。

 妾があの方を裏切ることなどあり得ぬというのに――


 そんな事を考えていたら間もなくして正面の扉が開きおった。頑強そうな扉であるな。

 青みがかった銀色が特徴的な、これはミスリル製であるな。

 耐久力だけではなく、魔法に対する耐性も優れておる金属よのう。


 攻めこまれた時に、扉が壊されないようにと考えての事なのであろう。

 中々小癪な真似をしておるが、本物のマリヤ様がやってこられれば、こんな物は意味を成さないであろう。


 三獣士が枷に付いた鎖を引き、歩き始めたのう。妾とメイド長は黙ってそれに付いていくことにする。


 成る程のう。妾も初めて来たが、これは中々に大きい。ただ、それだけであるな。見た目には長方形の巨大な石を寝かせて、塔を付けただけのようで、美しさの欠片も感じさせぬ。


 砦に見た目の美しさなど必要ないという考えも判らぬではないが、もう少し何とかならなかったものかのう?


 しかし、話によると、マリヤ様がなんと巨神を仲間にし、こちらに向かってると聞く。目的の人間を回収さえすれば、巨神の力であっさりこの程度の砦は陥落するであろう。


 こやつらの慌てふためく顔を想像すると、今からゾクゾクしてきおるわ。


 とは言えのう。やはり三獣士の動向には注意しておく必要があるのう。

 まぁあのイメクラとかいう神官も、この三人には念のためと、マリヤ様が巨神を仲間に引き入れたことを伝えておらぬようだが――





◇◆◇


「こいつがマリヤ・メルセルクか」


 砦の中に入ってすぐ、一階の広間に連れて行かれた。壁には地図が貼られていて、部屋の中央には十人ほどが囲める長机が置かれておる。

 

 本来は作戦を立てるための、会議室として使われておった部屋のようであるな。


 妾の目の前には、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべた男が立っておる。

 見覚えのある顔よのう。頭を完全に剃り上げており、いかにもオツムの悪そうな顔である。


 確か以前、タイトウの側近と妾の城に来たことがある筈よのう。

 何せこのマッドビーストは盗賊団でありながら、裏では領主と繋がっておる。

 そこかしこで傍若無人な行いを出来ておるのも、そういった後ろ盾があるからであろうな。


 名前は忘れたのう。覚える気もないわ。ただ、この盗賊団の頭であることは間違いがないがのう。


「こりゃあ、えれぇべっぴんじゃねぇか。なぁ?」


 頭が妾の顎を右手で摘み上げてくる。この! 汚い手で妾の肌に触れるなど――無礼な奴よのう!


 正直腹が立って仕方なかったがのう。状況が状況だけに、表情には出ぬよう努める。

 だがのう。この様子だと妾の変身だとは気づいておらぬようであるのう。


「……なぁ? なんだったら俺の女にならねぇか? そうすりゃ枷も外してやるし、良い暮らしをさせてやるぜ」


 真っ赤で太い下品な舌で唇を舐め、怖気の走る笑みを浮かべながら、そんな事を言ってきおる。

 愚かなことを――妾を好きにして良いのはマリヤ様と、そして……あの御方だけ――


 はぁ……マリヤ様の頼みとはいえ、このような下衆な男の無礼な態度に付き合わなければいけんのはやはり辛いのう。

 

 何せ妾はあの方と結婚の誓いを立ててから、まだ夜を済ませておらぬ。

 あの逞しく雄々しい立派なアレに、はよう貫かれたい――妾の秘所は今後はあの方の為だけに捧げると誓ったのだ。


 あぁ……あの時の事が脳裏に浮かびおる。アレに貫かれた時に、妾が扱う雷の魔法の何十倍いや何百倍という快感が脳を、肌を、肉を、骨を、足先から頭の先まで一気に駆け巡ったのだ。

 あの時の事は妾の良い思い出よ。あ、思い出したら濡れ――


「おい! 聞いているのか!?」

 

