出逢
徳香はお小遣いが欲しい。
彼氏とまでは言わないがイケメンに飯を奢ってもらいたい。
というわけで出会い系に登録した。
登録してはや10年。
今では無料の日記機能をダラダラ使う日々である。
若い頃色々あった澄香はさっさと幼馴染とよりを戻して結婚し家庭を築いているのだが徳香はそうならなかった。
それでも登録したての頃はひっきりなしに一日中何らかのメッセージが来ることで満足できた。
今では会うだけでお小遣いをせびっても嫌そうな顔をされる。
「あんたがママになる歳じゃん」
同年代にはっきりと言われることもある。
「おばさん、お小遣いは?」
歳下が痺れを切らしていうこともある。
もちろん奢ってくれないのみならず汚らしい爺さんに疲れてもいないのに『疲れる休憩』にぐいぐい行こう行こうと誘われて閉口することも増えた。
「真面目に婚活をすべきだった」
32くらいの時はそこそこ婚活パーティーに行って居た。
再婚で子持ちでもまぁまぁ悪くない人もいた。しかし仕事仕事の家事育児ぶん投げ勢と怠惰な徳香の相性がいいわけがない。
目立たないだけではっきりと醜いわけではないのだから『パッとしない』『稼ぎがない』相手でもせめて真面目に家庭にお金を入れる相手ならいたかもしれない。
どのみち共働き確定だし子育て大変になってしまう。徳香には無理。
無理でも世間一般のパパママさんはやっている。世の親御さんはそれだけで尊敬に値する。
収入もなく家庭的でもなくマメさもなく恋愛にも奥手な彼女は33をピークとして36歳で諦めた。面倒くさがりともいう。
澄香みたいに一途に慕ってくれる幼馴染もいない。
いたとしてもとっくに地元で結婚するか都会で別の子に出会っている。
とはいえ、母や姉たちのように宴会のたびに裏方やらされるのは勘弁願いたい。
「野郎どもには混じりたくないがせめて片付けは男どももやれ。というか女同士で呑む方が気楽だし」
「うんそうよね。気楽だよね!」
姉と電話していたら何故か身の危険を感じて電話を切った。おかしい。怖気がする。
作者は徳香に厳しいが、客観的にいえば徳香の容姿は作者がいうほど酷くはないと認めねばならない。
徳香のもともとの体格と『体質』もあるが40前でウエスト67ならまだ頑張っているというかスタイルに気をつけることができる生活ができている。
身長157.5。体重56。
平均より気持ちある程度。
62キログラムを超えて居たがさすがの徳香も前話で少し懲りた。『あのダイエット』はなるべく試さない方がいい。
前話では糖尿病の薬を痩せ薬がわりにしてハゲるより危なかった。主に周辺住民が。
今の徳香の容姿は未婚女性としては本人によってはちょいと気になる程度だ。
徳香自身はもちろん気にして居ない。
澄香みたいに結婚しても気にするし娘である香や掃除機にすら呆れられつつ彼女らの前でどったんばったんと努力(※ここでハテナをつけては澄香に申し訳ない)をしている人間もいる。
しかしそうそう減らないのがウエストというやつだ。中年に差し掛かる読者諸氏はもちろん若い方々も同意できると思われる。
1に節制2に節制。
それなら人生は楽しんだ方がいい。
どうせ短い人生だ。
あと、仕事や子育てをする上では痩せていては乗り越えていけないので食べねばならぬ。
現実は厳しい。
腹回りについてはいくらでも語れるだろう。
男女ともに腹筋して引き締めた方がマシかも知れない。もちろん「筋肉ついちゃう」という程度の舐めた努力ともいえない運動では、それどころか並大抵では割れない。
しかし徳香とて20代の頃はそれなりに恋のようなこともしていた。
近所の居酒屋とかコンビニの店員でいいなと思うお気に入りがいたりいなかったり。
それは恋と言えるか。
ただポテチと缶チューハイ買いにいくときタダで見れる若い男である。
推し活にも参加したがハマらなかった。
基本的に徳香は怠惰なので何かに熱中したりはしない。
アニメはたまに見るがグッズは買わない。
わざわざテレビで見ることもない。
ホストクラブにも行くには行くが他人の成績のために金を貢ぐのは徳香的にあり得ない。
