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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第三部 御殿の見習い
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第66話 帰ってくるところ

 本家の門が後ろへ遠ざかると、馬車は来た道を戻り始めた。


 膝の書類入れを押さえていたカタリーナが、テレサの肩の袋へ目を向ける。


「どくろん。黙っている間も、聞いていたのか」


 テレサは袋の口を開いた。


「もう喋っていいよ。今の問いには答えて」


 どくろんが浮き上がり、テレサの胸元で止まった。


『ハイ。発声ノミ、停止シテイマシタ』


「それくらい短い返事で済むんやったら、普段もそうしてほしいわ」


『短ク答エテイマス』


 カタリーナがテレサを見る。


「今は、おまえの方が長いぞ」


「……今は、そうです」


『比較結果、一致』


「そういう一言が多いねん」


 カタリーナの口元が緩んだ。


「どくろん。今のは、なくてもよかったな」


『次回ノ参考ニシマス』


「次の一言から頼むで」


 テレサが言い返すと、カタリーナは小さく笑い、書類入れを抱え直した。


 やがて馬車が分家の門をくぐると、カタリーナはそれを持って降りた。


 テレサも続いて降り、用口でグレーテへ声を掛ける。


「グレーテさん、戻りました」


 帰着を告げてから犬舎へ向かうと、どくろんも肩の横についてきた。


 クロエに餌をやり、水を替えている間、どくろんはテレサの肩のそばに浮いていた。


 器を置き直して立ち上がると、クロエが手の下へ頭を差し込んでくる。


 テレサはその耳の後ろを掻いてから、寝藁へ戻るのを待って戸を閉めた。


――


 それから数日たった朝、犬舎の寝藁をならしていると、戸口の外でクロエの足音が止まった。


 振り向けば、ヨーゼフが細長い包みを手に立っている。


「少しよろしいですか」


 テレサは手についた藁を払い、犬舎から出た。


 ヨーゼフが開いた包みには、新しい革の首輪が入っていた。


 家の標章がついている。


「クロエの猟と警戒の働きを、これからも続く役目として扱うよう、奥様から仰せつかりました」


 クロエが包みへ鼻を伸ばす。


 テレサはその首に手を添え、ヨーゼフを見上げた。


「クロは、これまでどおり私が飼うんですよね」


「はい。飼い主はテレサさんのまま、当家の猟犬・警戒補助として記録してございます」


 ヨーゼフは首輪を包みから取り、テレサへ差し出した。


「日々の世話も、引き続きお願いいたします」


「私がします」


 革を両手で受け取ると、まだ曲げていないところが指へ押し返してきた。


「猟でどう動かすかも、お前が見て決めればいい」


 用口の方から来たカタリーナが、犬舎の前で足を止めた。


「待たせたいときは、そう言え」


「はい、奥様」


 テレサの足元で、クロエは新しい首輪の匂いを嗅ぎ続けている。


「飼料費は、今日から当家で負担いたします。餌は、屋敷にあるものをお使いください」


「ありがとうございます」


 テレサは首輪を持ち直し、クロエの前にしゃがんだ。


「クロ、待って」


 テレサが首元へ手を伸ばすと、立ち耳が片方だけ動く。


 新しい革を首へ回し、留めた下へ指を入れた。


 首を締めつけていないことを確かめてから軽く引くと、革は耳の後ろで止まった。


「よし」


 手を離した途端、クロエは鼻先から尾の付け根まで、ぶるりと体を振った。


 標章が革に触れ、小さく鳴る。


「はい、もう終わったよ。リーナにも見せて」


 カタリーナが膝をかがめ、手を差し出した。


