83話
火の玉の案内であたしたちは、トーゲン教の支部ってとこにやってきた。
勿論ユニコーン馬車にのってね。
で、支部ってのは、まぁようは教会で、白煉瓦作りのそれなりに立派な建物ではあるけど、ショタの街でみた程ではなかったかな。
既に日は落ちていて辺りはすっかり暗いけど、建物の正面と上の方に篝火が炊かれていて、そのおかげで形は確認ができる。
教会は高さは三階建てぐらいで、天辺の三角屋根の真下が空洞になってる。そしてそこに金色の鐘が取り付けられているね。
「こちらですマリヤ様」
火の玉はそう言って、教会から少し外れた位置まであたしを先導する。
暗いから足元に気をつけながら後を追う。
マセコは目立たないところでいつでも出れるように待機しておいて貰った。今回は犬もマセコの護衛に付けてる。
なんでも火の玉の話だと、どうしてもあたしにやって貰わないといけない事があるとか。
全く一体なんだろうね。
で、火の玉に付いて行った先には石造りの馬房があった。
木々の間からそっと覗きこむと、木製の扉の前に、槍を持った白金の鎧騎士が二人立っているね。
その横にはやっぱり篝火があって、木の棒を組み合わせたような土台の上で辺りを照らしてるよ。
槍は二人とも先端を空に向けてる。目つきはかなり真剣ぽい。
「で、こっからどうする気なんだい?」
とりあえず状況を確認し終えて、あたしが聞く。
「はい……勿論マリヤ様にあの馬房の中にあるユリコーン馬車を取ってきてもらいたいのです」
声を潜めながら、さも当然みたいに言ってくるけどね。
「いや、普通に見張りいんだろ? どうするんだよ」
「それはお任せください。私の魔法の力で怯ませます……」
魔法って言葉で、以前にコイツが使ってきた火の玉が脳裏に浮かぶ。
「あの炎の魔法ってのかい?」
「まさか! そんな魔法を使って火が燃え移ったりしては大変ですし、何より目立ちます」
両目を剥いて説明してきた。
まぁ確かにそう考えてみたらそうだね。
「ですからここは発光の魔法を使ってあの二人の目を眩ませます。そして怯んでるところをマリヤ様お願いします!」
……結局あたしまかせじゃないかい。
「それと、出来れば気絶程度て済まして頂けると……いや私も覚悟は決めておりますが、それでも同士だった者たちですし、それに命まで奪ってしまうと、よりマリヤ様の立場も危うくなる可能性があります」
火の玉がわりと必死にそんな事を言ってくるね。まぁあたしも別にサイコパスってわけじゃないから、必要がないなら殺そうなんて思わないしね。
「ところでなんであたしなんだい? い、アレックスじゃ駄目なのかい?」
そういえばここに来る前、ついつい犬呼ばわりしちまったな……まぁいっか、とりあえず理由を聞いてみる。
「はい。実はユリコーンというのはユニコーンとは逆に牝馬しか生まれない種なのですが……にも関わらず男には心は開かず、美しい妙齢の女性の言うことしか聞かないのであります」
「…………それは百合だからなのかい?」
なんとなく思いついたままを聞いてみたけど、火の玉は、は? て疑問符混じりの返事を返してきたね。
まぁ百合とか言われてもわかんねぇのか。
「いや、別にいいんだけど、それは処女とかじゃないと駄目って事はないのかい?」
「それは大丈夫でございます。ユニコーンと違ってユリコーンは処女に拘りません。ただ外見にはこだわるようです。しかしそれは人の価値観に近いようなので、マリヤ様であればもう間違いがありません!」
ちょっと興奮気味に言ってきたね。たく、見張りいるんだから気をつけろよっと。
「因みにユリコーンの性能に関してはユニコーンとほぼ同程度です。若――れな……もあり――すが」
うん? 最後の方がボソボソっとして聞こえづらかったけど……。
「とにかく早速始めましょう。私が先ずやりますので」
あたしが、え、おい! と口にすると、既に詠唱っての始めてやがるね。
心の準備ってのもあるだろって、全くしゃあないな。
「――陽の光――無限の広がり――我が杖より輝け!」
火の玉はそう声を上げると、騎士二人の前に姿を晒し、杖を前に突き出した。
突然の乱入者に二人とも目を見開いて、慌てたように槍を構えようとするけど、その瞬間には強烈な光が奴等の視界を奪った。