男性と流されるように誘われるままに一夜をともにするようなことがなかったというより『体質』のせいで回避できてしまっているのでかえって男性側にも徳香自身にも印象に残る異性関係が発生しなかった。
といえばいいのだが母は結婚できている。
ちなみに無理矢理されることもない。
あったとしたら周囲は破壊されている。
破壊しても直せる徳香だから父としてはさっさと家を継いでほしい。
こんなんでも地元では男の子と交流がなかったわけではない。
楽しい時間は速攻で終わってあっちの話になると萎えたが。
つまり地元でも彼氏らしい彼氏はいなかった。いじめられてはいないがとにかく周りの印象が薄い子というのが徳香の若い頃の位置である。
トイレで飯食おうがエクストリームに空飛んで飯食おうが誰も気にしない。
姉は空飛ぶ徳香の背中で当時の彼氏に「あーん」してたが。
人形超巨大空飛ぶ絨毯によるエクストリームなデートに彼氏もドン引きである。
一般的に幼馴染はお互いを知り過ぎて結ばれないと言われるが、姉は順当にそのまま義兄を逃さず結婚した。
何人かいる幼馴染の一人ではあるので漏れた連中もいる。姉は美人だ普通にモテる。
「うん? 出会い系? 使わないなー。いや興味ないってわけではないけど。
いや、わたしもモテるのは嫌いじゃないのよ。でもまぁ息子は生意気でもあんなもんだし旦那はパッとしないけど嫌いじゃないし真面目に帰ってくるし、いちいち知らない男と今更あっても「休まないか」「休まないか」ってわたしゃあんたの性欲の世話する婆さんかって感じで」
姉に話を振ると意外と姉も異性に興味がないわけがないと知ることができるが、姉は子供の頃からナンパされたり危険な目に遭う方だった。
姉ほどになると自分でハンドルを握る。
日々の通勤で公共交通機関を使う徳香でも今なお時々不快な目に遭うのだから姉はよっぽどのことがなければ自家用車だ。
義兄へのハンドル捌きも巧みである。お幸せに。
とはいえ、ブサイクともいえないし好みの分かれるミケボ(※100キロ超えの三桁ボディ)でもない徳香だから一日に数件は出会い系にてメッセージがくる。
「大阪駅のバス停前。目立つからわかるはずです」
大阪駅のバス停は突如現れた大巨人によりバスが近寄れない事態が起きた。
「難波のロケット広場」
徳香の歳だと地元民ならばこの辺にロケットがあった記憶があるか微妙だし、短大出て大阪に来た徳香の記憶にはない。
どのみちロケットよりでかい謎の構造物に男性は驚愕するであろう。
「背の高い女性が好みです」
「はー? そうかそうか」
プロフィールを見ながら彼女は毒づく。
こう言ってはなんだが意外と徳香はある意味でサービス精神豊富なのである。
とりあえず大好きな叔母が巨大になって空も飛べた昔の甥っ子は大興奮だったし、夜泣きしても徳香と飛んでいたらすぐに寝た。
興奮しすぎて疲れていたからだ。
今ではそんな甥っ子も興奮する脳内物質切れで高校生にしてすっかりダウナー系になってしまった。
「一緒に飛んだら噂になっちゃうし」
どっかの昔のときめ○メモリアルのヒロインか甥っ子よ。
徳香は意外とゲームはした方だ。
Switchの争奪戦には勝ったが甥っ子と姉に奪われて今でも恨んでいる。
ちなみに猫は澄香の娘でおとなしい方の光ちゃんが「えっ。猫ちゃんいないのですか」ともはや猫が主人で徳香がおまけのような反応をしたので同じくショックを受けた徳香は素直に里親を見つけたばかりの姉に言って仕方なく猫を引き取ることにした。
「キジちゃんの名前決まった?」
「シナトラ」
澄香の娘である香ちゃんはカフェの手伝いもする。
後半に「トラ」はつけるとなんとなく決めた。
「フランク・シナトラだね」
休憩にやってきた新医師はコーヒー片手に『You Make Me Feel So Young』を流暢な発音で口ずさむ。子育て中にしてなお相変わらずのイケメンっぷりで眼福だ。
フランク・シナトラはよく知らない徳香だったが、おとなしい方の双子の一人である光ちゃんが無言でSpotifyを見せてくれた。
渋い声色のオリジナルより新医師の甘いテノールがぞくぞくする歌声で徳香の好みだった。
問題は新医師の視線と歌の対象が常連に愛想を振り撒く妻澄香に向いていることであるが。
