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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第三部 御殿の見習い
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第53話 同じ側

 カタリーナの父の話を聞いた日から、数日が過ぎた。


 午後、テレサは茶を載せた盆を持って、取次の間へ向かった。


 戸を叩き、返事を待つあいだに、腰の袋へ声を落とす。


「呼ぶまで、静かにしていてね」


 中からは何も返らない。


 入れ、という声を聞いて戸を開けた。


 カタリーナは卓で書類を読んでいた。


 カタリーナが卓の紙を脇へ寄せる。


 空いたところへ盆を置き、器を主人の前へ移した。


 茶器の蓋を押さえて注ぐと、湯気が手の甲をかすめる。


「奥様」


「なんだ」


 注ぎ口を上げ、最後の雫が落ちるのを待った。


「本家へ戻るように言われたのは、前からなんですか」


 カタリーナは紙から目を上げた。


「兄の話か」


「はい」


 茶器を卓へ置き、テレサは空の盆を手に取る。


 カタリーナは茶をひと口飲んだ。


「夫が死んだあとだ」


 器が受け皿へ戻る。


「分家は畳む。本家へ戻れ。そう言われた」


「そのとき、初めて聞かれたんですか」


「ああ。戻るかどうかを聞かれたわけではないがな」


 テレサは盆の縁へ目を落とした。


 帰ってくるか、ではなく、帰ってこい。


 受け取り方が違うだけの話には思えなかった。


「ここを片づけることも、ですか」


「まとめてだ」


 カタリーナは窓のほうへ顔を向けた。


「夫がいなくなったら、残ったものは畳んでしまえばいい。そう聞こえた」


 外から入ってきた風が、紙の端を持ち上げる。


 カタリーナが手を置くと、紙は静かになった。


 テレサは、その手を見ていた。


 この御殿には、朝になると開ける戸も、夕方に火を入れる灯りもある。


 畳むと言われた中には、そういうものも入っている。


「奥様は、どうお返事をされたんですか」


「ここは残す。戻らない、と」


 カタリーナはそこで一度言葉を切った。


「それだけでは済まなかったが」


 テレサが顔を上げる。


「もう兄ではなく、本家の当主なのですね、と。」


 いつもより整った言葉が、かえって強く聞こえた。


「……そこまで、言われたんですか」


「向こうも、はっきり言ったからな」


 紙を押さえていた手が離れ、茶の器を取る。


 テレサは、兄と的当てをしたという話を思い出した。


 弓では勝っていたと話すとき、カタリーナは得意そうに笑っていた。


 あの相手へ、今の言葉を返したのだ。


「今は、家の用事だけなんですか」


「ほとんどはな。必要な話はする」


「それ以外は……」


 声が小さくなった。


 カタリーナはこちらを見て、少し眉を上げる。


「聞きたいことが増えたな」


「すみません」


「いい。答えたくなければ、そう言う」


 テレサは盆を持ち直した。


 カタリーナは器へ口をつけ、今度はしばらく茶を飲んでいた。


 急かす声はなかった。


 テレサも、次の問いを探すのをやめる。


 器が下りると、残った茶は底に少しだけだった。


「お足ししますか」


「頼む」


 盆を卓の端へ戻し、茶器を持ち上げる。


 カタリーナが器を寄せてくれたので、紙を避けて腕を伸ばす必要はなかった。


 注ぎ終えると、主人は茶を手元へ引く。


「茶器は置いていけ。まだ飲む」


「はい」


 テレサは茶器を紙から離れたところへ置いた。


 盆を持って戸口へ下がる。


 カタリーナは書類を取り上げ、さっき読んでいたところへ指を戻していた。


――


 その夜、クロエの水と餌を整えて犬舎を閉めたあと、テレサは私室へ戻った。


 袋を外して寝台へ置き、普段着に着替える。


 仕事着を膝へ広げてから、袋の口を開いた。


「どくろん、もうしゃべってええよ」


 青い眼窩が、寝台の上へ浮き上がる。


「今日の、奥様の話な」


『兄君ニ返シタ言葉デスカ』


「うん。あそこまで言うてたんやな」


 袖を内側へ折りかけ、テレサは手を止めた。


「お兄さんと仲悪いんは、思ってたより前からやったんや」


『ココデ働ク前ノ出来事デス』


「せやな。うちが見てたんは、そのあとのやり取りや」


 窓を直す話の途中で、本家へ戻るようにという話が出た。


 あのときにはもう、同じ返事を繰り返していた。


「でも、お兄さんだけやないんちゃうかな」


『誰ノコトデスカ』


「お父さん」


 テレサは折りかけの袖を膝へ戻す。


「この前、奥様から聞いたやろ。お兄さんとのこと、どう見てるかって」


『使者ヲ呼ビ止メテ、尋ネマシタ』


「そう。帰る直前にな」


 テレサは顔を上げた。


「弓を教えてくれたお父さんやで。その人が何を考えてるか、ほかの人に聞いてるんや」


『距離ガアル、ト考エテイマスカ』


「うん。返ってきたんも、お兄さんの判断に異論なし、やったし」


