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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第三部 御殿の見習い
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第50話 家のため

 用口の手前で、テレサは足を止めた。


 クロエが戸口へ鼻を向ける。引き綱を短く持ち直し、敷居から離れたところへ寄せた。


「グレーテさん、戻りました」


 中で動いていた手が止まる。


 グレーテは受け台の物を脇へ置き、戸口まで出てきた。


「奥様もお戻りですか」


「はい。屋敷のほうへ」


 頷いた目が、肩の袋へ下りる。


「そちらは」


「雉です。奥様が仕留めました」


 弓を壁へ立て、袋から包みを出す。差し出すと、グレーテが底へ手を添えて受け取った。


「台所へ渡しておきます。世話と着替えを済ませたら、ここへ来なさい」


「はい」


 袋を肩へ戻し、弓を取る。


 どくろんも戸口から離れ、テレサの後を浮いてきた。


 犬舎へ着くと、クロエは戸の前でこちらを振り返る。


 綱を外してから水を替えた。器を置くのを待って、クロエが鼻先を下げる。


 テレサはそばにしゃがみ、脚についた枯れ草を取った。


 飲み終えた口が、膝へ載る。


「濡れるよ」


 顎は動かなかった。


 耳の後ろを掻くと、クロエは目を細める。もう片方へ手を移しても、膝から離れない。


 テレサもしばらく、そのままでいた。


 餌を器に入れると、ようやく頭が上がった。


「また、あとでね」


 戸を閉め、部屋へ戻る。


 弓とナイフを置いて、お仕着せへ着替えた。袋に収まったどくろんを連れ、用口へ向かう。


 グレーテは畳みかけの布を示した。


「残りをお願いします」


 テレサは前掛けを結び、布の端を取った。


――


 三日後の朝、テレサは取次の間の窓を拭いていた。


 開いた窓の下に、薄く土埃が溜まっている。


 布を折り直し、角に指を入れて拭う。黒くなった面を内側へ畳んでから、窓を閉めようとした。


 途中で、こつ、と止まる。


 もう少し押すと、下の端が枠へ擦れた。掛け金は、まだ届かない。


「そこは、無理に閉めないで」


 振り向くと、グレーテが卓の向こうからこちらを見ていた。


「下が当たります」


「ええ。職人に直してもらいます」


 テレサは手を緩めた。


 少し開いたところへ戻すと、擦れる音はしなくなる。


「もう、頼んであるんですか」


「ヨーゼフさんには伝えてあります」


 グレーテは拭き終えた卓に掌を滑らせ、端に残った水を布で取った。


「今は、拭けるところだけで結構です」


 テレサは窓枠に残った埃を拭う。


 布で落ちる黒い汚れの下に、木の色が明るく出ているところがあった。閉めたときに擦れた場所だ。


 そこへ力をかけず、周りだけを拭いて布を離す。


 隙間から入る風が、額にかかった髪を動かした。


 部屋を出る前、テレサは窓を振り返った。


 閉め忘れたように見える。


 グレーテはその前を通り、窓には触れずに、使った桶を持ち上げた。


「そちらの布を」


 テレサは二人分をまとめて受け取り、後に続いた。


――


 昼の片づけが済むころ、用口へグレーテが来た。


「ルートガー様がお見えです。取次の間へ、お茶を二つ」


 テレサは手を洗い、盆へ器を載せた。


 持ち上げる前に、腰の袋へ顔を寄せる。


「どくろん、呼ぶまで黙ってて」


『発声ヲ停止シマス』


 袋の口から見えていた顎が閉じた。


 取次の間には、カタリーナとルートガーが向かい合って座っていた。


 ヨーゼフは卓の端に立ち、帳面を開いている。


 テレサが入ると、ルートガーは膝の上の袋を足元へ下ろした。盆を持って通れるように、椅子も少し引く。


 軽く頭を下げ、その脇を通った。


 カタリーナの前には、まだ封の切られていない書状がある。


「当面の御殿の維持費について、当主様からでございます」


 ルートガーが書状へ手を向けた。


「援助をお認めになりました」


 カタリーナは封を切り、紙を広げる。


 テレサは空いている卓の端に盆を置いた。ルートガーへ茶を出し、次に、カタリーナの手元の紙を避けて器を置く。


 そちらにも注ぎ終え、茶器を持つ手を下げた。


 窓から入る風で、紙の端が少し浮いた。


