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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第三部 御殿の見習い
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第62話 届かなかった言葉

 カタリーナが小さな紙を開いた。


 折り目を伸ばした指が、そのまま端に止まる。


「母の字だ」


 ヨーゼフは机の脇で頷いた。


「どちらを送ってほしいか、返事をくれとある。次は選んだ方を送る、と」


 カタリーナは紙をテレサの方へ向けた。


 菓子を二種類送ったことと、今の好みを尋ねる短い言葉。


 帰ってこいとは、どこにも書いていなかった。


「ルートガー。これも預かっていたのだな」


「はい。ロザリンデ様からのものとして、菓子の包みと一緒にお預かりしました」


 ルートガーは机の向こうに立っていた。


 袋を持つ手は下がり、もう一方の手が、その上に添えられている。


 テレサは紙から顔を上げた。


「奥様には、お渡しにならなかったんですね」


「お渡しする折を見ておりました」


「菓子は、届いていたぞ」


 カタリーナが言った。


「二つとも食べた。礼も伝えるよう頼んだ」


「はい。お礼は承っております」


 ルートガーは少し頭を下げた。


 テレサは腰の袋へ手を伸ばす。


「奥様、どくろんにも確かめさせてください」


「ああ」


 袋を開くと、どくろんが浮き上がった。


「もう話していいよ。今回の紙と、受渡しについて聞いたことだけ補って」


『了解シマシタ』


 どくろんは肩の横で止まった。


 テレサはルートガーへ顔を戻す。


「私が食べ方を話したら、選んだ返事だと思われました。それで、奥様に伺いました」


 カタリーナが紙へ目を落とす。


「紙は受け取っていない。質問も知らなかった」


「はい」


 テレサは頷いた。


「その方は、お母様から預かった紙を、自分でルートガー様へ渡したと話していました」


『紙ノ文面ハ知ラナイト、答エテイマス』


 ルートガーの目が、どくろんへ動く。


「あのときは、その紙に何が書かれていたのかまでは分かりませんでした」


 テレサはヨーゼフへ目を向けた。


「お母様が何を預けられたかも、別に確かめてもらいました」


 テレサは机の小紙を見る。


「今は、お母様が託された紙だと確かめられて、ここにあります」


「ロザリンデ様にも、これをご覧いただいております」


 ヨーゼフが答えた。


 カタリーナは紙を自分の前へ戻す。


「答えなかったのではない。聞かれたことを知らなかったんだ」


 ルートガーは顔を上げた。


「いずれの品も、お届けするよう承ったとおりにお渡ししております」


「それは、合っていました」


 テレサは、脇へ置いた帳面に手を添えた。


「さっき確かめた品も、書状も。けれど、この紙は別です」


 帳面の表紙から手を離す。


「品が揃っていることを、紙も届いたことにはできません」


 ルートガーはすぐには答えなかった。


 カタリーナが二通の便りを表へ返す。


「兄の便りも、折を見ていたのか」


「はい」


「これも、受け取っていない」


 一通ずつ宛名を見て、机へ戻した。


 どちらにも、同じ人の名が書かれている。


「ヨーゼフ。兄が、ルートガーへ渡したものなのだな」


「ご本人に、宛名と封を確かめていただきました。正式なお便りとは別に、お託しになったものとのことでございます」


 ルートガーは二通へ目を向けた。


「相違ございません」


 テレサは封の残った便りを見た。


 母の小紙だけではなかった。


「前に預かったものも、同じ戸棚にあったんですね」


「はい。わたくしが立ち会ったとき、三つともそこにございました」


 ヨーゼフの返事を聞き、テレサはルートガーへ向き直る。


「今回だけ、渡し忘れたのではないんですね」


「忘れたのではございません」


 ルートガーは手を揃え直した。


「家の用件を、滞りなくお伝えするのが務めでございます。行き違いを増やすおそれのあるものは、時機を見ておりました」


 カタリーナは母の紙を二通の隣へ置いた。


「菓子の好みを聞くと、行き違いが増えるのか」


「返事をお待ちになれば、届かぬことを案じられます」


「だから、質問を渡さなかった?」


 ルートガーは短く頭を下げた。


「必要な取次は、欠かしておりません」


 テレサは、通りで話した人の笑顔を思い出した。


 二つとも食べたと聞いて、よかったと言った。


「答える前に、届いていませんでした」


 口に出すと、カタリーナがこちらを見た。


「それなのに、返事がない方の話になっていたんです」


 カタリーナはしばらく小紙を見ていた。


「丸い方だと、答えれば済んだ話だな」


 指が、紙の折り目をなぞる。


 テレサは頷いた。


「そのお答えは、前に伺えました」


「ああ」


 カタリーナは手を離し、ルートガーへ顔を上げた。


「この二通には、何が書かれている」


「封は、開いておりません」


「読むまでもなく、渡さないと決めたのか」


 ルートガーの視線が、便りからカタリーナへ戻った。


「正式なご用件とは別のお便りと、承っておりました」


「そういうものだから、留めたのだな」


「お捨てしたのではございません。大切にお預かりしております」


 テレサは二通の端へ目をやった。


 紙は折り目に沿って畳まれ、封も残っている。


 この人が言ったとおり、捨てられてはいなかった。


「それでも、宛先の方は受け取れませんでした」


 ルートガーはテレサを見た。


 先日のように、誰の用向きなのかとは尋ねなかった。


 机の向こうに、その宛先の人がいる。


――


 カタリーナが書状を一通、手前へ引いた。


 封には触れず、宛名だけをもう一度見る。


「届いた方の言葉も、同じように選んだのか」


「家の用件を、分かりやすくお伝えしてまいりました」


 ルートガーが答えた。


 テレサは、前に取次で聞いた声を思い出す。


「先代様についても、ご様子を説明されたのですか」


 ルートガーの顔が、こちらへ向いた。


「前に、当主様のご判断に異論はないとおっしゃいました。それは、先代様からの伝言だったのでしょうか」


「ご様子を申し上げたものでございます」


 カタリーナが書状から目を上げた。


「父が、そう伝えろと言ったのではないのだな」


「はい」


 テレサは開きかけた口を閉じた。


(うちは、それを父親の返事として聞いてたんやな)


