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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第三部 御殿の見習い
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第57話 それだけ並べたら

 森でカタリーナと話してから、数日が過ぎた。


 その日も仕事を終えたテレサは、犬舎でクロエの餌と水を整えていた。


「はい、食べていいよ」


 器へ顔を寄せたクロエのそばで、空になった水の器を満たす。


 食べ終わるのを待って口元を布で拭くと、クロエはその手に鼻を寄せた。


「もうついてないよ」


 鼻先を避けて布を引き、空いた手で頭を撫でる。


 手を離しかけると、指の下へまた鼻が来た。


「これでおしまい。また明日ね」


 もう一度だけ頭を撫で、クロエが水を飲んだのを見届けてから、テレサは犬舎の外へ出た。


 戸を閉めると、今日の仕事は終わった。


 私室に戻ったテレサは、一緒についてきたどくろんへ顔を向ける。


「どくろん、もうしゃべっていいよ」


『了解シマシタ、ますたー』


 聞き慣れた声に頷いて、長く息を吐いた。


「……終わった」


 壁に肩を預け、さっきクロエに触れた手を開く。


「クロエ、どっちの手にも来たね」


 テレサは掌を見たまま、少し笑った。


 壁から肩を離し、仕事着の袖に手をかける。


 普段着へ着替えても、どくろんはそばにいた。


 脱いだ仕事着の濃い色の袖を畳み、白い襟を軽くならす。


「明日の分も出そう」


 テレサは手持ちの替えの衣服を寝台へ寄せた。


 まとめていた紐を解き、そばへ置く。


 どくろんはその横に浮かんでいた。


 使う服を取り出し、残りを畳み直したところで、テレサは空いた手を寝台の上へ伸ばした。


「あれ」


 さっき置いた紐が見当たらない。


 手を一度引いて、どくろんを見上げる。


「紐、どこ置いたか見てた?」


『畳ンダ服ノ脇デス』


「この横?」


『ハイ。布ノ陰ニ、端ガ出テイマス』


 言われた方へ目をやると、服の脇に紐の端が見えた。


 布を少しずらして引き出す。


「ありがと、助かった」


 テレサは見つかった紐をどくろんの方へ見せてから、手元に置いた。


 次の服を広げ、重なった布を揃える。


『袖ガ外ニ出テイマス』


 ちょうどその袖を取ろうとしていた指が、少し止まる。


「細かすぎる」


 テレサは途中の服を持ち上げ、まだ揃っていない方をどくろんへ向けた。


「先にこっちを揃えるねん。そのあとで袖を入れる」


『コレカラノ手順デスカ』


「そう。ここがずれたままやと、袖だけ入れても畳みにくいやろ」


 服を寝台へ戻し、布を重ね直す。


「これでええ。ほいで、袖」


 袖を内側へ折る。


『袖ハ収マリマシタ。裾ガ残ッテイマス』


「うん、次はここ」


 手を動かしたまま答え、テレサは裾をつまんだ。


「余計なお世話」


『今ノ発言モ、苦情ニ該当シマス』


「それもって。うち、そんなに文句言うてる?」


 どくろんへ顔を上げる。


「今うちが言うた文句、挙げてみて」


『「細かすぎる」「余計なお世話」ノ二件デス』


 声にされると、ずいぶん愛想のない二つだった。


 テレサは畳みかけの服から手を離した。


「それだけ並べたら、うちら仲悪いみたいやん」


 どくろんはすぐそばに浮かんでいる。


 その前で、見つけてもらった紐を持ち上げた。


「最初はうちが聞いたんやろ。これ、どこ置いたか見てたって」


『ハイ』


「あんたが教えてくれたから見つかったし、助かったって、お礼も言うたやん」


『ハイ』


「そこまで抜かしたら違うわ。うちがずっとあんたに文句言うてるだけになるやろ」


 紐を持った手でどくろんを指しかけ、テレサは手を下ろした。


『求メラレタノハ、今ノ文句デス。相談ト礼ハ、ソノ分類ニ含マレマセン』


「いや、そういう……」


 言い返そうとした口が止まる。


 細かすぎる。余計なお世話。


 二つとも、確かに言った。


 挙げてみてと頼んだのも、たった今だ。


「……あかん。うちが聞いたんやった」


 そこで息が漏れた。


 口元を押さえたものの、今度は肩が揺れる。


