天空
「突然だが天空の楽園に行くぞ」
徳香が呟くと会社の同僚、旧姓藤原、現在中原怜夢はジト目で彼女を見た。
「あー。更年期障害の婆さんお局がついにボケましたか田中先輩」
シナトラを頭に乗せたまま徳香は告げた。
「お空の旅に招待してもいいのよ。帰ってこない」
旧姓藤原は悪意はないのだがとにかくシャイであり、ひたすら辛辣な悪口を連射しないと会話できないあがり症。
そんな彼女も猛アピールと必死の誠意を見せて今の夫を捕まえた。
文字通り捕らえたと言っている。
あのチビでハゲでしかも小太りしている温厚だけが取り柄な元課長のどこがいいのかは永遠の謎だが学生の頃から片想いだったらしい。
「ああ猫くさい猫ババアが何か言ってる。わたしも歳ですかね」
「悪気がなくてもシナトラの悪口は許さないわよ」
徳香の目を見てマジと気づいた旧姓藤原嬢、内心狼狽している。
この職場はペットや赤ちゃん連れて出勤していいことになっているし藤原嬢も子供連れで出勤することがある。
そして他人に抱き上げられると虚無るシナトラにかまって欲しくて、旧姓藤原嬢は猫グッズを昨日もAmazonで注文していた。
徳香が本気で怒ったら困る。シナトラと遊ばせてもらえない。
ここまで暴言を連射しておきながら本当に旧姓藤原嬢には悪気がない。
故に厄介なのは旧姓藤原嬢自身が痛感しているがなおせない悪癖。
「まぁ年齢の話ならあさくら先輩含め私たちも結構な歳になっちゃったからなぁ」
徳香が全くもって別の話を振ったのは年配故の気遣いだ。
徳香のくせに気遣いしている!
「わたしまだ25です。ぴちぴちです」
ふわふわの美少女然とした後輩は胸を張る。返答としては徳香の気遣いを台無しにするものだが徳香の内心は。
「(お、おお、これがご褒美か)」
であった。
愛らしい童顔小柄に加えて、何とはあえて述べないがふわっふわのまんまるふたつが着崩したわけでもないのに制服の上からでも主張している。全社一のスタイル自慢は伊達ではない。同性が見てもその愛らしさは眼福である。
しかし美貌に反してこの後輩は。
「言動が親父くさいのよ!」
「ひどい。トシキさんの頭が薄いのは単に時代が追いついていないだけなのに」
こんな感じで照れ隠しに罵詈雑言、しかも罵詈雑言を言う相手がなくば夫のハゲチビ肥満ネタ連発である。
徳香にとっても上司はいい人なのでやめてほしい。
「誰も課長、もとい部長の悪口は言ってないでしょ」
リモートワークで部長やっているせいでみんな時々課長と呼んでしまう中原トシキは中間管理職の鑑のような上にも下にも気配りできる男であり、徳香にしては珍しく尊敬している。
さて、新キャラ出てくるたびにこんなノリで話されたら文字数かかって仕方ない。
とにもかくにも二人は退社すると開発続く梅田のグラングリーンにある『R』に。
ここはめちゃくちゃ設備が整ったスーパー銭湯で24時間営業。『機関』の職員なら福利厚生で会員パスももらえる。泊まれるしサウナに高級なシャワー、食事処に温水プール、グラングリーンの緑の広場を見下ろしながらプールで自撮りもできる。
夏は水温+気温でプール熱中症になる危険があったため、インスタバエがいなくなった秋が具合いい。
水着は500円で借りられるのであるが昼間なら水着レンタルただの日もある。
今日は屋外プールが開放日で追加料金なしだったので遊びに行こうと徳香は後輩を誘ったのである。
お局筆頭あさくら先輩は今回辞退した。
自分の子供たちに加えて、警備会社を退職した弟夫婦の子供である姪っ子甥っ子の世話が忙しいとのこと。あさくら先輩の弟の妻の連れ子になるが甥っ子があさくら家の家事をめちゃくちゃ手伝ってくれるらしい。
さて。入館してWi-Fi設定を終え、ネットラジオを無料ダウンロードしたまま館内着に着替えつつ旧姓藤原嬢は白い下着姿でつぶやく。
「……田中先輩のいやらしい目を感じる。わたし視姦されているのね」
「してないけど、何とは言わないけどふわっふわでまんまるだから確かに目を引くだろうね」
正直言って旧姓藤原嬢は徳香の姉みたいな変態でなくても目を惹く容姿なので季節はずれでないと彼女とはこういう肌を見せるところには遊びにいけない。
海水浴場が閉まってからを狙って須磨海浜公園に会社の女連中で行った時はサーファーに見られまくっていた。
がまんがまん。
徳香は思う。この暴言をふんわり流せるあさくら先輩を見習え。
なんせ子供が熱を出したというあさくら先輩の仕事を代わってあげたいと旧姓藤原嬢が提案した発言は文面を見るだけではここにも書けない大暴言であった。
この後輩は暴言を言わねば照れて話せないだけなのだ。単に性格悪いと言えるが。
