第4話 相棒はポンコツどくろ
夢では、なかった。
目の前に浮かんでいる。
拳ほどの大きさ。丸みを帯びた髑髏。全体は濃い灰色。石ではない。磨き上げた水晶のような、半透明の光沢があった。青白い光を受け、内部で淡く反射している。表面には、傷一つない。
「……綺麗やな」
思わず、漏れた。
髑髏という形は趣味が悪い。しかし素材だけ見れば、工芸品と言われても信じるほど美しかった。
だから、余計に不気味だった。
人工物なのは間違いない。それが勝手に浮いている。
しかも。
『起動、完了』
喋った。
「…………」
テレサは無言でナイフを構える。
髑髏も動かない。青い光だけが、眼窩の奥で静かに揺れていた。
『システム時刻、同期』
『休眠期間、長期』
短く、事務的だった。
誰かに説明しているというより、起動処理の続きを読み上げている感じだった。
『対象ヲ確認』
「…………」
『生体反応、正常』
「…………」
『身体損傷、軽微』
「…………」
『修復処理、完了』
そこでようやく、テレサは口を開いた。
「……誰?」
『観測端末』
「いや、名前」
『観測端末』
「職業聞いてへん」
沈黙。
数秒。
『個体識別名』
髑髏は、少しだけ胸を張るように浮き上がった。
『DKR-01』
「…………」
テレサは真顔で考える。
「覚えられへん」
『問題ありません』
「ある」
『短縮名称ヲ推奨』
「あるん?」
『どくろん』
「…………」
テレサはもう一度考えた。
「どくろん?」
『是』
「誰が付けたん」
『正式略称デス』
「絶対うそや」
『否定』
「怪しい」
『否定』
「ますます怪しい」
髑髏は数秒、停止した。
まるで、処理落ちしたようだった。
『会話内容』
一拍置いて。
『理解不能』
「うちもや」
思わず、ため息が漏れる。
少なくとも、敵意は感じない。言っていることは半分以上分からないが、襲ってくる様子もない。むしろ、こちらの状態を確認しているようにも見える。
「で」
ナイフを下ろさず、尋ねる。
「ここどこ?」
『長期閉鎖施設』
「……閉鎖?」
『是』
「誰が閉めたん」
『情報不足』
「名前は」
『識別名、欠損』
「……じゃあ、どこにあるんか分からへん、ってこと?」
『現在座標、未確定』
「便利やな」
『仕様デス』
「またそれ」
また数秒、止まる。
やがて。
『情報不足』
「何が?」
『ますたーノ質問』
「ますたー?」
髑髏は首を傾げた。
いや、髑髏だから首はない。身体ごと、傾いた。
『管理者』
「誰が?」
『ますたー』
「いや、だから誰」
『ますたー』
「…………」
テレサは額へ手を当てた。
「うち?」
『是』
「何で?」
『認証条件、達成』
「意味分からん」
『正常』
「どこが」
『仕様デス』
「便利な言葉やな、それ」
髑髏は青い目を瞬かせる。
『褒メ言葉ト認識』
「違う」
『情報ヲ更新シマス』
「いや更新せんでええ」
『更新完了』
「聞いてへん」
テレサは、思わず笑った。
こんな場所で、こんな状況で、笑えるとは思わなかった。
緊張が、少しだけほどける。
少なくとも、この妙な髑髏は今すぐ自分を害する気はなさそうだった。
それに。
どうやら、かなりポンコツらしい。
「……つまり」
テレサは腕を組んだ。
「うちを、ますたーと呼ぶ」
『是』
「理由は分からん」
『是』
「ここも、長期閉鎖施設、までは分かった」
『是』
「でも場所は分からん」
『現在座標、未確定』
「つまり情報不足」
『是』
「便利な言葉やなぁ」
『仕様デス』
「またそれ」
どくろんは誇らしげに一回転した。
褒められたと勘違いしているらしい。
「……あんた」
『どくろんデス』
「どくろん」
『是』
「もしかして、あほ?」
数秒。
完全停止。
やがて、
『検索中』
「検索せんでええ」
『完了』
「早いな」
『該当データ無シ』
「でしょうね」
『追加質問』
「何?」
『「あほ」トハ』
「…………」
テレサは天井を見上げた。
「説明難しいな」
『情報取得希望』
「うーん……」
少し考える。
「悪い意味ばっかりでもない」
『記録』
「賢くない時にも使う」
『記録』
「親しい相手にも使う」
『記録』
「可愛い時にも使う」
『…………』
どくろんはしばらく沈黙した。
眼窩の青い光が、わずかに明滅する。
