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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第三部 御殿の見習い
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第65話 待っていたこと

 廊下の先で、案内の使用人が一つの扉を叩いた。


「カタリーナ様がお見えです」


「入ってくれ」


 開かれた扉の向こうで、年配の男が椅子から立った。


 カタリーナは部屋へ入ると、テレサへ顔を向ける。


「父のアウグストだ」


「テレサと申します」


 テレサが頭を下げると、アウグストも軽く頷いた。


「今、一緒に狩りに出ている。分家の使用人見習いだ」


 カタリーナは父へ向き直った。


「テレサも同席していいか」


 アウグストの目が娘からテレサへ移り、もう一度、娘へ戻る。


「かまわない。庭で話そう」


 アウグストは使用人へ目を向けた。


「茶を用意してくれ」


 部屋を抜けて庭先へ出ると、小さな卓と椅子があった。


 アウグストが椅子を引き、カタリーナが薄い書類入れを抱えたまま腰を下ろす。


 テレサはカタリーナの椅子の脇に立ち、肩に掛けた袋を体の横へ寄せた。


 そこからは、カタリーナの横顔と、卓の向こうのアウグストが見える。


 使用人がティーポットと二つの茶碗を卓へ並べた。


「お注ぎします」


 テレサが卓へ進みかけると、アウグストがティーポットに手を掛けた。


「いや、私がやろう」


 テレサは頭を下げ、椅子の脇に控えた。


 使用人の足音が部屋へ遠ざかるあいだ、アウグストは茶を注いでいた。


 カタリーナの茶碗を先に置き、もう一つを自分の前へ置く。


 カタリーナは書類入れを膝に置いた。


「兄から聞いているか。分家を畳んで、本家へ戻るという話」


「聞いている」


「父上も、それがいいと思っていたのか」


 アウグストはティーポットを卓の中央へ戻した。


「家のことは、コンラートに任せた」


 カタリーナは父を見ている。


「だが、お前がどう暮らすかは、お前たち二人が話して決めることだと思っていた」


「それで、何も言わなかったのか」


「二人で話すのを待っていた」


 書類入れに重ねてあったカタリーナの手が離れた。


「何も言わなければ、兄と同じ考えなんだと思う」


 アウグストはすぐには応じず、娘の顔を見返した。


「同じ意見だと、受け取っていたのか」


「そうだ。戻れと言う兄に、何も言わなかっただろう」


「ああ。言わなかった」


 父の返事を聞いても、カタリーナはすぐに茶碗を取らなかった。


 卓の上へ目を落とし、それからもう一度、父を見る。


「待っているとは、聞いていない」


「伝えていなかったな」


 アウグストの指が、茶碗の縁から離れる。


 庭を渡った風に、テレサの袖が少し膨らんだ。


「今日は、コンラートと話せたか」


「話した。あの家で暮らすと伝えた」


 カタリーナは書類入れを膝の中央へ置き直した。


「閉じる話を持ち込む前に、一度あの家へ来ると言っている」


「そうか」


 アウグストは頷き、娘が茶碗を持ち上げるのを待って、自分も茶を飲んだ。


 カタリーナは一口で茶碗を戻す。


 その手が膝へ戻る前に、顔が上がった。


「父上は、昔も待っていたのか」


「昔とは」


「あの犬が死んだときだ」


 アウグストの茶碗は、まだ手の中にあった。


「あのときも、そのあとも、何も言わなかった。なぜだ」


 茶碗が卓へ置かれた。


 アウグストは娘に顔を向けていたが、返事はなかった。


 カタリーナは椅子の背に寄りかからず、父を見たまま待っている。


 テレサの脇で、袋の口が風に揺れた。


 どくろんの入った袋を押さえると、近くでは葉の擦れる音だけがした。


 アウグストが一度、唇を開く。


 それでも言葉は出ず、カタリーナも問いを重ねなかった。


「お前には、十分に分かっていると思っていた」


 やがて返ってきた声は、低かった。


「こちらから言葉を重ねずに、お前が話してくるのを待とうと思った」


「分かっていたのは、自分が前へ出たせいで、ファルクを死なせたということだけだ」


