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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第三部 御殿の見習い
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第63話 返す言葉

 翌日、カタリーナの居室へ呼ばれたテレサは、返事を待ってから扉を開けた。


 どくろんが肩の横を通り、テレサと並んで中へ入る。


 机の手前には、昨日ヨーゼフが持ち帰って渡した小紙と二通の封書が置かれていた。


 カタリーナは椅子に座ったまま、テレサへ顔を向ける。


「二人とも、少し待っていろ」


「はい」


『待機シマス』


 答え終えたどくろんが肩のすぐ上へ寄ってきたので、テレサは首を傾けた。


「そこ、髪に当たるよ」


『接触ハシテイマセン』


「当たってから言うたら遅いやろ。ちょっと離れて」


「もう少し右なら空いているぞ」


 カタリーナが指先で示した方へ、どくろんがずれる。


 テレサが向き直ったときには、その手は小紙へ伸びていた。


 カタリーナは畳まれた紙を開き、折り目に沿って指の腹を滑らせる。


「ここだ」


 持ち上げられた小紙が、テレサの方を向いた。


 次はどちらの菓子を送ってほしいかという問いを、テレサももう一度追う。


 カタリーナはその行を隠さないよう、紙の端を持ち直した。


「菓子の礼は返している」


 テレサが顔を上げると、カタリーナはまだ紙を見ていた。


「うまかったと書いた。これがあれば、ほかにも書くことがあったな」


 広げた小紙は大きくもなく、カタリーナの手に収まっている。


 その短い問いを知らないまま、品への礼だけを返していたのだ。


「丸い方とお返事されますか」


「どちらも好きだ」


 即答だったので、テレサは少し笑ってしまった。


 カタリーナも口の端を上げる。


「どちらかにしてくれと言われても、困るな」


「それも書き添えますか」


「そう書きたいところだ」


 さっきよりも緩んだ声で言って、カタリーナは問いの辺りを見直した。


 それから小紙を元の折り目で閉じ、机の上へ置く。


 次に取ったのは、兄からの封書の一通だった。


 カタリーナは薄い紙切りナイフを差し入れ、封を切った。


 もう一通には手をつけず、取り出した便りを自分の方へ開く。


 テレサは机から半歩下がった。


 紙を追っていたカタリーナの目が、途中で止まる。


「困ったことがあれば、知らせるように、とある」


 便りを持つ手が少し下がった。


「これも、戻れと言われているように聞こえる」


 カタリーナはテレサを見たが、すぐに視線を紙へ戻した。


「今読んでも、だ」


 テレサには、返す言葉が見つからなかった。


 机の上で、切り離された封の端が細く反っている。


 カタリーナは便りを一度伏せたあと、また表へ返した。


 そこから先は声に出さずに読み、最後まで目を通すと、開いたまま机の奥へ置く。


「返事を書く。もう少し待っていろ」


「お茶をお入れしましょうか」


「頼む」


 脇の盆には、茶器と湯飲みが用意されていた。


 テレサが茶器を取る間に、カタリーナは白紙を一枚、手前へ引き寄せる。


 細く注いだ茶が湯飲みの半ばを越えたところで、テレサは茶器を起こした。


 筆を持つ手に触れない側へ湯飲みを置くと、カタリーナが小さく頷いた。


 紙を押さえる左手が落ち着くより早く、筆が動きだす。


 テレサは盆を持って少し離れた。


 どくろんもその隣に浮き、何も言わずにいる。


 窓から差した光の中を、茶の湯気が上がっていった。


 廊下の足音が扉の前を通り過ぎても、カタリーナは顔を上げなかった。


 筆先が紙を擦る音が続く。


 一度インクを含ませ直したあと、カタリーナの手が、次の行へ下りた。


 そこを書き終えると、視線が今しがた筆の通ったところへ戻る。


「本家へ戻るつもりはない」


 書いた言葉を確かめるような声だった。


