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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第一部 アルワール村編
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第5話 財宝は私デス

 どくろんの後を歩き始めて、しばらく経った。


「……なあ」


『是』


「出口、まだ?」


『近イ』


「さっきも聞いた」


『近イ』


「距離の感覚、壊れてへん?」


『正常デス』


「ほんまかいな」


 どくろんは答えず、ふわりと進路を変えた。


 細い通路を抜けた先で、急に視界が開ける。


「……広っ」


 巨大な空間だった。


 天井は青白い闇の中へ消え、壁沿いには太い柱が並んでいる。


 床には幾重もの線が刻まれ、中央の台座を囲むように円を描いていた。


 その台座は、人が一人横になれるほどの大きさだった。


 黒とも灰色ともつかない材質。


 石には見えない。


 表面は鏡のように滑らかで、縁には細かな文字が並んでいる。


「何や、これ」


『修復装置』


 どくろんは迷わず台座の上へ降りた。


「修復?」


『是』


「うちを治したやつ?」


『是』


 テレサは台座へ近づいた。


 目覚めた時にいた泉とは形が違う。


 だが、床を走る青白い光はよく似ていた。


「ここで治したん?」


『正確ニハ、修復槽ト接続サレタ補助装置』


「なるほど」


『理解シマシタカ』


「全然」


『正常』


「何がやねん」


 どくろんは気にした様子もなく、台座の縁へ青い光を向けた。


 文字が一つずつ淡く発光する。


『修復記録、参照』


「そんなもん残ってるん?」


『是』


 テレサは少し身を乗り出した。


 自分の身体に何が起きたのか。


 前世の記憶がなぜ戻ったのか。


 目覚めてからずっと引っかかっていた。


「何て書いてある?」


『身体損傷、多数』


「まあ、あれだけ落ちたらな」


『骨折』


「うん」


『内臓損傷』


「うん……」


『大量出血』


「もうええ」


『情報提示中』


「聞いたうちが悪かった」


『継続』


「するんや」


『生命活動、著シク低下』


 テレサは黙った。


「……死んでは?」


『イマセン』


 即答だった。


 肩から余計な力が抜ける。


「重傷」


『是』


「修復装置が治した」


『是』


「そこまでは分かった」


 テレサは胸元へ手を置いた。


 心臓は動いている。


 傷も残っていない。


 服の破れと血の跡がなければ、あの落下自体が夢だったと思えそうだった。


「他には?」


『神経系修復』


「脳も傷ついてた?」


『一部損傷アリ』


「それで?」


『損傷箇所ヲ再構築』


「……普通に聞くと怖いな」


『正常処理デス』


「人の頭の中を直すんやぞ」


『修復装置デス』


「分かってる」


 どくろんの眼窩で光が明滅する。


『追加処理アリ』


「何?」


『記憶構造、再構築』


 テレサは動きを止めた。


「記憶……」


『是』


「前世の記憶が戻ったん、それが原因?」


『断定不能』


「分からんの?」


『記録ニハ、処理内容ノミ存在』


「何を直したかは分かるけど、なんでそうなってたかは分からん?」


『是』


 どくろんが万能ではないことに、少し安心した。


 何でも説明されるより、その方が信用できる。


「処理前の状態は?」


『複数ノ記憶構造ヲ検出』


「複数……」


『一部ハ断片化』


「断片化?」


『接続喪失』


 テレサは眉を寄せる。


「記憶はあったけど、バラバラやった?」


『表現ノ正確性、不明』


「じゃあ、分かる範囲で」


『情報領域ノ一部ガ欠損』


「欠損した場所を直した」


『是』


「その結果、前世の記憶が戻った」


『整合性アリ』


 まだ、答えではない。


 ただの順序だ。


 前世の記憶を持って生まれたのか。


 あとからどこかへ記録されたのか。


 なぜ今まで思い出せなかったのか。


 分からないことは多い。


「……赤ん坊の脳って」


 テレサはゆっくり言葉を選んだ。


「生まれてから、使わん繋がりを減らしていくんやったか」


『詳細不明』


「前世で聞いた知識や。たぶん、神経の繋がりを整理する」


『仮説トシテ記録』


「まだ仮説や」


『是』


 テレサは台座の文字を見つめた。


「仮に」


『是』


「生まれた時には前世の記憶があった」


『仮説』


「でも成長の途中で、それを支えてた回路が消えた」


『仮説』


「それで記憶も失われた」


『仮説』


「今回、脳の損傷を直すついでに、その失われた回路まで戻した」


『修復記録ト矛盾ナシ』


「一致ではないんやな」


『証拠不足』


「そうやな」


 都合のいい説明だった。


 あまりにも。


 けれど、今ある事実には合っている。


 前世の記憶がある。


 今世の記憶もある。


 修復装置は記憶構造を再構築した。


 そこまでは確かだ。


「もう一つ」


『是』


「今、二人分の記憶があるのに、頭の中で喧嘩してへん」


『精神状態、安定』


「それも装置が?」


『統合処理、実行記録アリ』


「統合……」


『複数ノ記憶構造ヲ、単一人格ニ整合』


 テレサはしばらく黙った。


「つまり」


 慎重に言葉を置く。


「前世の記憶が戻った」


『是』


「今世の記憶と一緒に扱えるよう調整された」


『是』