 カタリーナの手元には、兄の便りが伏せて置かれている。


 カタリーナは、まだその封を切っていない。


「こちらの返事も、お前に預けていたな」


「承っております」


「戻らないとも言った。それは変わらん。だが、それ以外のことまで、お前が決めるな」


 ルートガーはカタリーナへ向き直った。


「先代様の代から、家の用向きが滞らぬよう努めてまいりました」


「知っている」


「ご主人を亡くされた折にも、今後のお暮らしを案じ、縁談と分家の整理を申し上げました」


 カタリーナの指が、書状から離れた。


 テレサは、二人を交互に見る。


「断ったな」


「人前で、お退けになりました」


 ルートガーの声は、低くなっても丁寧なままだった。


「家のためと申し上げても、お聞き入れいただけませんでした」


「聞いて、断ったんだ。縁談も、ここを畳むことも」


 カタリーナは、母の紙を机の真ん中へ戻した。


「それと、これを渡さなかったことが、どうつながる」


「当主様のお考えも、お変わりではございませんでした。重ねて言葉をお届けしても、また――」


「断られると?」


 ルートガーは口を閉じた。


 テレサは小紙から目を上げる。


 どちらの菓子がよいかという問いの前で、昔の縁談の話が続いていた。


 カタリーナは机に置いた手を引いた。


「受け取って、どう答えるかは、受け取った人間が決める」


 少し間を置き、ルートガーを見る。


「お前の返事ではない」


 ルートガーの手が、袋の持ち手を揃えた。


 カタリーナは、伏せてあった本家からの書付をヨーゼフへ渡す。


「伝えてくれ」


 ヨーゼフは文面へ目を落とし、ルートガーへ向き直った。


「当主様より、本家と当家との連絡の任を外すとのお達しでございます。お預かりの記録と品は、本家で引き継ぐようにと」


 ルートガーは一礼した。


「当主様のご指示、承りました」


「こちらでも、今後の取次は任せない」


 カタリーナが告げた。


「今日確かめた記録は、そのまま引き継げ。届かなかったものと、混ぜるな」


「かしこまりました」


 ルートガーは机の便りへ、もう一度目を向けた。


 手は伸ばさなかった。


 自分の袋の口を確かめ、控えの端が折れないように収め直す。


 テレサは、戸へ向かう道から一歩退いた。


 ルートガーはカタリーナへ頭を下げ、部屋を出ていった。


 戸が閉じると、廊下の足音が少しずつ遠ざかった。


――


 テレサは机の脇に寄せていた帳面を取り、ヨーゼフへ返した。


「こちらを」


「お預かりします」


 受け取った執事が表紙を閉じる。


 テレサは腰の袋を開き、どくろんへ手を差し出した。


「戻っていいよ」


 どくろんが下りてくる。


「そのままでいい」


 カタリーナの声に、テレサは顔を上げた。


「奥様?」


「出ていていい」


 どくろんは袋に入る手前で止まっていた。


 テレサはその底へ添えかけた手を引く。


「どくろん、今は出ていて」


 呼ばれた顔が、肩の横まで戻った。


 カタリーナは二人を見た。


「あいつに言い返していると、いつもあの調子になるのか」


 テレサは袋の口を持ったまま、少し目を下げる。


「話しているうちに、長くなることがあります」


「書付を作ったときも、短くしろと頼んだのに、自分で足していたな」


「……はい」


『説明ハ、必要デシタ』


 テレサは横の顔を見た。


「せやろ。何を知ってて何を知らんかまで言わな、分からへんやん」


「今もだな」


 カタリーナが少し笑った。


 テレサは言いかけたまま、カタリーナを見た。


「この家でも、そのままでいい」


「仕事の間も、そばへ出しておけ。話して構わん」


 テレサは空の袋へ目を落とした。


「普段も、ですか」


「ああ。用事があれば、二人に聞けば済む」


 カタリーナはヨーゼフへ顔を向ける。


「グレーテとマルセルにも、そう伝えてくれ」


「承知いたしました。作業の物には当てぬよう、その点は従来どおりで」


「はい。気をつけます」


 テレサが答えると、カタリーナは頷いた。


「それでいい」


 袋の口を閉じる。


 いつもならそこに収まるどくろんは、肩の横に浮いたままだった。


 テレサは少し顔を向け、もうしまうようには言わなかった。


 カタリーナが、母の紙を取り上げる。


 折り目に沿って畳み、今度は自分の手元へ置いた。


「聞かれたら、答えたのにな」


 テレサは小さく頷いた。


 カタリーナの手が、兄の便りへ移る。


「だが、兄が戻れと言ったことまで、なくなったわけではない」


「はい」


 封の縁へ指が置かれた。


 カタリーナはしばらくそこを見てから、二通を母の紙と並べた。


 どくろんも、何も言わなかった。


 机の端にあった便りは、もうカタリーナの手の届くところに揃っていた。

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