 カタリーナが指で押さえる。


 読み終えるまでの間、茶の湯気が二人の前へ上がっていた。


「屋敷の手入れにも使ってよいのだな」


「はい。そのための費用でございます」


 紙を卓へ戻し、カタリーナはヨーゼフを見た。


「これで、窓のほうも進められるか」


「職人の都合を確かめます」


 テレサは茶器を盆へ戻した。


 朝の、枠に当たった音を思い出す。


「あわせて、当主様のご意向を申し上げます」


 ルートガーが続けた。


「分家を整理し、本家へお戻りいただきたいと」


 カタリーナの眉が寄った。


 茶へ伸ばしかけていた手が、そのまま卓に下りる。


「その話なら、返事はした」


「承っております。ですが、当主様のお考えは変わっておりません」


 ルートガーの声は、先ほどと変わらなかった。


 膝の上に揃えた手も動かない。


「こちらも変わらん。戻らない」


「そのようにお伝えいたします」


「ここを畳むつもりはない。それもだ」


 ルートガーは少し頭を下げた。


「承知いたしました」


 テレサは盆へ目を落とす。


 盆に残った茶器の蓋が少しずれていたので、音を立てないように直した。


 さっきまで、窓を直す話だった。


 今も同じ窓から風が入ってくる。けれど、カタリーナはもうそちらを見ていない。


 卓に置いた書状の折り目を、指がなぞっていた。


「ヨーゼフ」


「はい」


「窓は直してくれ。費用は、この援助から出せ」


「承知いたしました」


 ヨーゼフのペンが帳面へ戻る。


 カタリーナは書状を畳みかけ、一度手を止めた。


 ルートガーへ顔を向ける。


「維持費の件は、礼を伝えてくれ」


「かしこまりました」


 その返事を聞いてから、紙を元の折り目で畳んだ。


 ルートガーは茶を一口飲み、静かに器を戻す。


 ヨーゼフが帳面の記載を確かめる間も、急かす様子はなかった。


 テレサは盆の端に手を添え、三人の用事が済むのを待った。


 ルートガーが袋を取り、立ち上がる。


「それでは、失礼いたします」


 カタリーナが頷くと、ルートガーは一礼した。


 ヨーゼフが戸を開け、二人で廊下へ出ていく。


 テレサは使い終わった器を盆へ戻した。


 カタリーナの前の茶は、ほとんど減っていない。


「お下げしますか」


「いや」


 取った器へ口をつけ、すぐに離す。


「少し、足してくれ」


 テレサは茶器を持ち上げた。


 注ぎ足すと、薄くなっていた湯気がもう一度立つ。


 カタリーナはそれを見ながら、畳んだ書状を指先で叩いた。


「兄には、また同じ返事をすることになるな」


 テレサの手が止まる。


 注ぎ口を上げてから、顔を向けた。


「お兄様、ですか」


「ああ。本家の当主だ」


 器を手前へ引き、カタリーナは椅子に座り直した。


 テレサは茶器を盆へ戻す。


 母から来た菓子のことは聞いた。今度の書状は、兄からだった。


 カタリーナは茶の器に目を落とした。


「本家のことだけ決めていればいいものを」


 茶を一口飲み、今度はすぐには器を戻さない。


 温めるように、両手で包んでいた。


「ここには、ここの暮らしがある」


 テレサは窓のほうを見た。


 開けたままの窓と、朝に拭いた卓。その端には、まだ自分の盆が置いてある。


「はい」


 顔を戻すと、カタリーナは畳んだ書状を手元へ寄せていた。


 テレサは盆を持って一歩下がる。


「窓の前を空けておけと、グレーテに伝えてくれ」


「椅子も動かしますか」


「ああ。だが、全部持っていくなよ」


 カタリーナは座っている椅子の肘を叩いた。


「茶を飲むところがなくなる」


「それは残します」


 テレサが答えると、カタリーナの口元が少し緩んだ。


 さっきの返事よりも、こちらのほうがずっと簡単だった。


 戸へ向かう後ろで、器を置く音がする。


 廊下へ出てからも、袋の中は静かだった。


――


 グレーテへ言付けを伝え、茶器を台所へ返した。


 夕方、もう一度二人で取次の間へ入ると、カタリーナも書状もそこにはなかった。


「明日の午後に、職人が来ます」


 グレーテは窓のそばの椅子を引いた。


「ヨーゼフさんが手配してくださいました。こちらを空けておきましょう」


 テレサは椅子を受け取り、通り道を避けて壁際へ運ぶ。


 戻ると、グレーテが卓の反対側へ立っていた。


 下の縁へ手をかける。


「持てますか」