「まぁでも、シナトラのことはありがとう」
「どういたしまして。トシキさん猫は大丈夫だったのかしら」
前述の通り、徳香の職場では犬猫も人間の赤ちゃんをともなっての出勤もOKである。保育士なども勤めているし。
主に旧姓藤原嬢だが。
なぜ彼女が保育士として就職できなかったのかは面接官に暴言を吐きまくるからである。
保育士資格は社内教育で取ることが叶ったが結局寿退社して彼女の希望である保育士としての生活にならず社内の子供たちの面倒を見続けている。
あと、歳下でかつ部下には絶対に手を出そうとしなかったし異性と一緒に飲みにいくことすら避けるモラリストである夫をあらゆる手段を駆使して襲いに襲ったので旧姓藤原嬢自身も子宝にも恵まれた。
彼女自身の子供の世話はもっぱらここには出てこない彼女の夫である中原トシキが男性育休を3年とって尚且つリモートワークで部長業務をすることで対応している。
彼女の暴言はさすがに子供たちにまでは向かないが教育的影響を考えれば念のためである。
施設などに遊びにいくとき、シナトラは連れてこれないから預けねばならない。
もちろん旧姓藤原嬢の子供共々、後輩の夫である部長がしっかり……。
徳香のバックの中から見知った猫。
「にゃ」
「えっ? 先輩職場に猫連れてくるのみならずこんなとこまで!」
いやいや、確かに預けたんだぞ!
荷物に紛れ込んでいたんだ!
「どうしよう」
女風呂のロッカーはたまたま人がいなかったからいいが。
「先輩、先日も『ナイトプールだー』と屋外プールでバタフライやって店員さんに叱られていたとかアホなこと抜かしてましたよね」
屋外プールは映えスポットなので屋外テントサウナやバーを楽しめるが下は通行人がいるので当然激しく泳げるわけではない。撮影はできる。
「わたしはインスタバエやりたくてあなたを誘っていないんだけど」
困ったな。
「猫は連れてくるわ、屋外プールから下の人に水は出すわ、ほんと迷惑なおばさんです」
そこまで言ってから「仕方ないママにゃですよねー」とシナトラをあやす旧姓藤原くんは言い直した。
何か悪巧みしている顔である。
「まぁ、今日は『特別に』のんびりしましょう」
早速プールに行くと徳香が500円の借り物水着(※前回来た時に割引券をもらって水着レンタルタダ)に対して黄色ビキニ姿の後輩は上の紐がバツ字になっている上下をつけていて、「AV?」近くのカップルの男が思わず呟いて彼女にどつかれていた。
「先輩、さすがに小学生みたいな水着はやめましょうよ。スクール水着ですかそれ」
「入れば良いのよ入れば」
「これだからお局は。もう少しちゃんとしたらまだ見れると思いますよ。それをもったいない。まゆアートとかしないんですか。韓国行くと安いですけど」
「いかなーい」
プールの後はジムプログラムに参加。
怠惰な徳香に対して旧姓藤原嬢はここでも注目を浴びていた。
徳香は不思議なことに気づいた。
時計、止まってないかこれ。
普通これだけで一日終わるぞ。
猫は持ち込めないのに、シナトラはなぜかいつものように徳香の頭や背中にべったり。
なのに誰も指摘しない。
まるで時間停止もののAVの種付けおじさんのように周囲の人々には徳香と旧姓藤原嬢を除いてシナトラの存在が周りに認知されていないようなのだ。
シナトラは大いに満足している模様。
徳香と後輩は仕事明けに徹夜で遊び倒した。仮眠もとったけど。
もうすぐ四十路にはきついやりかたであるが時々仮眠で寝倒すだけなのに、まるで『時が止まったかように』快適に過ごせた。
食事はなんか健康そうなワンプレートが出てきた。美しい盛り付けに写真を撮る手に気合が入る。味も素晴らしい。
「ごはんは?」
「後輩よ。雑穀米も白ごはんも別途注文だ」
正直物足りないので他にもたくさん頼んだ。
ここのリストバンド決算は払い過ぎ注意である。
油断したら湯上がりフルーツ牛乳全裸で股間にタオルぶつけてプハーとかやりたくなる。
徳香もまたオヤジくさい。
「にしても三段払い田中先輩。私思いますにスマホ注文形式って会話の流れが止まるから嫌いです。
トシキさんとのデートのときもそう思いました」
デート? 真面目な中原部長が子供相手だからと逃げに逃げるのに社内で猛アプローチをする際、『週末パパ活してくださいお金ください、私みたいな美少女と1時間でもご飯が食べられるんですよ。キモチビ親父にはご褒美でしょう。さあブヒブヒ喜んでください。2万円はほしいですね』などと徳香やあさくらの前なのに無理矢理迫って丁重にあしらわれてなお『わたしみたいな美少女にかまってもらえるんだから今すぐお金よこせ』と言い放った女が?