 アウグストの眉が寄った。


「カタリーナ」


 名を呼んだあと、父は続けられなかった。


 カタリーナの声は大きくならなかった。


「父上にも、言うまでもないことなんだと思っていた。だから、何も言われなかったのだと」


 アウグストは娘を見ている。


 テレサから見えるその口元が動き、閉じた。


「犬を連れずに狩るようになった。自分の脚と腕だけなら、自分で引き受けられるから」


 カタリーナは膝の書類入れを押さえた。


「父上に、そう話したこともなかったな」


 アウグストの息を吐く音が、短く聞こえた。


「そこまで抱えたままだとは、思っていなかった」


 カタリーナは父の顔を見つめていた。


 しばらくして、目が一度伏せられる。


「聞かなかったからな」


 書類入れの角から、指が外れた。


「父上がどう思っているか、一度も尋ねなかった。自分で決めたままにしていた」


「待つと決めたのは、私だ」


 カタリーナが顔を上げる。


 アウグストは、その目を見て言った。


「声を掛けずに、すまなかった」


 カタリーナの唇が少し開いた。


 返事をしないまま閉じ、卓の上の茶碗へ目を落とす。


 父も、先を続けなかった。


 テレサは袋を支えていた手を、片方だけ離した。


 カタリーナの横顔を見て、浮かせた手を袋へ戻す。


 カタリーナが茶碗を取った。


 残っていた茶を飲んで置くと、アウグストがティーポットへ手を伸ばす。


「もう少し、いるか」


 カタリーナは頷き、茶碗を父へ差し出した。


 茶を注ぐ音がするあいだ、二人とも口を開かなかった。


 茶碗を返す父の手から、カタリーナが自分で受け取る。


 アウグストがティーポットを卓へ戻すと、小さく音がした。


 カタリーナは茶を飲まず、今度は両手で茶碗を持っていた。


 アウグストの視線が、一度、庭へ向いた。


 葉の動きが止まりかけてから、父は娘へ顔を戻す。


「今は、どんな猟をしている」


 カタリーナの目が上がった。


「テレサと、それからクロエも連れていく」


「クロエ?」


「犬だ。匂いを拾う。テレサが地面の跡を見て、何が通ったかを確かめる」


 父の目がテレサへ移り、カタリーナへ戻った。


「二人と一匹で回るのか」


「ああ。クロエを見ているのはテレサだ。どちらへ回るかは、一緒に決める」


 カタリーナは茶碗を置いた。


「この間も、鹿の跡を見つけた」


「獲れたか」


「いや。姿は見たが、藪に入られた。枝が重なって、射線が消えたんだ」


 カタリーナの手が、テレサのいる側で少し上がる。


 弓を持つときの手だった。


「藪の先が沢へ落ちていた。クロエを入れると見えなくなると、テレサが止めた」


 手が下り、指が開いた。


「矢を外して、上から回ることにした」


 アウグストがテレサを見た。


「上からなら、鹿は見えたか」


「はい。もう沢の向こうまで行っていました」


 アウグストは頷き、娘へ向き直る。


「そこから、追わなかったのか」


「追わずに戻った。人が通ったあとだし、風も沢へ回っていた」


 カタリーナは父の顔を見て答えた。


 アウグストが茶を一口飲む。


 茶碗が卓へ戻るまで、カタリーナは待っていた。


「回らずに、下から射る場所はなかったか」


 カタリーナが身を乗り出した。


「そこは、帰りに見直した。テレサの小さい弓なら、枝の下で引ける」


 片手を立て、もう片方の手を、その上へ横から重ねる。


「こちらの大弓は、上がつかえる」


 アウグストの目が、重なった手へ向く。


「先にクロエを入れていたら、弓を引けずにいるあいだに、見えないところへ行ってしまう。あそこは止めてから回ってよかった」


 カタリーナの手が卓へ下りた。


 父はその手の近くにあった自分の茶碗を、脇へ寄せる。


「枝の下からなら、どこまで見えた」


 カタリーナは卓の端へ指を置いた。


「鹿が入っていったのは、こっちだ」


 アウグストの指が卓へ下りると、カタリーナはその手前にもう片方の手を置き、弓を引く場所を示した。


 テレサは椅子の脇で、卓の上を動く二人の指を目で追っていた。

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