「うち、あんたに何の弁解してんねやろ」


 テレサはとうとう声を出して笑った。


 紐を寝台へ戻し、服を脇へ寄せて腰を下ろす。


 立ったままでは気にならなかった足の重さが、座ると分かった。


「ああ、おかし……」


 笑い終わるまで、畳みかけの服はそのままにしておいた。


 どくろんは、さっきと変わらない近さにいる。


 顔を向けると、また少し口元がゆるんだ。


「うち、まだ笑うてる?」


『口元ガ上ガッテイマス』


 テレサは指で口元に触れた。


「そっか。もう止まったつもりやったわ」


 指を離してどくろんを見ると、また息が漏れる。


 今度は押さえずに、笑いが引くのを待った。


「せやけど、紐は助かったんやで」


『了解シマシタ、ますたー』


 テレサは頷き、両手を寝台について足を前へ出した。


 さっき寄せた服が、手のすぐ隣にある。


「これ、座ったままでも畳めるな」


『衣服ハ、手ノ届ク範囲ニアリマス』


「ほんなら、このままで」


 途中だった服を膝へ引き取る。


 裾を畳んでいる間、今度は何も言われなかった。


 畳み終えた服を脇へ置き、テレサはどくろんへ顔を上げる。


「できた」


『畳ミ終エタコトヲ確認シマシタ』


「あと、こっちだけやな」


 次の服へ手を伸ばす前に、肩をゆっくり回した。


 テレサは明日着る服を膝へ引き取った。


 急ぐ用はもうなく、載せた布の重さも軽かった。


 しばらく黙って手を動かしていると、服の擦れる音がした。


 服を広げ、襟の形を整える。


 指を端まで滑らせたところで、手が止まった。


「……奥様のこと」


『ハイ』


「うち、家族の仲が悪いんやって、言うてたやろ」


『ますたーノ見立テデス』


 襟を押さえたまま、どくろんを見る。


「せやけど、うちがそう思うたんも、理由はあるんやで」


 言ってから、膝の上の服へ目を落とした。


「本家へ帰るのを断って、この家も畳まへんって。お兄さんへの返事も硬かったし」


 そこで一度、言葉を切った。


「犬を失った時のことも、お父さんには何も言われへんかったって。あとも犬のことは話さんかったって、奥様が話してくれたやん」


『聞イテイマス』


「それで、家族の間では話が止まったままなんやって、うちは思うてた」


 押さえていた指を離すと、襟の端が少し戻った。


「そやから、うちは……」


 戻ったところをならそうとして、テレサは手を止めた。


 カタリーナが母からの菓子を楽しんでいた時の顔が浮かぶ。


「せやけど、お母さんのお菓子は喜んではったな」


『ハイ』


「好みをよう覚えてくれてる、って」


 断る言葉を口にした時とは違う顔も、見ていた。


 テレサは膝の上へ手を置く。


「お菓子も、この家のお金のことも、お礼を伝えてって言うてはった」


 いったん揃えた布の端が、膝の上で少しずつずれていく。


「でも、お礼くらい、仲が悪うても言うやろ。家の付き合いはあるんやし」


 言いながら布へ手を戻し、そこで指を止めた。


「……その、家の付き合いやからっていうのは、うちが言うただけやな」


 どくろんへ向き直る。


「奥様がそう言うたわけやないわ」


『礼ヲ託シタ理由ハ、確認デキテイマセン』


「うん。うちは、それで済ませてた」


 テレサはずれた布を重ね直した。


 端を揃えても、まだ畳む方へ手が進まない。


「お菓子もろて喜んでたから仲ええはずや、とは言われへんけど……」


 少し考えて、どくろんを見る。


 浮かんだ言葉をすぐ口にする代わりに、もう一度、膝の上の服へ目を落とした。


 手元には、さっき見つけてもらった紐もある。


「うちらのことやったら、うちが言えるやん。さっき頼ったんも、助かったんも、お礼言うたんも。そこ抜かすなって」


 紐を拾おうとした手を、服の上へ戻す。


「奥様たちの普段を、それくらい知ってるわけやないんやな」


『家族ノ日常全体ハ、確認デキテイマセン』


「……そやな」


 テレサは襟をもう一度ならし、服を畳んだ。


 明朝着る分を揃えて脇へ寄せ、残りの衣服は紐でまとめる。


「よし。明日はこれでいい」


 膝の上が空いた。


 テレサは寝台へ足を上げ、毛布を膝に引き寄せた。

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