「うちが二人にならんように」


『目的ハ記録サレテイマセン』


「結果としては?」


『単一人格』


「……それが今のうち」


『是』


 どくろんの答えは短かった。


 それ以上の意味は、ログにはないのだろう。


「完璧には分からんな」


『情報不足』


「でも、何も分からんよりはましや」


『整合性アリ』


「今後、違う証拠が出たら?」


『情報ヲ更新シマス』


「その時は、うちの人生観も更新せなあかんな」


『推奨』


「軽いなあ」


『仕様デス』


 テレサは小さく笑った。


 自分が何者なのか。


 答えが出たわけではない。


 だが、少なくとも今ここにいる自分は、前世だけでも、今世だけでもない。


 二つの記憶を持ち、一つの頭で考えている。


 それで十分だった。


『追記』


「なに」


『残存動力、修復ヘ全投入』


「……うん」


『施設、再休眠ヘ移行』


「また眠るん?」


『是』


「ほな、今のうちに出んとあかんやつやな」


『推奨』


「ほな、出口行こか」


『是』


「今度こそ近いんやろな?」


『近イ』


「信用できへん」


『正常デス』


「何がやねん」


「ほな」


 テレサは立ち上がった。


「出口、案内して」


『是』


 どくろんは通路へ向かって飛び始める。


 テレサもその後ろを歩いた。


 今度は黙って。


 さっきまで頭の中は前世のことばかりだった。


 けれど歩いているうちに、自然と別のことが気になり始める。


 上に残したクロエは、無事なはずだ。


 はぐれたら家へ帰るよう、しつけてあった。


「……腹減った」


 ぽつりと漏れる。


 どくろんが振り返った。


『空腹』


「せやなくて」


 少し笑う。


「いや、そうなんやけど」


 そうだった。


 朝から狩りへ出て。


 野兎を仕留めて。


 帰る途中で地震。


 それから何も食べていない。


 むしろ今まで空腹を忘れていたのがおかしい。


『食料ハ』


「持ってへん」


 腰の袋を見る。


 空だった。


 野兎も落下の途中で失ったらしい。


『残念』


「それだけ?」


『残念デス』


「慰めへたやな」


『学習シマス』


「期待せんとく」


 歩きながら周囲を見る。


 壁。


 柱。


 通路。


 どこも同じ景色だった。


 ここへ来たばかりなら迷っていただろう。


 だが、どくろんは迷わない。


 一度も。


「なあ」


『是』


「あんた、ここ全部知ってるん?」


『否』


「違うん?」


『把握率』


 一拍置いて。


『三十八パーセント』


「低っ」


『長期間、未使用』


「関係あるん?」


『設備停止』


「なるほど」


 何となく分かった。


 全部知っているわけではない。


 案内できる場所だけ知っている。


 だからさっきも「情報不足」だったのか。


 万能じゃない。


 その方が付き合いやすい。


「……ところで」


『是』


「ここ、財宝とかある?」


 どくろんは止まった。


 青い眼が一度だけ瞬く。


『あります』


 テレサの目が少しだけ輝いた。


「ほんま?」


『是』


「どこ!」


 どくろんは、ゆっくり自分を指した。


『私デス』


 沈黙。


 五秒。


「…………」


 十秒。


「…………」


 十五秒。


「帰る」


 テレサは踵を返した。


『出口ハ逆デス』


「もう知らん」


『金銭価値、高』


「いらん」


『市場価値』


「知らん」


『希少』


「知らん」


『重要文化財?』


「もっと知らん」


 どくろんは少しだけ困ったように浮かぶ。


『説得失敗』


「大失敗や」


『情報更新』


「何を」


『ますたーハ財宝ニ興味ガ無イ』


「いや、ある」


『矛盾』


「財宝そのものには興味ある」


『是』


「でも喋る髑髏はいらん」


『…………』


 どくろんは黙った。


 数秒後。


『ショック』


「感情あったん」


『今、発生』


「適当言うな」


『推定』


「余計あかん」


 思わず吹き出す。


 何だ、この髑髏は。


 役に立つのか立たないのか分からない。


 それでも。


 一人で暗い遺跡を歩くよりは、ずっと気が楽だった。


 しばらく歩くと、奥から前方へ風が抜けていく。


 湿った遺跡の空気が、出口側へ押し出されている。


 中から外へ吹きやすい、この施設の癖なのだろう。


「出口……!」


 自然と足が速くなる。


 その瞬間だった。


 どくろんが急に止まった。


『停止』


「え?」


『生命反応』


 テレサの表情が変わる。


 さっきまでの笑顔が消えた。


 呼吸を整える。


 重心を落とす。


 腰へ手が伸びる。


 ナイフ。


 これは考えて動いたわけではない。


 身体が勝手に動いた。


 けれど、次の動きは考えていた。


 出口付近なら、距離が取れる。


 至近ではない。


 テレサはナイフを鞘へ戻し、静かに弓を下ろす。


 矢を一本抜き、弦へ番える。


 指先の感触は、いつものものだった。


「どこ」


 声は小さい。


 普段の、森で獲物を追う時の声だった。


 どくろんも小さく答える。


『出口付近』


 テレサは頷く。


 正体は、見てから決める。


 弓を構えたまま、一歩も鳴らさず前へ出る。


 ここから先は。


 推理ではない。


 狩人の時間だった。

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