 その手へクロエが鼻を寄せると、顎の下をゆっくり撫でる。


「支度は済んでいるか」


 顔を上げたカタリーナの声は、いつもの低さに戻っていた。


「弓を取ってきます」


「では、外で待つ」


――


 町を抜ける間、テレサはクロエの綱を短く持った。


 テレサの歩みに合わせて進んでいたクロエが、林の手前で道端の草へ鼻を寄せる。


 テレサはそこで足を止め、どくろんへ顔を向けた。


「ここからは、私がいいと言うまで喋らないで」


『了解シマシタ』


 どくろんが肩の後ろへ寄るのを見てから、首輪についていた綱を外した。


「クロ、先へ」


 クロエは道の曲がり目まで進むと、鼻を低くして待った。


 二人が追いつけばまた歩き、下草の深くなったところで、今度は首を上げる。


 右の耳が斜面の藪へ向いていた。


 テレサの首筋にも、斜面を下りてきた風が当たる。


「リーナ、風は上から来ています」


 カタリーナが藪へ目を向けた。


 テレサはクロエの止まったところへしゃがみ、草の間に出た土を見る。


 小さな前足の跡の先に、長い後ろ足の跡が二つ並んでいた。


「兎です」


 跡は藪へ入っている。


 クロエの鼻もそちらへ向いているが、足はまだ出ていなかった。


「下から回る。あの木の向こうは通れるか」


 カタリーナの示した先には、低い枝が重なっていた。


 テレサは少し腰を落として覗き、手前の窪みへ視線を移す。


「木の向こうは足場が見えません。手前なら、藪の端まで抜けられます」


「そちらにしよう」


 カタリーナが弓を持ち替えた。


 テレサはクロエを足元へ呼び、窪みに沿って進む。


 落ちた枝を跨いだ先で、カタリーナの足が止まった。


 藪の端から、褐色の耳が二本出ている。


 テレサも止まり、クロエの前へ手を下ろした。


 クロエはそちらへ顔を向けたまま、腰を下ろす。


 兎の鼻が動き、草の上に前足が出た。


 枝のないところへ胴が出ると、弦が鳴った。


 兎はひと跳ねして、下草の奥へ倒れた。


 カタリーナが獲物を取りに行く間、テレサはクロエをその場で待たせた。


 草を分けて戻ってきたカタリーナは、弓を木に立てかけ、兎から矢を抜いた。


 軸を拭って自分の矢筒へ戻し、兎をテレサへ渡してから弓を取り上げる。


 テレサは包み布を広げた。


 ナイフで兎をさばき、食べられる分を整えて布で包む。


 残りは別の布に寄せ、匂いが漏れにくいよう端を重ねて包んだ。


 道と人里から離れた林の土を深めに掘り、その包みを入れて土を戻す。


 刃を拭ってナイフを鞘へ戻してから、持ち帰る包みを獲物の袋へ収めた。


「今日はここまでだ。帰りは道へ戻ろう」


「はい」


 テレサが手を上げると、クロエも立ち上がった。


 林を出る前に呼び寄せ、首輪へ綱を掛け直す。


 標章の端には、もう少し土がついていた。


――


 御殿へ戻ると、用口の方から焼いた粉と甘い匂いが流れてきた。


 カタリーナがそちらを向く。


「今日は何を焼いている」


 テレサもつられて顔を上げてから、手にしていた綱を持ち直した。


「奥様、先にクロを休ませてきます。そのあと聞いてきます」


「そうしてくれ。まだ温かいうちに食べたいな」


 クロエを犬舎へ連れていき、綱を外した。


 水の器を置くと、クロエは足を踏み直して飲み始める。


 テレサは背についた葉を取り、指で短毛をならした。


「どくろん、もう喋っていいよ」


『了解シマシタ』


 クロエが寝藁の上に伏せるのを見届けて、戸を閉めた。


 用口へ回り、獲物袋から出した兎の包みを受け台へ置いた。


「今日の獲物。奥様が獲った分」


 声を聞いて出てきたマルセルが、受け台の包みを開く。


