吾輩
吾輩は猫であると古の同族は述べたらしい。
朕の名はシナトラと言われている。
それより前はキジちゃんと呼ばれているし今でもその子供は朕をそのように呼ぶ。
どこで産まれたのか見当もつかないが、母の乳の香りから引き剥がされて泣く力もなく目を開けることも叶わずという状態だった。
「教授! ねこねこ! ねこちゃんです!」
「……生物学者だからって猫の世話は得意とは限らないけどこれはまずいわね。暖かくする準備早く」
かくて初期救命が巧みだった故に朕は生き延びた。
祝星の強さであろう。
「と、いうわけでノリリちゃんにお願い!」
「お願いじゃないわよ!? わたし仕事あるのに!?」
のちにママにゃになる人の声である。
目が開くと彼女がいた。
見た目は朕と似ても似つかない間抜けで鈍臭い存在だが、朕が大好きな存在である。朕が好きになる側でなくママにゃが朕を好きなのである。間違いない。
「あっ! シナトラ……入ってきちゃだめ。もう。一緒に寝るわけじゃないのに」
彼女の心音と匂いは好きだ。
彼女が時々持ち出す棒状のものはうっかり触ると激しく揺れ出したため退治した。
「あー? 変なので遊ばない!?」
カリカリするものを最近もらえる。
不味くはない。嫌いでもない。
ほのかに魚や肉の味がする。
「おいしーか。シナトラ」
移動する物見台は我の臣下でありまた遊具である。こやつが鈍臭すぎるので何か散らかっていると本当に動かない。故にママにゃを急かす。
「わかった〜〜掃除するから拗ねない」
ぺちぺちするぞ。
ママにゃの頭や背中が好きだが抱っこは嫌い。誰にされても嫌だからママにゃの膝に逃げる。
「おー。ういやつ」
どうして抱き上げるのママにゃ!? やめて!(遠い目)
「キジちゃんかわいい」
あっ。ダメダメ。それはダメ。子供を泣かせる趣味はない。朕も子供だが母猫の匂いの取れていない存在には手を上げるわけはならない。必死で抱かれるのに耐えている。
「光ちゃん、多分だけどシナトラちゃん嫌がってる」
「……キジちゃんだいすき」
すりすりすりすり。
引っ掻きたいが無理である。
光ちゃんがいなければママにゃと一緒に暮らせなかったとはこの家に住む『掃除機』や『コーヒーメーカー』から聞いた。
この二人は他の猫や愚鈍なる大猫や物言わぬ動く鉄などと比べて格段に博識である。我に臣下たるそーじきがいるのもこの二体の尽力ときく。
ママにゃは鈍臭いが大きい。
そして時々とんでもなく大きくなる。
朕はそれが好きだ。
高すぎるところは本来好まない。
でも一緒ならどこまでも飛んでいける。
「で、キジちゃんじゃなくてシナトラちゃんなんで機嫌悪いって?」
「最近私の生活態度を改善しようとしている気がするこいつ。澄香さんどうおもう?」
「さあ。私実際に猫飼ったのはあまりないからなぁ。でもシナトラちゃんが超賢いのはわかるよ」
「猫って喋るって言うけどこいつ時々喋る」
「ああ。掃除機だってコーヒーメーカーだって娘のアイロンや布団クリーナーだって喋るし猫が喋ってもおかしくないわね。なんて?」
「飼い主との絆が深いとそう聞こえるって言うけどね」
その『イシャ』はコーヒーメーカーなるモノと喋っているのだが他の人間には聞こえないか頑なに聞こえても否定する。しないのはこの一家のイシャとその妻と光ちゃんだけだ。
「シナトラちゃん、ご機嫌いかが」
この年齢不詳の女は多分どんな存在より強いので逆らわないことにする。
「ママにゃって言われた」
「いいじゃない」
最近、ザンギョーが減ってここで過ごすことが増えた。シゴトと言ってしばらく動かないがいないよりはまし。
ママにゃ大好き。
わたしも彼女が好きであると最後には素直に認めよう。