『父君自身ノ発言デハアリマセン』


「使者の説明やろ。そこは分かる」


 カタリーナは返事を聞くと、手を膝へ下ろした。


 父へ何か伝えるのかと思って、テレサは戸のところで待っていた。


「せやけど、奥様も、それで聞くんやめてしもた」


『父君ヘノ伝言モ、託シマセンデシタ』


「……前から、何かあったんかもしれん」


 今度はどくろんも答えず、こちらを向いていた。


 テレサは仕事着の左右の袖を揃える。


「お母さんのときも、似てたな」


『菓子ガ届イタ日デスカ』


「うん。お兄さんとの今の関係を、よく思ってへんって話やったやろ」


『ソウ説明サレマシタ』


「そしたら、戻れって話なら同じ返事や、って。お母さんにもそう伝えてくれって言うた」


『母君ガ戻レト命ジタ、トハ聞イテイマセン』


「せやな」


 テレサは口を閉じた。


 その違いはある。


「でも、奥様には、またその話やと思えるくらい、同じことがあったんちゃう?」


『過去ノヤリ取リハ未確認デス』


「そこは、うちがそう思っただけや」


 どくろんは少し下がり、膝の前へ来た。


『母君ハ、菓子ヲ選ビ直シテイマス』


「それなんよなあ」


 テレサは背を壁へ預けた。


「好きなん覚えてて、わざわざ送ってるんやもんな」


 箱を覗いたカタリーナの声は、弾んでいた。


 けれど、兄の話が出ると、あの笑みは消えた。


「お兄さんも、維持費の援助は認めてる」


『窓ノ補修ニ使ウト、奥様ガ決メマシタ』


「畳め言うてる家を直すん、認めてるんや」


 テレサは仕事着を二つに折った。


 その上へ両手を置く。


「仲悪いんやったら、何もせんでええ気もするけど」


 どくろんは、続きを待っている。


「……他人やったらな」


 テレサは顔を向けた。


「家族やったら、嫌やからもう知らん、では済まへんのかもしれん」


『家族デアルコトハ変ワリマセン』


「うん。御殿も、同じ家の名前やし」


 折り目を押さえていた手を離す。


「家として放っとかへんのと、家族として仲良うするんは、別なんちゃう?」


『ソレハ解釈デス』


「分かっとる。今、考えてるとこや」


 どくろんは口を閉じた。


 テレサが仕事着を寝台の脇へ置くあいだも、黙って待っている。


 顔を上げると、青い眼窩がすぐそこにあった。


「そんな待たんでもええ」


『考エ終ワルノヲ待ッテイマス』


「せかしてへんのに、せかされてる気になるわ」


 どくろんが少し離れた。


 テレサは笑って、空いた膝へ手を置く。


 指先で寝台の縁を叩き、途中で止めた。


「完璧に理解した。」


『説明ヲ聞キマス』


「この家、仲悪いんや」


 どくろんへ向き直る。


「奥様と、本家の人ら。お兄さん一人と喧嘩してるんやと思ってたけど、そうやない」


『父君ト母君モ、デスカ』


「うん。お父さんと奥様の間にも、何かあった。そこへ、お兄さんとのあの話があって、お母さんも奥様の味方にはならん」


『ソノ順序ハ確認デキテイマセン』


「何が先かまでは分からん。でも、最近一回喧嘩しただけやったら、あんなふうにはならんやろ」


 テレサは両手を膝の上で重ねた。


「昔のことは笑って話せる。けど、今のことになると、三人とも遠い」


『菓子ト援助ハ、ドウ説明シマスカ』


「家の付き合いや」


 今度は迷わなかった。


「仲悪うても、身内としてやることはやる。外から見たら、ちゃんと面倒見てるようにもなる」


『ソノ意図ハ未確認デス』


「せやけど、それなら両方つながるやん。物は来るのに、話になると冷たいんも」


 声に出すと、ばらばらだった話が一つに収まった。


「奥様も、家の用事には返事する。でも、兄やなくて当主として返す」


 テレサは少し声を落とした。


「家族なんは変わらへんけど、もう仲良う話す相手やないんや」


 どくろんの青い光が、膝へ落ちる。


『今ノ話ニハ、ますたーノ推測ガ含マレテイマス』


「うん」


 テレサは頷いた。


「何があったかは知らん。でも、どういう関係なんかは、分かった気がする」


 仕事着の襟が、畳んだ端から少し出ていた。


 指で中へ収める。


『奥様ニ、ソウ伝エマスカ』


「言うわけないやろ」


 手を止めて、どくろんを見た。


「家族と仲悪いんですね、なんて、よう言わんわ」


『デハ、何ヲシマスカ』


「別に、仲直りさせようとは思わんよ。頼まれてへんし」


 テレサは仕事着から手を離した。


「ただ、こっちまで遠巻きにせんでもええやろ」


『コッチ、トハ』


「うちら」


 どくろんの眼窩を指し、それから自分を指す。


「明日も普通に仕事して、聞かれたら返事して。狩りに行ったら、一緒に歩いたらええ」


 窓の外から、葉の擦れる音がした。


 テレサはしばらく、その音を聞いていた。


「今日も、普通にお茶飲んではったしな」


 話を切り上げたあと、カタリーナは器を手前へ寄せてくれた。


 また茶を頼まれたら、同じように運べばいい。


 テレサは寝台脇の仕事着を、明日の朝に取りやすい向きへ直した。

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