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『誰のための戦争だ』  作者: Yukiya


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5-3:守るために戦う

5-3:守るために戦う


男は受信機の電源を切った。


それは小さな動作だった。

だが彼にとっては、これまで従い続けてきたものとの最後の糸を断つような動作でもあった。

耳の奥で鳴り続けていた命令の声が消える。

代わりに聞こえてくるのは、地下に満ちた浅い呼吸と、誰かが咳をこらえる小さな音だけだった。


男が地下へ戻ると、避難民たちが不安げな顔で彼を見上げた。

少年も、息を詰めるように立っている。

誰も彼も、次に何が起きるのか分からない顔をしていた。

だが同時に、その目にはすでにどこか“待つしかない者”の諦めが滲んでいた。


男は全員の顔を見回した。


老いた者。

怪我をしている者。

子どもを抱いた母親。

咳をこらえる少女。

目に見える傷を負った者もいれば、傷の形すら表に出せずにいる者もいる。

自分にできることは限られている。

全員を救える保証などない。

連れて出たところで、途中で誰かが倒れるかもしれない。

砲撃に巻き込まれるかもしれない。

追撃に捕まるかもしれない。

だが、それでもここに留まれば終わることだけは分かっていた。


「ここはじきに危険になる」


男の声が、地下の薄暗がりに低く響く。


誰もすぐには動かなかった。

男は続ける。


「北側の通路を使えば、まだ砲火の薄い区画へ抜けられる。動ける者は互いに支えろ。声を出すな。子どもを優先しろ」


避難民たちは、すぐにはその言葉を受け取れなかった。

兵士の指示を信じてよいのか分からないのだろう。

それも当然だった。

この戦場で、制服は助けの印ではない。

多くの場合、壊す側の印だ。

しかも目の前の男は、ついさっきまで銃を手にしてここへ立っていた兵士に過ぎない。


男は短く続けた。


「ここにいれば死ぬ」


その一言が、空気を変えた。


余計な説明はなかった。

慰めもなかった。

だが、その言葉には嘘がなかった。

綺麗事でもなかった。

ただ現実だけが、まっすぐに置かれた。


年配の男が先に立ち上がり、他の者を促す。

母親たちが子どもを抱き直す。

怪我人に肩を貸す者が動き出す。

地下の隅で縮こまっていた人々が、ようやく小さな群れとしてまとまり始めた。

それは秩序というより、生き延びるための本能が、ようやく恐怖を押しのけ始めた動きだった。


少年は男のそばに来た。


もう最初のような怯えだけの目ではなかった。

不安の奥に、かすかな信頼が生まれ始めている。

それはまだ fragile な、今にも揺らぎそうなものだったが、それでも確かにそこにあった。


男は少年の肩に一瞬だけ手を置いた。


「お前は先頭の近くにいろ。子どものいる母親から離れるな」


少年は小さく頷いた。

言葉はいらなかった。

その頷きの中に、自分もただ守られるだけではなく、誰かを支える側へ立とうとする意志が見えた。


それだけで十分だった。


男は地下の出口へ向かい、先に外を確認する。


砲撃の間隔。

敵味方の位置。

崩落した建物の影。

使える路地。

遮蔽物。

地面の傾き。

視線の通る角度。

戦場を読む目は、これまでと何も変わらない。

だがその意味だけが変わっていた。


今まで彼は、任務を遂行するために地形を読んでいた。

敵を排除するために射線を考えていた。

生き延びるために動いていた。

自分が前へ進むために、何を削るかを選んでいた。


だが今は違う。


どこを通れば、この人々を少しでも長く生かせるか。

どこで砲火をやり過ごせるか。

どの順番で動かせば、最も弱い者を守れるか。

誰を中央に置き、誰を端に置き、誰が誰を支えれば転倒を防げるか。

同じ能力が、まったく別の目的のために使われ始めていた。


「行くぞ」


男の合図で、避難民たちが一列になって地下を出る。


足の悪い老人を、年配の男と少年が支える。

母親は赤子を胸に抱き、少女はその裾を握って歩く。

怪我人は歯を食いしばりながら足を引きずる。

老女は最後まで後ろを振り返りかける誰かの背を押し、前へ進ませる。

男は最後尾に張りつくのではなく、時に先頭へ、時に側面へ回りながら全体を見ていた。

誰が遅れ、誰が転びそうか。

どこで群れが詰まり、どこで音が立ちやすいか。

そのすべてを、彼は一人で抱えるように視線を動かす。


外へ出た瞬間、遠くで砲撃音が鳴る。


「止まれ」


全員がその場に伏せた。

数秒後、通りの向こう側で爆発が起き、土煙が舞い上がる。

破片が崩れた壁を叩き、遅れて振動が足元を走る。

赤子が泣きそうになるのを、母親が胸に押しつけて必死に抑える。

老人の肩がびくりと跳ねる。

少年はその手を強く握り直す。


男はすぐに次の移動を指示した。


「今だ、渡れ」


人々は瓦礫の陰から陰へ、息を殺して移動する。

足を取られる者がいれば支え、泣きそうになる子どもがいれば母親が口を塞ぐ。

遅れた者がいれば、誰かが振り返って腕を引く。

そのすべてを見ながら、男は銃を構え続ける。

引き金にかかった指は、いまや誰かを倒すためだけにあるのではなかった。

この群れを崩させないために、必要なら撃つ。

そういう意味へ変わっていた。


追撃が来る可能性は高い。

砲撃もまだ収束していない。

安全圏など、まだ遠い。

このまま全員が無事に抜けられる保証はどこにもない。


それでも、彼はもう決めていた。


この戦いは任務ではない。

掃討でも、制圧でもない。

護送であり、防衛だった。

壊すための戦いではなく、生かすための戦いだった。


男は路地の角で立ち止まり、後ろを振り返る。


避難民たちの群れが、懸命にこちらへ続いてくる。

その中央に少年の姿が見えた。

転びそうな幼子の手を取りながら、必死に歩いている。

息は上がり、足もおぼつかない。

それでも離さない。

その小さな手で、自分よりさらに小さな誰かを前へ引こうとしている。


その光景を見たとき、男の中で確かに何かが変わったことを、彼自身も認めざるを得なかった。


自分はもう、任務を処理するだけの兵士ではいられない。


守るために戦う。


その言葉をまだ口にはできなかった。

口にした瞬間、過去の自分と完全に切り離されてしまうような気がした。

だが彼の身体も、判断も、すでにその側へ踏み込んでいた。

どの道を選ぶか。

どこで止めるか。

誰を先に通すか。

そのすべてが、もう“命令”ではなく“命”を基準に決められていた。


そして物語はここから、完全に別の戦いへと入っていく。

勝つためではなく。

従うためでもなく。

ただ、壊される側の命を少しでも先へ運ぶための戦いへ。


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