 筆は、その続きへ下りなかった。


 テレサは持っていた盆を脇の台へ戻し、手を離す。


 カタリーナは筆を持ったまま、開いてある兄の便りを引き寄せた。


 先ほどより長く、その紙を見ていた。


「……ここには、戻れとは書いていないな」


 筆先がゆっくりと紙から離れた。


「また、先に決めつけた」


 テレサは顔を上げたが、カタリーナの目は便りに向いたままだった。


 やがて筆が置かれる。


 カタリーナは書きかけの紙の乾いた角を持ち、机の脇へ移した。


 空いたところには、左手だけが残った。


「テレサ」


「はい」


「ヨーゼフを呼んでくれ」


 テレサは頭を下げ、どくろんと廊下へ出た。


 ヨーゼフを伴って居室へ戻ると、カタリーナは湯飲みを手にしていた。


 二人を見ると一口飲み、机へ置く。


「本家へ、会う時間を取ってほしいと伝えてくれ」


「ご当主様に、でございますか」


「兄と母に」


 カタリーナはそこまで言って、湯飲みから手を離した。


「父とも話したい」


「かしこまりました。ご都合を伺います」


 ヨーゼフの声を聞きながら、テレサは机の奥に開かれた便りを見た。


 カタリーナが返書を置いた方には、筆も横たわっている。


「返事は、会ってからにする」


 カタリーナはヨーゼフへ顔を向けたまま言った。


「ここで書いて、預けて終わりにしたくない。本人に聞きたいことがある」


「その旨も、お伝えいたします」


 ヨーゼフが一礼すると、カタリーナはテレサへ顔を向けた。


「おまえにも、一緒に来てもらおう」


 テレサは背を伸ばす。


「初めに、受渡しのことを確かめる。聞いていた説明と、実際に渡ったもののことだ」


 カタリーナの手が、机の上の小紙に触れた。


「そこに立ち会ってくれ」


「承知しました」


 それならば、テレサにも話せることがある。


「ご家族のお話になりましたら、外でお待ちします」


「そのときにも、いていい」


 テレサは次の返事をしかけて、口を閉じた。


 カタリーナは言葉を取り消さず、テレサを見ている。


(家族だけで話したいことも、あるのでは)


 机の前で揃えていた指に、少し力が入った。


「それは、向こうにも確かめる」


 カタリーナが続けた。


 テレサは手の力を緩めた。


 受渡しの説明なら、答えることを考えておける。


 そのあとの話に何を求められるのかは、まだ分からなかった。


 けれど、カタリーナはそのときにもいていいと言った。


「はい。ご一緒します」


「では、ヨーゼフ。それも頼む」


「受渡しの確認と、その後の同席につきましても、本家にお伺いいたします」


「それでいい」


 ヨーゼフは日取りの返事があり次第知らせると告げ、居室を出ていった。


 扉が閉まったあとも、カタリーナはしばらく椅子に座ったままだった。


 テレサは盆に残った茶器の蓋を確かめ、取っ手を内側へ向けておく。


 机の方で紙の音がした。


 カタリーナは読んだ兄の便りを畳み、封を切った封筒へ戻していた。


 その下へ、まだ封の残るもう一通を揃える。


 母の小紙を二通の上に置いたところで、手が止まった。


「これは持っていく」


 テレサへ見せるように、カタリーナは三つをまとめて少し持ち上げた。


 それから、書きかけの返書とは離れた場所へ置く。


 小紙の端が封筒からはみ出すと、指でそっと押し戻した。


「日取りが決まったら、また呼ぶ」


「はい」


 カタリーナは湯飲みを取り、空いた手を持参する便りのそばに置いた。


「下がっていい」


 テレサは軽く頭を下げた。


 どくろんが肩の横へ来る。


 今度は、首を傾けなくても髪に触れない場所だった。


「失礼します」


 下がるとき、テレサの視線はもう一度、机の端を通った。


 書きかけの返書と、持っていくために揃えられた便りが、別々の場所にある。


 どくろんを廊下へ先に通して、テレサは静かに扉を閉めた。

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