『情報整理』
「うん」
『結論』
一拍。
『私ハ、可愛イ』
「そこちゃう」
『情報更新』
「更新せんでええ!」
『更新完了』
「聞いてへん!」
遺跡に、初めて笑い声が響いた。
テレサ自身も、驚く。
さっきまで、死ぬかもしれないと思っていた。知らない場所で目覚めた。意味の分からない記憶まで増えた。
それなのに。
この妙な髑髏と話していると、緊張するのが馬鹿らしくなってくる。
「で」
改めて腕を組む。
「ちょっと整理させて」
『是』
「あんた、観測端末やったな」
『是』
「やったら聞く」
指を一本、立てた。
「情報の出どころ」
『世界ノ過去、現在、未来ヲ含ム全記録』
「…………は?」
『是』
「未来まで?」
『原本ハ、是』
すごそう、では済まなかった。
「魔法世界の、全部入り知識庫みたいなん?」
『近似』
「……ファンタジーにありそうなやつや」
『分類不明』
「うちの中の話や」
前世の感覚で言えば、そう聞こえた。
固有の名前は、まだ聞いていない。それでも、中身の大きさだけは分かった。
「で、それはどこにあるん」
『写本ヲ内部保持』
「写本」
『是』
「……写し、ってこと?」
『是』
「原本じゃなくて」
『否。写本』
『コピー時点ノ過去記録ノミ保持』
「未来は?」
『写本ニハ無イ』
「現在は?」
『コピー以降ハ無イ』
「……つまり、写した時点より前しか持ってへん」
『是』
完璧な理解ではない。
それでも、おおよその位置づけは見えた。
すごそうな全記録の、古い写し。
「さっき」
『是』
「起動のあと、時刻とか、休眠とか言ってた」
『是。システム時刻ヲ同期。休眠期間ハ、長期』
「……今の時間は、分かってるんや」
『是』
「長いこと、眠ってたんや」
『是』
それ以上の説明は、なかった。
何年か、どれくらい昔の知識かまでは、ここでは出てこない。ただ、この髑髏は今の時間を把握していて、自分の眠りがただの仮眠ではなかったことだけは分かっているらしい。
指を二本目へ移す。
「仕組み」
『観測。記録。応答』
「それだけ?」
『主要機能デス』
「転がってきたんは?」
『接近動作』
「なんで球やったん」
『保護形態』
「割れたんは?」
『展開』
指を三本目へ移す。
「動力は?」
『内部生成』
「蓄えてるんやなくて?」
『否。生成』
「どうやって」
『軽キモノガ結ビ付キ、重キモノヘ至ル意味デ、力ヲ生ム』
「…………は?」
『星ノ核ニ近イ結合反応、ト説明サレル場合モアリマス』
「星の……核?」
『近似』
「……よう分からん」
『情報不足?』
「説明が分からん」
『理解』
「稼働は大丈夫なん?」
『稼働可能』
「…………」
テレサは短く息を吐いた。
出どころは、世界の過去・現在・未来を含む全記録。ただし、劣化コピーで、コピー時点より前しか持っていない。
仕組みは、観測・記録・応答。
動力は、蓄えてるんじゃなくて内部で生成。星の核みたいな結合反応……らしい。詳細は分からん。
仮置きとしては、足りる。
「……古い写本持ちのログ端末やな」
『否定シマセン』
「動力の中身は保留」
『是』
「今は出口」
『是』
「出口ある?」
『是』
「案内できる?」
『可能』
「最初から言えや」
『質問サレテイマセン』
「確かに」
ぐうの音も出ない。
「では行こか」
テレサは歩き出そうとして、止まる。
「……一つだけ」
『是』
「ほんまに敵ちゃうん?」
どくろんは、少しだけ考えるように沈黙した。
『回答』
「うん」
『敵対行動予定、ゼロ』
「予定?」
『現在』
「現在?」
『将来ハ不明』
「そこは嘘でも安心させぇや!」
『虚偽情報ハ提供シマセン』
「真面目か」
『是』
「それは認める」
どくろんは満足そうに一回転した。
『褒メ言葉ト認識』
「今回は合ってる」
『情報更新』
「それは更新してええ」
どくろんはテレサの肩ほどの高さまで浮かび上がる。
『出口マデ案内シマス』
「よろしく」
『ますたー』
「その呼び方だけは、まだ慣れへんな」
『学習予定』
「変える気ないんや」
『是』
どくろんは先へ進み始める。
青白い眼窩が、暗い通路を照らした。
テレサは小さく息を吐く。
「……しゃあない」
こんな状況で、一人よりはましだ。
そう思いながら、妙な相棒の後を追った。