見た感じ強烈なカメラのフラッシュって感じだね。後ろにはそれほど影響ないみたいだから、あたしは問題なく行動ができるよ。
さて、一瞬変身しようか迷ったけど、その必要も無さそうだね。
一気に飛び出してまず右の騎士の顎に向けて拳を突き上げた。オークの力は効果的で、加減したにも関わらず、その一撃だけでそいつは脚をふらつかせて、壁により掛かるようにして倒れちまった。
で、訳もわからず両目を抑えて呻いている残った一人は、背中側にまわり首に両腕を回して締め付ける。
テレビで見たことのあるやり方で見よう見まねだけど、相手はあっさりと落ちてくれたよ。
あたしはその気を失った騎士を、そっと地面に寝かせて火の玉を振り返る。
流石と言わんばかりの笑みを浮かべてるね。
で、あたしはそのまま急いで馬房の戸に手を掛けるけど、まぁやっぱ鍵は掛かってるよね。
「壊しちゃってください! 構いませんので!」
随分と簡単に言ってくれるものだよ。
まぁちょっと力を込めたらあっさり壊れて開いたけどね。
それじゃあっと馬車にご対面……て、ほわぁ、何だいこれがユリコーンかい。
馬房の中は夜だけに薄暗いんだけどね。
この馬の瞳はまるで宝石のような輝きをもったブルー。
その眼であたしをじっと見つめてきてるね。品定めされてるような気さえしたけど、とりあえずあたしは近づいてみる。
横に回ると、よく分かるんだけど、見た目には馬体の色もユニコーンのように綺麗な純白で、ただ角が無い。
代わりにあるのは、頭から尾っぽまで流れるように伸びたブロンドヘアー。
それが見た目には人のソレとあまり変わらない感じでね。
思わず近づいて手を伸ばす。前のユニコーンの事もあったからそっと。
でもユリコーンはあたしの方に顔を向けて、ブルルッっと優しく鳴いてくれた。
顔もどことなく穏やかで、触ってもいいよと言われてるみたいだった。
で、触れてみるんだけどすっげぇサラサラ! 上質な髪心地どころじゃないね。
あたしも自信あるけど、このユリコーンには負けるかも……髪だけじゃなくて肌の触り心地も柔らかくて最高だし――あ、やべ、モフモフしたいかも……。
「マリヤ様! 急いでください!」
て、つい見惚れてたら火の玉が現実に戻してくれたよ。
んだよもう! もっと楽しませろよ~~!
て、言ってる場合じゃないよねやっぱ。
あたしはユリコーンに繋がってる御者台に飛び乗って手綱を取る。
で、行ってくれるかい? と聞いたら、あたしに顔を向けてコクンと頷いてくれた。
か、可愛いな~こいつうぅうう!
「よっしゃ! じゃあ行くよユリコーン!」
あたしがそういって手綱を引くと、ユリコーンがヒヒーン! と嘶いた――んだけどね。
その声がまた綺麗で、普通の馬とは明らかに違う。
高級な弦楽器で奏でたような、そんな美声。いやぁマジで耳に残るわ~。
で、ユリコーン出発!
「マ、マリヤ様私も!」
「飛び乗りな!」
慌てて車体に近づく火の玉に、あたしが声を大にして返すと、えええぇえ! て驚きつつも、火の玉が車体の横に飛びついた。
横の扉には足場が付いてるからそこに脚を置いて、扉の取っ手にしがみつくようにしてる。
「マリヤ様!」
犬があたしの操るユリコーンに気づいたみたいだね。
「無事に奪ったよ! さぁカグラも早く出て!」
あたしがそう叫んだら、犬も馬車に乗り込んで、カグラがユニコーンを走らせたね。
その後ろをあたしのユリコーン馬車がついていく形だ。
「マ、マリヤ様。とにかく暫くはユニコーンの後ろを付いていくようにお願いします!」
うん? どうやら火の玉は上手いこと車内に乗り移れたみたいだね。
「これを奪った後のルートは、私の方から教えてありますので」
あぁ成る程ね。そういえば確かに何かマセコに伝えてたっけ。
て、思ってたら教会の鐘の音が聞こえてくる。これって――
「どうやら向こうも気づいたようですな。しかし大丈夫です。もうあの支部には通常の馬や馬車しか残っておりません。ユニコーンとユリコーンに追いつくのは不可能ですぞ!」
そう言って得意気に笑ってみせるね。
うん、まぁ確かにマセコの方も鐘の音に気づいたのか、更にスピードを上げたよ。
よっし! じゃあこっちも、頼んだよユリコーン!