「わたしだけ見ていてほしいのに注文だからってスマホなんか見ていて。時でも止めてやりたかったです。三段払い先輩」
「わたし更年期で耳が遠いのかな? 三段腹っていった? ベガやローズよろしくサイコスルーされたい?」
さすがの温厚な徳香もわかっていても行き過ぎた後輩の照れ隠しには思うことある。
単に腹の出っ張りは年齢性別個人の出具合問わず気になるだけかもしれない。
そして食事を終えた二人はマッサージチェア使用権を行使する。
ウェルカムドリンク券ふくめチラシに混じっているので捨てないようにしたいところ。
「おおおお」
「これはなかなか」
隣の窓をぱかっと開けると愛らしい(※黙っていれば美少女なのだ)後輩の顔が横にあって眼福だ。彼女は高級マッサージチェアに体を横たえテレビを見ながらその振動に身を任せている。
「あっ……うん」
「クッション効いていて痛くないし結構よくね。藤原ちゃん」
隣で人前では触らない方がいいところをいじっている後輩のことは気になったが久しぶりに時が無限にあるかのように寝倒して元気いっぱいになれた。
30分のみ利用券だったはずなのだが体感で2年くらい寝たかもしれない。
心なしか4年くらい若返った気分だ。
「瞑想体験も30分ですか」
「開始時間までマッサージする?」
ほのかにいい匂いがする後輩に問いかける。
「ドデカヘー先輩の奢りなら」
「わたしは半熟英雄の『きりふだ』じゃないぞ」
大臣ファイナルアタックかますぞ。
こちらも堪能。
「うーん? やっぱり時計おかしくない?」
「えっ。先輩まだ3時間経ってませんよ。ボケました?」
「ボケてないけど、風呂に1時間サウナに1時間、仮眠を何度もしてジムプログラムやプールまで行って3時間はおかしいわよ」
「時計見てもわかってない奴は何がおかしいんだ?
ちゃんと無実を証明してログを公開しただけじゃん
見事な仕事だと関心はするがdocomoおかしくはにぃ」
旧姓藤原嬢の笑みが気になる。
あと旧姓藤原嬢の年齢でブロンド語がわかるはずがないので夫の影響だろうか。
あの『あずさ2号』を熱唱する中原部長ならネトゲくらい嗜んでいるだろう。
ちなみに藤原嬢は元々音痴だったが精神と時の部屋にこもったかのように入社後に歌が上手くなって、中原課長(当時)を無理矢理巻き込んで昭和歌謡のデュエットを彼に強制していたことがある。
マイクを向けられたらゴダイゴを熱唱する男なのでこれも抗えなかったらしい。
ジムで汗を流してジムが終わったら卓球台が出てくるので卓球を朝5時まで遊び倒す。
今日は周りの人やものが止まって見えるほど楽しかった。
後に新一家に話すと一緒に行きたかったと光ちゃんが拗ねた。
旧姓藤原怜夢は股間の敏感な部分(※性器ではない)に触れてある種の興奮状態になることで時を止める能力を持っている。詳細は「宇宙の果てまでこの愛を」所収「乳首をつまむ」。
「謎の女巨人像、今度はグラングリーン下の緑の広場に?」