 ……折角良い気持ちになり掛けておったというのに、下品な声で掻き消えてしもうたわ。全く空気のよめぬ奴よのう。

 顔と一緒で配慮というものが掛けておる。これだからハゲは――


「お断りします」


 両目を閉じて、はっきりと告げてやる。作戦上そのような申し出を受けても仕方がないしのう。第一このようなオークよりも醜い男の物になるなど、この国をくれてやると言われても御免こうむる。


「……ふん、顔はいいが小生意気な女だぜ。まぁいい、断るというならこちらも容赦なしだ。まぁ色々聞きたいことはあるから、後からしっかりその身体に尋問してやるよ」


 周りにいる盗賊達からもげへへっ、と下衆で気持ちの悪い笑い声が発せられとる。

 全く何を考えておるのか。

 ……だいたい想像がつくがのう。


「ククッ、こっちも中々の上玉だしな。後から楽しみで仕方ないぜ」


 頭がメイド長に顔を向けて唇を歪ませた。メイド長の嫌悪感を露わにした顔が浮かぶようであるのう。


「では頭。この二人は一旦牢屋にいれておきます」


 そう言って三獣士が妾の鎖を引きおった。部屋を出る直前、俺達にもお零れ頂けますかね? 等という品のない会話が聞こえて来おる。


 ふん! 誰がお前らのような屑の好きにされるものか――





 三獣士は黙ったまま、案内役の男に付いていっておる。

 ……どういうことであろう? やはりこいつら、マリヤ様を裏切るつもりなのであろうか? だとしたら――


「ところで――」


 うん? 牙の奴が口を開きおった。


「メルセルクという伯爵と、その夫人は今どこで捕らえられているんだ?」


「へい。あの女はとっくにタイトウの屋敷に連行されやした」


 ……遅かったであるか――その可能性はあると思うとったがのう……。


「メルセルクって野郎に関しては、東塔の上に放り込んであります。ギャーギャー煩くてかないませんがね」


 ふむ、伯爵に関しては残してあるのか。

 だとしたらそっちだけでも――


「うん。それが聞きたかったんだ。角!」


 うん? おう! と低い声を出して、角が太い腕を案内役の男の腕に掛けおったのう。


「な!? なに、グヴォ!」


 ……ゴキッ! と鈍い音がしたのう。間違いなく折れておるわ。


「キェキェッ! くぉれでもう、あとには引けねぇでぎゃす!」


 爪という男も、やたら大きい瞳をギョロギョロさせながら、決意めいた言葉を言うておるのう。しかし気持ち悪い笑い方であるな。


「ほら、枷外すぜ。こっからは時間との勝負だ!」


 そう言って、牙が妾とメイド長の腕を開放してきおった。


「お主達、本気で協力してくれる気があったのやのう」


「は? 当たり前だろうが! マリヤ様を裏切ったりしねぇよ!」


「アノ方は、女神」


「クキェラ! 思い出すだけでこきゃんがうじゅきゅ~~!」


 ――全く。改めてマリヤ様の凄さを知ったわ。このような荒くれ者をここまで陶酔させてしまうとはのう。


「流石マリヤ様ですわ。私が尊敬し、お慕い申し上げるあの御方は、底が知れませぬ」


 ……頬を紅くさせて、くねくねと身体をくねらせとるが、この女。確か年齢は三十であったか? 我々ダークエルフからしてみれば大した事ではないが、人間であればババァと言われる年齢であろう? そう考えるとこの動きも随分気持ち悪く感じるのう――