「はい」


 二人で持ち上げ、窓から離した。


 グレーテの足が止まったところで、テレサも止まる。


「下ろします」


 脚が床につくまで手を添え、最後に指を抜いた。


 卓のあったところに、細い埃の筋が残っている。


 テレサは布を取りに行き、しゃがんで拭った。


「本家の援助で、ここを直すんですね」


「そのように伺っています」


 グレーテは椅子の位置を直し、戸から窓まで歩いた。


 途中で足を止めるところはない。


 テレサが立つと、窓のそばがずいぶん広く見えた。


 朝は布を入れるのに肘が卓へ当たりそうだった場所へ、今は二人で並べる。


 グレーテは窓の下を見てから、テレサへ顔を向けた。


「今日は、これで」


 テレサは汚れた布を畳んだ。


 壁際へ移した椅子が、卓を離れて二つ並んでいる。


 窓が直ったら、また戻すことになる。


「テレサ」


 戸口に立つグレーテに呼ばれて、顔を上げる。


「はい」


 最後に椅子が通り道へ出ていないか見て、部屋を出た。


――


 仕事を終え、クロエの水と餌を整えて犬舎の戸を閉めるころには、庭が薄暗くなっていた。


 テレサは部屋へ戻り、後ろ手に戸を閉めた。


 腰の袋を外して寝台へ置くと、どくろんが浮き上がってくる。


「どくろん、もう話してええよ」


 こちらへ向いた顔を見ながら、お仕着せの袖を抜く。


 普段の服に着替えても、昼に聞いた声が耳から離れなかった。


「……本家と、仲悪いんかな」


 どくろんは寝台の端に腰を下ろしたテレサの前で止まった。


『カタリーナ様ハ、帰還ヲ拒否シマシタ』


「うん。お兄さんの話になったら、えらいきつかったやろ」


 お仕着せを膝へ広げる。


 袖を内側へ折りながら、茶に伸びかけて止まった手を思い出した。


『維持費ヘノ礼ハ、依頼シテイマス』


「礼は礼やろ。助けてくれるんやし」


 もう片方の袖を重ね、そこで手を止めた。


「せやけど、言うことは聞きたないんやな」


 どくろんが少し下りてくる。


『拒否ハ、今回ガ最初デハアリマセン』


「返事はした、言うてたな」


 テレサは膝の上の襟を指で整えた。


「お兄さんも、一回断られたくらいでは引かへんのか」


『当主ノ考エハ変ワラナイト、伝エラレマシタ』


「どっちもか。そら、終わらへんわ」


 折った服を持ち上げかけて、また膝へ戻す。


 テレサは顔を上げた。


「身内やから、かえって言い方がきつくなるんかな」


『カタリーナ様モ、返答ヲ控エテハイマセン』


「そやな。遠慮は、してへんな」


 小さく息を漏らす。


 向かい合っていた二人の間には茶が二つあった。だが、戻れと言った兄は、そこに座ってさえいなかった。


「会わんでも、けんかってできるんやな」


 どくろんは少し顔を傾けた。


 テレサは膝の上の服を畳み終え、寝台の脇へ置いた。


「お母さんのお菓子んときも、子供扱いやって言うてたやろ」


『ハイ。ソノ後、皿ヲ要求シマシタ』


「食べるほうは、別なんや」


 口に出すと、あの日の菓子の甘さが少し戻ってきた。


『ますたーモ、召シ上ガリマシタ』


「うちは、文句言うてへんやろ」


『文句ノ有無ハ、食欲ニ影響シテイマセン』


「……そこまでは聞いてへん」


 テレサは唇の端を押さえた。


 どくろんは顔を傾けたまま、次の言葉を待っている。


「でも、奥様、みんなにも分けてくれたやん」


『ハイ』


「気前はええし、仕事で困ったら話も聞いてくれるし」


 テレサは靴を脱ぎ、寝台の下へ揃えた。


「お母さんとかお兄さんとか、そのへんには素直に言われたとおりにしたくないんやろな」


『ますたーニモ、拒否スルコトハアリマス』


「あるよ。そら、何でもええとは言わへん」


『嫌イデアルトハ、限リマセン』


「一回ならな。でも、ずっと同じ話で、あんな返事してたら」


 テレサは途中で言葉を切った。


 畳んだ服を脇へ押し、両足を寝台へ上げる。


「やっぱり、折り合いは悪いんやと思う」


『双方トモ、譲ッテイマセン』


 テレサは肩を壁に預け、息をつく。


「お菓子だけなら、けんかにならへんのにな」


『分量ニヨリマス』


「そこまで、うちと一緒にせんでええ」


 言い返してから、少し笑ってしまった。


 どくろんは何も言わず、その前に浮いていた。

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