「さばいてあるな。こっちで預かる」


 包みを持って台所へ戻るのを見てから、テレサは空になった獲物袋を下げた。


 猟の道具を片づけ、着替えと手洗いを済ませて用口へ戻ると、受け台のそばでグレーテが布を揃えていた。


 通用戸を入ったテレサは、布の上へ回りかけたどくろんに、自分の肩を指してみせる。


「少し後ろ。そこは布に当たるよ」


『後退シマス』


 棚の前を空けたどくろんへ、グレーテが目をやった。


「館内で話す件は、ヨーゼフから聞いています」


 それから布の束を受け台へ置き、テレサへ向き直る。


「奥様のお皿を運んだら、こちらを棚へ戻してください」


「はい」


 台所を覗くと、マルセルが干し果物の入った焼き菓子を切り分けていた。


 包丁が抜けたところから、濃い色の果物が顔を出している。


 テレサの目がそこで止まった。


「ちょうどいい。奥様へ運べ」


 皿を差し出され、テレサは両手を出す。


『ますたーノ分ハ含マレテイマセン』


「見たら分かるわ」


 マルセルが鼻で笑った。


「お前の分も取ってあるぞ」


 切り分けたもう一片を別の皿へ置き、布を掛ける。


「戻ったら食え」


「あとで来る」


 テレサは菓子の皿と茶を盆に揃え、台所を出た。


 カタリーナの前へ皿を置くと、すぐに手が伸びてくる。


「まだ温かいな」


「切ったばかりです」


 カタリーナは一口食べ、皿に残る菓子を見た。


「母が来たら、これも焼いてもらおうか」


「たくさんになりますね」


「そうだったな。茶が要るな、たっぷり」


 茶の杯へ伸びた手を見て、テレサは盆を胸の前へ引いた。


 用口へ戻り、グレーテに頼まれた布を持ち上げる。


 棚には同じ布が少し残っていたので、それを手前へ出し、今日の束を奥へ収めた。


 最後の一枚を揃えると、台所からまた甘い匂いがした。


 テレサはそちらへ向きかけた足を戻し、空いた盆を持って皿を下げに行った。


 使った食器を運び、盆の縁についた水を拭いて立てておく。


 布を掛けておいた菓子の皿は、台所の端に残っていた。


「終わったか」


「うん」


 マルセルが顎で皿を示す。


 テレサは腰を下ろし、菓子の端を割った。


 外側はほろりと崩れたが、果物の入ったところは少し指にくっつく。


 口へ入れると、噛むたびに果物の甘さが出てきた。


「冷めたか」


 テレサは飲み込んでから首を振った。


「これも、おいしい」


「なら食え。茶はそこだ」


 マルセルは鍋の方へ戻り、テレサは次の一口を取った。


――


 夕方、テレサは台所にある食材でクロエの餌を用意した。


 いつも食べる量を器へ分け、両手で持ち上げる。


 テレサは通用戸から外へ出て、犬舎へ向かった。


 戸口の向こうで、クロエの立ち耳が動く。


 戸を開けると立ち上がったが、テレサの手を見て、その場に座り直した。


 鼻先が器の動きを追っている。


 どくろんがその前へ降りてきた。


『登録区分、猟犬及ビ警戒補助。標章装着ヲ確認』


 クロエは首を伸ばし、どくろんの横から器を見た。


「どくろん、そこ退いて。クロが食べるから」


『標章ノ確認中デス』


「確認は横からでもできるやろ」


 どくろんが戸口の脇へ移る。


 テレサは空いたところへ器を置き、手を離した。


「よし」


 クロエが顔を下げると、食べる音が続いた。


 テレサは戸口の外にしゃがみ、膝についた藁を払った。


 途中でクロエが一度顔を上げ、口の端を舐める。


 それからまた器へ鼻を戻したので、テレサは縁に残った餌がなくなるまで待った。


 空いた器を取り出し、水の器へ手を伸ばす。


 昼に入れた水には、寝藁の欠片が浮いていた。


 外へあけて器をすすぎ、汲んできた水を注ぎ直した。


