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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第三部 御殿の見習い
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第52話 父のこと

 カタリーナの母から菓子が届いて、三日が経った。


 テレサは用口の受け台を拭き終えた。


 布を畳んでいると、グレーテが棚の前を通る。


「今日は、ここまでです」


 前掛けを返し、庭へ出た。


 カタリーナが弓を持って、的場のほうへ歩いている。


 こちらに気づくと、足を止めた。


「終わったのか」


「はい」


「少し射つか」


 テレサは弓を見て、顔を上げる。


「持ってきます」


 部屋へ戻って着替え、自分の弓と矢筒を取った。


 袋のどくろんに、呼ぶまで声を出さないように言う。


 的場へ戻ると、カタリーナは弦を確かめていた。


 テレサも弓を起こし、矢を一本取る。


 先に立ったカタリーナが射ち終わるのを待って、同じところへ進んだ。


 的の真ん中より少し上に、矢が刺さっている。


 自分の矢をつがえ、弦を引いた。


 指を離すと、弦の音が頬のそばを通る。


 矢は、先に刺さった一本の下へ入った。


 カタリーナは的を見たまま、次の矢を指で回している。


「もう一本ずつで、取りに行こう」


 テレサは脇へ下がった。


 続く一矢は、さっきより真ん中へ寄る。


 次に立ったテレサの矢は、少し右へ逸れた。


 弓を下げると、横から声がした。


「行くか」


 二人とも弓を置いてから、的へ歩いた。


 近くで見ると、思っていたより右にある。


 テレサは自分の矢の根元を持ち、まっすぐ抜いた。


 隣ではカタリーナが、片手で的を押さえている。


「奥様は、どなたに習ったんですか」


「弓か。父だ」


 抜いた矢をまとめ、もう一本へ手を伸ばす。


「小さいころは、父の狩りについて歩いていた」


「お兄様もですか」


「兄より、よくついていったな」


 最後の矢が抜け、的がわずかに揺れた。


 カタリーナはその揺れを手で止める。


「お前くらいのころには、行くなと言われても行きたかった」


 こちらを見て、口元を上げた。


 テレサは矢についた藁を払う。


「今も、よく行かれますね」


「今は止められんからな」


 カタリーナが笑った。


 テレサも少し笑い、弓を置いたところへ戻る。


 カタリーナはすぐには弓を取らず、矢羽を指で撫でていた。


「兄とも、的当てはしたぞ」


 テレサは足を止めた。


 御殿を片づけて戻れと言ってくる、本家の当主。


 その人が隣に立って矢をつがえる姿は、まだうまく思い浮かばない。


「どちらが、よく当てたんですか」


「決まってるだろう」


 返事が早かった。


 カタリーナはこちらへ顔を向け、少し顎を上げる。


「兄には、弓で負けたことがない」


「そうなんですか」


「そのうち、剣のほうへ行った」


 テレサは弓を取り上げた。


「剣では、どうだったんですか」


 矢羽を撫でていた指が止まる。


「今は、弓の話だ」


「……はい」


 テレサは的へ向き直った。


 つがえようとした矢が、弓の上で少し跳ねる。


 唇を結び直すと、横でカタリーナが笑った。


「そんな顔をするなら、聞くな」


「先に言われたので」


「弓の話をな」


 今度は、テレサも笑ってしまった。


 矢を下ろし、息を整える。


 カタリーナも弓を手にして、横で待っていた。


 少し前まで、兄の話でこんなふうに笑う人だとは知らなかった。


 テレサは改めて的を見る。


 さっきの矢を抜いた穴が、右側に残っていた。


 今度はそこへ目を取られないようにし、真ん中へ矢先を合わせた。


 放った矢は、先ほどより内へ刺さる。


 息を吐いて脇へ下がると、カタリーナが入れ替わりに立った。


 引き分けた弓が、そこで静かに止まる。


 テレサは的より先に、その横顔を見た。


 この人の父も、隣でこうして見ていたのだろうか。


 弦が鳴った。


 顔を戻すと、自分の矢のすぐ上に、もう一本が揺れている。


「見ていたか」


「はい」


「では、取りに行こう」


 カタリーナが弓を下ろす。


 テレサも弓を置き、並んで歩いた。


 最後の矢を抜いて戻るころには、的の下まで木の影が伸びていた。


――


 それから二日後の午後、ルートガーが本家の書状を持ってきた。


 グレーテに茶を頼まれ、テレサは盆を運ぶ。


 廊下で腰の袋へ声を落とし、呼ぶまで黙っているように言った。


 取次の間へ入ると、カタリーナの向かいにルートガーが座っていた。


 書状を両手で差し出すところだったので、テレサは脇で待つ。


 カタリーナが受け取り、封を開いた。


