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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第四部 街角の頼みごと
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第67話 帰ってきた朝

 細い小窓から差し込んだ朝の光が、木枠の隅に溜まっていた埃を白く照らし出していた。


 テレサは毛布の中で一度だけまばたきをし、ゆっくりと上半身を起こす。


『起床ヲ確認。定刻ヨリ三分前デス』


「……おはよう。顔の真横に浮かないで。びっくりする」


 枕元のどくろんを手の甲で軽く押し退ける。


 どくろんはふわりと下がり、卓の端でじっと浮いていた。


 ベッドから足を下ろすと、床板の冷たさが素足の裏からじんわりと伝わってくる。


 昨夜、椅子に掛けておいた見習い用の侍女服に袖を通し、背の紐を手探りで整える。上から白いエプロンを重ね、腰の後ろで蝶結びを作った。指先の感触で結び目が真っ直ぐになっているのを確かめる。


 髪を櫛で梳き、黒い革靴の紐を締めると、息が整った。


「よし。まずはクロのところね」


『水ト飼料ノ補給ヲ推奨』


「言われなくても分かってる」


 テレサは部屋の閂(かんぬき)を静かに外し、廊下へ出た。朝早い館内はまだ薄暗く、物音ひとつない。足音を忍ばせて厨房の脇を抜け、用口(ようぐち)の土間から重い通用戸を開けた。


――


 外に出た途端、朝の澄んだ冷気が頬を撫でた。


 裏庭の隅にある木造りの犬舎へ近づくと、奥の寝藁(ねわら)ががさと擦れる音がした。


 テレサは戸の留め具を外して開ける。


 焦げ茶の短い毛をしたクロエが、身を低くして小屋から前足を伸ばす。


 喉の奥で小さく息を鳴らす。立ち耳が前を向き、太い尾が寝藁を二度、三度と叩いた。


「クロ、おはよう」


 テレサが膝をつくと、クロエは鼻先を寄せてきて、テレサの手の甲を軽く押し上げた。


 その首元には、昨日初めて着けた真新しい革首輪が巻かれている。中央にはブレンダール分家の小さな標章が留められている。その縁に朝の光が当たっていた。まだ硬さの残る革の縁を指先でなぞってから、テレサは手を離した。


 井戸の釣瓶(つるべ)を引き上げ、木桶に満ちた冷たい水を木皿へ注いだ。屋敷の麦と刻み肉で用意してきた餌を深皿に盛る。


 テレサは皿を地面に置く。


 クロエは耳を伏せ、体を低くしたまま勢いよくがっつき始めた。餌を噛む小気味よい音が、朝の静かな庭に響く。


 食べ終えたクロエは、隣の水皿へ顔を突っ込み、ぴちゃぴちゃと音を立てて冷たい水を飲んだ。


 テレサは食べ残しのない深皿を脇へ寄せ、水皿へ水を足そうとする。


 クロエは舌先で口のまわりをひと舐めし、テレサの膝へ鼻先を預けてきた。


 テレサは木桶を下ろし、膝をついたまま手を止めた。


「いい子。今日も待っててね」


 硬い頭を軽く撫でると、クロエは耳の先をわずかに後ろへ倒し、静かに鼻を鳴らした。


 鼻先が膝から離れてから、テレサは木桶を持ち直す。水皿に水を足して犬舎の中へ置き、空の深皿を拾い上げた。


「入って」


 クロエが寝藁へ戻るのを待って戸を閉じ、留め具が掛かったのを指で確かめた。


――


 通用戸から土間へ戻り、桶の水で両手を丁寧に洗い流した。続けて顔も洗ってから、厨房の扉を開ける。


 中にはすでに薪の燃える匂いと、大鍋から立ち上る白い湯気が満ちていた。竈(かまど)の前では侍女長のグレーテが長い木べらを持ち、手際よく灰色の煮込みをかき混ぜている。


「おはようございます、グレーテさん」


「おはよう、テレサ。早いですね」


 グレーテは鍋から目を離さずに言った。


「裏庭の掃き掃除を済ませなさい。落ち葉が溜まっています。終わったら朝食にします」


「はい、すぐにやります」


「それと、テレサさん」


 背後から落ち着いた声が掛かり、テレサは振り返った。


 黒い上着をきちんと着た老執事のヨーゼフが、手帳を小脇に抱えていた。


 厨房に入ってきたところだった。


「おはようございます、ヨーゼフさん」


「おはようございます。よく眠れましたか」


「はい。よく眠れました」


「それは何よりでございます。奥様の午後のご予定ですが、街の織物問屋まで外出なさいます」


 ヨーゼフは手帳に指を添えたまま、言葉を続けた。


「テレサさんには、同行をお願いしたく存じます。買い出しの品書きは、後ほどお渡しいたしましょう」


「はい。準備しておきます」


 ヨーゼフは満足そうに小さく頷いた。


「ヨーゼフさん。乗馬を習えますか」


「後日の勤務に合わせて、時間を取れるか相談いたしましょう」


「はい。お願いします」


 ヨーゼフは手帳を開いて厨房の奥へ歩いていった。


 テレサは用口の脇に立てかけてある竹箒(たけぼうき)を手に取り、しっかりと柄を握り直す。


 箒の竹先が土間を擦り、乾いた音がした。


(……私の居場所は、ちゃんとここにあるんだ)


 テレサは裏庭へ続く扉を押し開けた。

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