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『誰のための戦争だ』  作者: Yukiya


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20/24

7-2:一人で立つ

7-2:一人で立つ


通路の奥から、追撃の気配がはっきりと迫ってきていた。


壁をかすめる弾丸。

近づく足音。

怒号。

崩れた建物の向こうから響く砲撃。

敵だけではない。

味方の砲火もまた、この一帯ごと押し潰そうとしている。

命令に背いた時点で、自分はもう守られる側にはいない。

敵にとっては排除すべき障害であり、味方にとっては戦況を乱す異物になった。

この通路はすでに、敵味方の区別を失った戦争そのものの喉元へ変わりつつあった。


男は最後尾に立った。


足元には瓦礫。

右側の壁はひび割れ、あと数発も食らえば崩れそうだ。

左手には半ば折れた鉄骨が突き出し、その向こうに細い射線が一本だけ通っている。

視界は悪い。

退路はない。

だが、狭いぶんだけ相手の進入路も限られる。

彼は一瞬で地形を読み終えた。

どこで弾を撃ち、どこで身を伏せ、どの支柱を撃てば通路を狭められるか。

計算は終わる。

あとは、それを身体で実行するだけだった。


最初の敵影が現れた。


男は躊躇なく引き金を引いた。


短く、正確な射撃。

先頭の兵が崩れ落ち、その後ろの一人が壁際へ飛び込む。

すぐさま別方向から反撃が来る。

弾丸がコンクリートを砕き、破片が頬をかすめ、熱い痛みが走った。

だが男は構わない。

低く身を沈め、瓦礫を蹴り、別の角度からもう一発。

追撃の速度がわずかに鈍る。


それでも数は多い。


ひとり倒しても、また別の影が現れる。

怒号が近づき、弾丸が壁を削り、通路の上から石片が降ってくる。

金属が悲鳴のような音を立て、粉塵が視界を白く濁らせる。

男は次々に位置を変えながら撃ち返した。

敵を殲滅するためではない。

一秒でも長くここを通さないために。

一歩でも先へ行かせないために。

自分の勝利のためではなく、後ろにいる者たちの時間のために。


肩に衝撃が走る。


被弾だった。


身体がわずかによろめく。

熱いものが腕を伝う。

肉を裂かれた痛みが、遅れて電流のように広がる。

それでも倒れない。

壁に肩を押しつけて体勢を立て直し、呼吸を整える。

痛みはある。

視界の端が揺らぐ。

だが、まだ動ける。

まだ撃てる。

まだ、ここに立っていられる。


男は折れた鉄骨の根元を狙い、連続で撃ち込んだ。


金属がきしみ、上部の崩落しかけていた瓦礫が一気に落ちる。

轟音とともに通路の一部が塞がれ、追撃の列が乱れた。

叫び声が上がり、後続が足を止める。

その一瞬の遅れだけで十分だった。

数秒。

十数秒。

そのわずかな時間が、前へ進む避難民たちには生死の差になる。


だが代償は大きい。


落下した破片が肩と脚を打ち、肺に粉塵が入り込み、呼吸が乱れる。

咳をこらえようとして喉が焼ける。

崩れた石片が膝を打ち、立ったまま身体の芯が揺らいだ。

彼の身体はもう、戦場を完璧に支配する兵器ではなかった。

反応はまだ鋭い。

だがその鋭さを支える肉体は、確実に限界へ近づいている。


それでも彼は立っていた。


無敵ではない。

不死身でもない。

痛みは確かにあり、血は流れ、筋肉は悲鳴を上げ、意識のどこかでは「ここまでだ」と冷静に告げる声すらある。

それでもなお立っているのは、技術だけではない。

生き延びてきた年月でもない。

癖になった反射でもない。


意志だった。


通さない。

あの少年を。

あの避難民たちを。

ここまで生きようとしてきた命を。

ようやくつながりかけた明日を。

また戦争の論理に食い潰させるわけにはいかない。


その意志だけが、彼の身体を支えていた。


男は荒い息をつきながら、もう一度銃を構える。

弾は少ない。

時間も尽きかけている。

追撃は止まらず、砲火の圧も増していく。

通路のこちら側に残されているのは、ほとんど彼一人だけだった。

それでも引き下がらない。

一歩も。


引けば終わる。

この細い通路の向こうで、ようやく前へ進み始めた群れが崩れる。

倒れた老人も、子どもを抱いた母親も、泣くことすら我慢して走っている子どもたちも、すべてがここで途切れる。

そのことを、彼は知っていた。

だからこそ、退くという選択肢だけは消えていた。


強さには限界がある。


どれほど鍛えられた兵士でも、ひとりで戦争そのものを止めることはできない。

引き金ひとつで世界は変わらない。

誰かひとりが踏みとどまったところで、砲撃は止まらず、命令の声も消えない。

戦争は、個人の意志よりはるかに大きい。

その無慈悲さを、彼は誰より知っている。


だが限界があるからこそ、なお立ち続ける姿には意味が生まれる。


どうせ止められないからと膝を折るのではなく、止められないものの前でなお一歩も退かないこと。

それは勝利ではない。

結果として世界を変える保証もない。

それでも、その場で守られる命が確かにある。

その数秒、その数十秒、そのわずかな時間のために、ひとりが立ち続ける意味は消えない。


男はその意味を、いま自分の身体で示していた。


血に濡れ、粉塵にまみれ、傷だらけになりながら、それでもなお銃を構える。

それは兵士としての美しさではない。

まして英雄の姿でもない。

ただ、壊される側へこれ以上何も渡さないと決めた人間が、限界の中で立っている姿だった。


そしてその姿は、誰にも見られなくても、確かにこの戦場に刻まれていた。


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