 そのあいだに、卓の空いたところへ茶を置く。


「こちらに、返事を書く」


「かしこまりました」


 カタリーナは脇の紙を引き寄せた。


 ペン先をインクにつけ、書き始める。


 テレサは空の盆を抱え、戸のそばへ下がった。


 ルートガーは茶を一口飲み、器を戻す。


 紙を擦る音が止まるまで、誰も話さなかった。


 カタリーナは書いたものへ目を通し、紙を折る。


 封をして差し出すと、ルートガーが受け取った。


「確かに、お預かりいたします」


 返書が鞄に収まり、留め具が閉じる。


 ルートガーは椅子を戻して立ち上がった。


 テレサも戸へ手をかける。


「待て」


 カタリーナの声に、二人とも止まった。


 ルートガーが卓のほうへ向き直る。


「父は、この件をどう見ている」


 カタリーナは座ったまま、相手を見ていた。


「兄とのことだ」


「先代様も、本家当主のご判断に異論はございません」


 ルートガーは鞄を持ったまま答えた。


 カタリーナの指が、卓の縁から離れる。


 膝へ下ろした手は、そこからでは見えなかった。


「そうか」


 短い声だった。


 テレサは戸に触れたまま、カタリーナを見る。


 こちらへ顔が向くかと思ったが、視線はルートガーに留まっていた。


 少しして、カタリーナが頷く。


「もういい。ご苦労だった」


「失礼いたします」


 ルートガーが一礼した。


 テレサは戸を開け、廊下へ出る相手に道を空ける。


 今度は呼び止める声がなかった。


 部屋へ戻ると、カタリーナは届いた書状を折り直していた。


 テレサは盆を卓へ置き、空いた椅子の前の茶器を取る。


「これも下げてくれ」


 差し出された器には、まだ茶が残っていた。


「はい」


 盆の上で二つの器を離し、持ち上げる。


 カタリーナは書状を持って席を立った。


 先に通れるように、テレサは卓の横へ寄る。


 戸口で一度こちらを見て、カタリーナは廊下へ出ていった。


 テレサは盆を持ち直し、台所へ戻った。


――


 夜、クロエの水と餌を整えて犬舎を閉めたあと、テレサは部屋へ戻った。


 腰の袋を外し、口を開く。


「どくろん、もうしゃべってええよ」


 浮き上がってきたどくろんの下で、袋を寝台へ置いた。


 上着を脱ぎ、普段着へ腕を通す。


「奥様、お父さんのこと、自分から聞かはったな」


『退出ノ直前デシタ』


「うん。もう帰るとこやった」


 着替えた服を膝に広げ、袖を折る。


 的場で矢を持ちながら話したときは、父の名が出ても、あんなふうにはならなかった。


「お父さんに弓を習ったって、普通に話してはったのに」


 どくろんは寝台の前で、こちらを向いている。


「お兄さんのことも、あの日は楽しそうやったやろ」


『弓デノ勝敗ヲ、強調シテイマシタ』


「そこは、譲らへんかったな」


 テレサは口元を緩めた。


 剣のことを聞いたら、すぐ弓へ話を戻された。


 声まで思い出して、少し笑う。


 それから、畳みかけの服へ目を下ろした。


「今日も、もうちょっと何か言うんかと思った」


『父君ヘノ伝言ハ、アリマセンデシタ』


「うん。聞いただけで、終わってしもた」


 折った袖の端が出ていたので、中へ入れる。


「お兄さんには、戻らへんって、あんなにはっきり返すのに」


 カタリーナが膝へ手を下ろしたあと、テレサは続きを待っていた。


 来たのは、使者を帰す言葉だった。


「お父さんとも、何かあったんかもしれんな」


『理由ハ、聞イテイマセン』


「……うん。そこは分からん」


 テレサは服を二つに折り、寝台の脇へ置いた。


 今は父のことも兄のことも、その人たちに会わないまま聞いている。


 膝に残った皺を、手のひらで伸ばす。


「昔のこと話すんまで、嫌なんやと思ってた」


 どくろんの顔を見た。


「そうでもないんやな」


『的場デハ、笑ッテイマシタ』


「ああいう話、もう少し聞きたかったわ」


 そう言うと、どくろんが少し顔を傾けた。


『剣ノ勝敗デスカ』


「そこやない」


 テレサはすぐに返し、それから鼻の下を指で擦る。


「……そこも、ちょっと気になるけど」


『未確認デス』


「分かってる。次も弓の話にされそうや」


 カタリーナの真似をして顎を上げかけ、テレサは笑ってやめた。


 どくろんが、上げかけた顎の高さへついてくる。


「ついてこんでええ」


 指で下を示すと、少し低いところへ戻った。


 テレサは寝台の奥から枕を引き寄せる。


 父の狩りについて歩き、兄と並んで弓を引いていたという。


 的場で聞いたころより、その話が少し遠く感じられた。


「いっしょに射ってたんやなあ」


 どくろんから返事はなかった。


 テレサも続きを急がず、膝の上の枕を抱え直した。

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