実は新医師、妻澄香に対しては独占欲が強い。
ひょっとしたら新家は猫より先にもう一人お迎えするかもしれない。
「なんか、常連のじいちゃんばあちゃんがいうように新先生の私物のボロいコーヒーメーカーの珈琲の方が美味しいというより寿命伸びるってか疲れ取れるというか変な感じがすると思う」
『ボロいって何よ! 花の女子高生に!』
「女子高生は今時そう言わないかも」
ボソっと香ちゃんが妙なことを呟いたので徳香は怪訝な顔で香ちゃんを見てしまった。
「一応、最新式のマシンは入れているのよ。私自分でも淹れるけど楽だし、特に指定なかったら新……もとい旦那の私物は使わないし私ばかりが使うと『この子』拗ねちゃうから」
澄香は接客から戻るとコーヒーメーカーを眺めてつぶやく。
『心を込めてますからね』
『調子に乗り過ぎだ』
蒸気を不規則に吐くコーヒーメーカー。そろそろ壊れるんじゃないかと思うそれの近くを澄香の私物であるロボット掃除機が……猫を乗っけて走っている。
「シナトラ何してるの」
小さな子猫乗っけて進むロボット掃除機に子供たちは大喜び。
「若い頃、私も引き取ってたことあるしなぁ」
澄香は懐かしそうにつぶやく。
そういえば詳しかったな。
なんか『誰かの受け売り』みたいに話すけどそれは澄香にはよくあることだし。
「二週間も飼わされた。子猫だけどこーんな大きな猫でね。メイクイーンだっけ。毛が長くておとなしくてかわいかった」
『それはじゃがいもだ澄香』
「メインクーンでしょ掃除機さん。私知ってる。キジちゃんのこと知りたくて図鑑で見たもん」
光ちゃんがなぜか母親でなく掃除機に語りかける。
この「無機物に話しかける」クセのせいで光ちゃんは人付き合いが苦手である。結果的に徳香とは仲良しになった。
「うちも飼おうよー!」
香ちゃんは生き物を飼うのはあまり好きではないのにそう言ったのは姉である光ちゃんへの忖度である。
なんでも鶏小屋の世話をしていたら不届きな輩に世話していた鶏が酷い目にあってそれ以降生き物と関わらないようになってしまったらしい。
「うーん。お世話できるかなぁ」
「お母さん、徳香さんがお世話してる」
「それもそっかぁ」
ナチュラルに失礼かます澄香であるが、徳香と付き合い長いが故である。
「澄香さんひどっ。新さんケーキちょうだい」
知人というには距離が近いが、友人というには敬語で話し合う関係は子供二人が生まれたり引越しがお互い何度かあっても続いている。
素直に接客も手伝う新医師は中年になってもイケメンで近所の奥様方にも『眼福』と評判である。
なぜか奥様方が騒ぐと彼の私物のコーヒーメーカーが壊れたように湯気を吐くのは気になるが。
長居しすぎた。男が知らないうちに帰ったから自腹である。
「キジちゃん帰らないで」
どうやらおとなしい方の双子である光ちゃんは自分のつけた名前に固執するつもりらしい。他人には押し切られるがここはお姉ちゃん育ちで意外と頑固なのである。
徳香は動物にナメられるがどうやら子供にもナメられるらしい。
「私は帰るんだけど」
徳香とて遊んでばかりではない。
さすがに待ち合わせにここを使ったので澄香に注意されるわ香に「彼氏?」と言われるわ光に「似合わない」とはっきり言われるわ散々だったが家賃のため給料をとりに行かねばならない。
新一家にそう伝えたところ。
「そろそろ契約更新しないとダメだねー」
「バレてっからなコラ徳香さん。他の部屋の人からクレーム出てっぞ」
後ろの席でパソコン作業していた二人組が面を上げた。
家主の和代と潤子であった。
今回の決め技:コブラツイスト
和代の必殺技。さすがの和代も落ち着いてきたので親しい人(※潤子)などにしかやらない。
なお、和代が放つ本気のお仕置きは卍固め変形版オクトパスホールドであるがこれは本当にめちゃくちゃ痛いと潤子の談。
代償:和代の美しい太ももが丸見え。
「なんばガレリア。懐かしのロケット広場に女巨人の像? 翌日撤去」
「時々起こる大阪駅前のバス遅延について。大阪メトロより」
※旧姓、紺野澄香については拙作「かふぇ&るんばっ♪」をご覧ください。