◇◆◇


「おらぁ!」

「グヘッ!」


「キヒャッ! ヒヤッ! ヒャァアアア!」

「うぎゃあああ!」


 東塔とやらの最上階に、メルセルクという伯爵は捕らえられておったのう。


 鉄格子の前には見張りが二人おったが、牙と爪が挨拶すると同時に斬りかかって、二人を危なげなく片付けてしもうた。


 この三人、前は妾の魔法であっさりと倒してしまったので気づかなかったがのう。意外と腕は立つようであるな。


「あ、貴方はエロイーヨ! それにメイド長まで! でも、なんでこいつらと? 一体?」


 疑問符が頭に浮かびまくっておるのう。こやつは三獣士に襲われた記憶しかないであろうから、それも仕方ないかも知れぬが。


「助けに来たのです旦那様! この三人も今は味方です!」


「え? み、味方?」


「詳しい話は後だ。ほら! 鍵あいたぞ!」


 伯爵が目を瞬かせているがのう、格子の扉が開いて怪訝な顔を見せながらも出て来おった。


「ほら。あんたはこれ使いな。剣はいけるんだろ?」


 牙が見張りの持っていた小剣を拾い上げて、伯爵に渡しおった。

 そして戸惑いながらもそれを受け取ったのう。


「あ、あぁ剣は得意だしな」


「上等だ。だったら、とっととここを――」


「――おい! 何をしてるんだてめぇら!」


 怒声が通路にこだましおる。振り向いてみると、四、五人の賊共がこちらに向かって走ってきよるのう。


「チッ、人数多いな。おい、魔法でなんとかしてくれよ。頼むぜ」


 ……このような男に命令されるのは好かんがのう。まぁ状況が状況じゃ仕方な――


「私におまかせを!」


 て、え? なんと突然メイド長が駈け出して、跳躍したと思ったら、スカートをめくり上げおった……。


「え? く、黒!」

「ふぉ! エロい下着!」

「あ、あの太腿しゃぶりつきてぇええぇえ!」



 ……走っていた賊が、ピタッと脚を止めて、メイド長の淫靡な黒布に目を奪われおった――かと思えば、空気を切り裂く音と共に人数分のダガーが投げ放たれて、それぞれの額、喉、胸、金……等に的確にあて、絶命させおった。


「ヒュ~~。やるぅ~」


 牙が口笛混じりに言う。隣の角は頬を紅く染めて見とれとるのう。爪も、キャッキャッキャッキャうるさいし。


 ……しかしのう。人間としてはババァと言われる年の癖に、中々の動きと太腿であったのう。

 人間も中々やるものであるな。


「……あ、あの旦那様?」


 ん? て、なんでこやつは鼻血など出しておるのだ?


「いや、すまん、ちょっと、いや、これはなんだろうな……」


 顔を背けて、照れくさそうにしておる。人間というものは、たまにわけがわからぬのう。


「おい! とっとと行くぞ! もう奴らも気づき始めてる! あんたもこっから早く合図を送れ!」


「お主さっきから何か勘違いしておらぬか? 妾は――」


「そんな事を言っている場合じゃないでしょ! 早く逃げないといけないんだから!」


 ……むぅ、確かにそうであるが……かりにも妾はダークエルフの女王であった者であるぞ? このようなぞんざいな……。


「は・や・く」


 メ、メイド長の目が怖いのう……し、仕方ない。任務遂行の為であるしのう。

 妾は牙の指差す窓の近くまでより、詠唱を行う。


「我が手より生み出されし炎弾、宙で爆ぜろ!」


 妾の右手から、頭程ある火炎弾を空に向かって発射する。炎の弾は、妾の狙い通り、ある程度まで進んだところで弾け、空に赤色の花を咲かせる。


 それが、この者を助けだしたという合図であった。

 さぁ、後はここを無事抜け出すだけよの――


「これは……鐘の音?」


 むぅ、確かに伯爵の言うとおり、鐘の音がカン! カン! と砦中に鳴り響いておる。


「気づかれたか。まぁあんな魔法使ったら当然だな」


「え? だったらちゃんと脱出してから合図を送れば良かったのではないですか?」


「…………」


 全員が沈黙しおった――というか、メイド長のいうことは尤もであるな……て、え~い! なんでそんな事に誰も気づかぬのだ! 愚か者!

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