 置くのを待っていたクロエが、水面へ舌を伸ばす。


 テレサは手を引いて、飲み終わるまでそのまましゃがんでいた。


 やがてクロエが鼻先を上げ、口の下から水が落ちる。


 指の背で拭ってやると、クロエは寝藁へ戻り、体を丸めた。


「おやすみ、クロ」


 テレサは立ち上がり、戸を閉めた。


 留め具に指を掛けて確かめていると、用口から声がした。


「嬢ちゃん、飯だぞ」


「今行く」


 餌の器と水桶を持ち上げると、どくろんも肩の高さへ戻ってきた。


 通用戸から入り、器を片づけて手を洗う。


 卓へ行けば、パンの皿の隣に、椀と匙を置いた席が一つ空いていた。


「ここだ。座れ」


 マルセルが鍋からよそい、湯気の上がる椀をテレサの方へ寄せた。


「うん」


 テレサは椅子を引いて腰を下ろす。


 どくろんが皿の上を避けて肩の後ろへ回ると、テレサは自分の匙を取った。


「いただきます」


――


 夕食のあと、私室へ戻ったテレサは靴を脱いだ。


 明日の服を椅子へ掛け、寝台の端に腰を下ろす。


「働き口を探しに来ただけやったのになあ」


 どくろんが顔の前へ回ってきた。


『別ノ勤メ先ヲ探シマスカ』


「なんでや。誰が辞める言うた」


『不満ト判断シマシタ』


「忙しかったなあ言うてるだけや。飯もうまいし、狩りにも行けるし」


 言い返してから、テレサは口を閉じた。


 どくろんは同じ高さで待っている。


「……うちも、似たようなことしてたんやな」


『勤メ先ノ変更デスカ』


「そっちちゃう。奥様の家族の話や」


 テレサは足元の靴を揃えた。


「断った、黙っとった。聞くたんびに、仲悪い証拠が増えた思うてたわ。今のあんたみたいに」


『退職ノ意思ハ、撤回シマス』


「うちは最初から辞める気ないねん。撤回するんは、あんたの判断や」


『判断ヲ訂正シマス』


「せや。それ、うちもせなあかんかったんや」


 靴先を戸口へ向け直し、膝に肘をつく。


「手紙を止めたんはルートガーや。せやけど、お父様が黙って待っとったんは、お父様が決めたことやった。あの人一人どけたら、全部元どおり、とはいかんのやな」


 どくろんの青い眼窩が、テレサへ向いている。


「お兄様は戻ってこい、奥様は戻らん。そこも変わってへん。そやのに、今度はこっちへ来る約束になった」


『意見ノ一致ハ、シテイマセン』


「せんでも、会うんはええんやろ」


 テレサは顔を上げた。


 庭の卓に指を置き、身を乗り出していたカタリーナを思い出す。


「お父様とも、最後は猟の話してたしな。うち、ああいう顔もする人やって、知らんかったわ」


 少し笑って、肩から外してあった袋を手に取る。


 口を広げてみたが、中には何も残っていなかった。


『収納シマスカ』


「袋は片づけるけど、あんたは入らんでええ」


 紐をまとめ、椅子の背へ掛ける。


「クロの飯も、もう台所にあるもんで用意できる。帰ってきたら、うちの分も取っといてくれる」


『食事ニ関スル評価ガ、多イデス』


「大事なとこやで。自分の皿があるんは」


 テレサは両足を寝台へ上げた。


「せやから、もう次の働き口は探さんでええ。明日もここで仕事や」


『承知シマシタ』


 どくろんが枕の上へ下りかけ、テレサは先にそこへ手を置いた。


「あんたの席はそこちゃう」


『ますたーノ近傍デス』


「近くにおってええけど、寝るとこは空けて」


 どくろんが枕の横へ寄った。


 テレサはその隣へ頭を下ろし、息をつく。


『現在位置ニ、不満ハアリマセンカ』


「ない。そこでええ」


 目が合うと、笑いがこぼれた。


「うちも、ここでええわ」

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