横道(岡村さんちの拓哉さん)
岡村家は代々続く医者の家系だが当時中学生の飲酒はそんなに珍しくはないとはいえ先代である父和哉がヒャハーと隣人にして友人田中久の祖父田中浩也の牝牛ヒロコの後ろでケツ振っててボコられたこと、彼の相次ぐ成績不振に見舞われてとりあえず岡村医院は後継ぎなく岡村歯科になることになった。さすがの和哉も高校以降は反省した。
牛の一件はいまだに記憶にないとのことだが。
そんな和哉の息子拓哉だが、いまだ岡村家には久の達筆にて色々ごちゃごちゃ書いた漢詩が残っている。書き下しまではしないが「酒飲むな勉強しろ勉強」と徳香は読んでいる。
どうも岡村さん家は酒乱の家系らしい。
そりゃ御維新の頃までならまだ敵将の首を酔った拍子に御典医様が取ってきた云々と武勇にもなろうが、今なら普通に黄色い救急車案件である。
その家に生まれた拓哉は新たな家訓に従い一滴も飲まなかったのだが成績不振は父に似た。
似なくていいものを二代にも渡って受け継いでしまったので岡村さんちの直哉じいちゃんは嘆いて、親戚のめちゃくちゃ優秀な女医を後継ぎにせざるを得なかった。他に適任者いなかったし。
当時は男尊女卑残っていたので岡村さんちの直哉さんと楓婆ちゃんはいまだギスギスしている。デートはするが楓ばあちゃん、時々わざと直哉じいちゃんの足踏んでるし。
「まぁほらその、ゲームの方が面白いわな。俺めちゃくちゃ割れゲーした」
「わかるー。親父」
和哉は息子に理解がありすぎた。
小学生の身分で割れゲーにて18禁を極めた男は違うのだ。
「お父さんそれどころじゃないでしょ。おじいちゃんは後継ぎがほしいほしいってうるさいのよ」
和哉の妻にして拓哉の母紅葉はうんざりした顔をしてみせるが彼女も拓哉に甘かった。
彼女と彼の教育方針は「医者にならなくていいから健康かつ正しく育ってほしい」。
割れゲーで家畜と泣きエロゲをやり込みまくった和哉にしては殊勝な教育方針である。
少なくとも『今の岡村家には医者一族の自覚がない』と言われても仕方ないとは直哉の嘆きだが直哉とて孫には嫌われたくない。妻との関係は自業自得だが。
そんなわけで医者の家にあらざることだが教育に全然厳しくない家庭環境で育った拓哉はめちゃくちゃ浪人した。
なんと高校浪人ニ回。仮面浪人していたので三年生から一年生に逆戻り。
そのあと大学を四浪した。しかも二回留年を経験。
これでは彼女作りどころではないし学内のあだ名も「おっさん」確定である。
そのくせ大学院も歯科医師国家試験も一発合格。わけがわからないがそれが拓哉である。
2011年の東日本大震災では流されて行く人々や車や家の画像を見た一家の男たちは。
「みたか」「ああ」
祖父直哉と父和哉はつぶやく。
「拓哉! 車出せ! 母さんたち詰めるだけ詰めてくれ!」「おう!」
拓哉が返事するより一緒にテレビ見ていた女たちの動きは早かった。
死者同定には歯科医としての技術が必要だ。
拓哉、資格はないが家業としての知識はそこいらの歯科技工士やあまりいえないが歯科医とは比べるべくもない。本当は違法!
そして直哉とて当時も今も酒癖は悪いジジイだが腕は確かな外科医である。
「酒は気合いで吹っ飛ばせ!」「おおっ!」
一応飲んでいないのは和哉だけだが、三人は後から騒ぎを知った『岡本医院』と『岡本歯科』のスタッフ到達まで不眠不休のボランティア活動を3日もぶっ通した。
代々の医者というやつは体育会系顔負けの体力お化けであることが稀にある。
余談ながら直哉の酒癖についてだが、酔って相思相愛の婚約者とはいえ看護婦である祖母にちょっかいだして薩摩『時元』流の露になるか結婚か選ばされただけあって彼も酒癖はよろしくないうえ今なお酒豪であり自重しない。
震災ボランティアに行ったはずなのに乏しい資材からどうやったのか酒を作り、消毒剤として現地調達を成した事実はかの医院の伝説となっている。
引退した今では妻である祖母と全国の温泉地兼酒所を招かれるままめぐりつつ趣味なのか本気なのかよくわからない杜氏として確かな腕を発揮している。
徳香がテレビを見て固まっていた間に拓哉はすでに親戚のいる仙台に車を走らせていたのだ。
2016年の熊本地震でも令和8年熊本地震でも岡本家は率先して己と家族とスタッフの力の限りを尽くして人々のため立ち向かった。
拓哉は自分のための試験なら緊張で腹を壊してしまうが、他人のためそして現場に立つと手が先に動くタイプだったのである!
もちろん徳香は家で寝ていた。




