幕間 拾い物
御殿へ戻ったカタリーナは、居室の椅子へ腰を下ろした。
膝に弓を渡し、握りについた土を布で拭う。
森でのことを聞き終えたヨーゼフが、戸のそばで一礼した。
「場所は承りました。人を出す手配をいたします」
「一頭は逃げた。近づく前によく見ろ」
「かしこまりました」
布に細かな砂が残った。
カタリーナは布を折り返し、汚れていない面を弓へ当てる。
「それで、テレサの働きはいかがでございましたか」
顔を上げると、ヨーゼフはまだ戸へ向かずにいた。
「よかった」
器の仕事は、もう手元につかずとも任せられる。
グレーテから、そう聞いていた。
ヨーゼフも、夕方の用口の灯りをあれに任せたと話している。
用を頼めば返事をして、手を動かす。庭の的場を借りたいと言ってきたときも、邪魔になる袋を直し、引き直してから一本を射った。
あの一矢には、慌てたところがなかった。
今日は、獣もこちらも動いていた。
カタリーナは弓の向きを変えた。
「前へ出やすかったな」
右を止めている、と声が届いたときのことを思い出す。
正面の一頭を射つ間にも、残る獣は脇へ回ろうとする。単独なら、その足に合わせてこちらも位置を変える。
だが、あのときは道の一頭へ踏み込めた。
右の藪を見返す必要がなかった。そこを受け持つと言った者が、まだ見ている。
近くへ来いとも、離れろとも言わずに済んだ。
こちらが前へ出ても、テレサは追いかけてこなかった。
カタリーナは布を止めたまま、弓の握りへ指を添える。
右からクロエを呼ぶ声もした。
呼び戻す声のあとに、弦が鳴った。
幹に隠れたクロエの足元までは見えなかったが、離れるときには、黒い体がきちんとテレサのそばにいた。
働かせて、戻す。
あれはクロエの速さだけでできることではない。
「クロエのほうも、よく動きましたか」
「ああ。先に見つけたのはクロエだそうだ」
それは帰りに、テレサから聞いた。
射った相手のことより先に、クロエの働きを口にした。
その話を聞く前にも、クロエの足を確かめる間、カタリーナは木立を見て待っていた。
少し間があって、水を注ぐ音が聞こえた。
目を戻したときには、テレサが飛んできたしぶきを避けていた。袖には、水の粒が光っている。
思い出すと、口元が緩んだ。
「終わってからも、まずクロエなんだな」
「仕事の前後には、いつも犬舎へ回っております」
それも、以前に聞いたことだった。
あれだけ手をかけたクロエが、呼ばれれば帰ってくる。その傍らから、次の矢が飛ぶ。
クロエだけ借りても、同じにはなるまい。
カタリーナは弓へ目を落とし、残っていた土を拭き取った。
手元で拭いている弓は、今朝持って出たものと変わらない。
それでも、今日は前へ出る足が軽かった。
「いい拾い物をしたな」
「お役に立ちましたようで」
ヨーゼフはいつもの調子で答えた。
カタリーナは布を畳み、手入れを終えた弓を膝から上げた。
強く引いた指には、まだ張りが残っている。
その感触も、今日は悪くなかった。




