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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第三部 御殿の見習い
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第43話 奥様には内密に

 木の根元に腰を下ろすと、クロエも隣で腹を地面につけた。


 テレサが首の下へ指を入れたところで、片耳が用口のほうを向く。


 ヨーゼフが戸を閉めていた。


「少し、よろしゅうございますか」


 テレサは手を抜き、立ち上がる。


「はい」


「今日は、どちらまで」


「森の縁までです。奥には入ってません」


 ヨーゼフは木陰まで来ると、足を止めた。


「道の具合はいかがでしたか」


「歩いたところは、戻れます。その先は、まだ」


 木の葉の隙間から落ちた光が、足元で揺れている。


 テレサは次の問いを待った。


「明日の朝、奥様が猟にお出かけになります」


「はい」


「明日は、馬ではなく徒歩のはずでございます。少し離れて付いていただければと」


 膝にクロエの鼻先が触れた。


 いつの間にか、起き上がっている。


「私が、お供するんですか」


「ええ。もしものときに、手を貸していただければと」


 ヨーゼフは門のほうへ目を向けた。


「お一人では、何かございましたとき、知らせる者もおりません」


「護衛ですか」


 ヨーゼフがうなずく。


「奥様に頼まれたんですか」


「いえ。わたくしからのお願いでございます」


 テレサの肩の横で、どくろんがヨーゼフへ向き直った。


「奥様は、お供をお付けになりませんので」


 ヨーゼフは声を落とす。


「奥様には、内密に」


 テレサは口を閉じた。


 猟についていく話を、猟へ行く本人にはしない。


「奥様も狩人です。近づきすぎれば、気づかれます」


 足元のクロエが、垂れた手の下へ頭を差し入れてくる。


「見つかったら、どうしますか」


「わたくしに頼まれたと、お伝えください」


「叱られませんか」


「そのお話は、わたくしが伺います」


 言い終えたヨーゼフは、返事を急かさなかった。


 テレサはクロエの耳の後ろを撫でる。


「離れて付くので、何かあっても、すぐには手が届きません」


「承知しております」


「危ないときは、隠れるのをやめて出ていいですか」


「ええ。そのときは、奥様のお力になってください」


 そこでようやく、テレサは小さくうなずいた。


「クロエも連れて行きます」


 ヨーゼフの視線が、テレサの手の下へ移る。


「姿が見えなくなったら、匂いを追わせます」


「では、ご一緒に」


 クロエは撫でている指に顎を押しつけた。


 テレサはその重みを受けたまま、用口の戸へ目をやる。


「明日の仕事は」


「グレーテには、わたくしから」


「分かりました。行きます」


 ヨーゼフが浅く頭を下げた。


「お支度が済みましたら、庭でお待ちください」


 テレサがうなずくと、ヨーゼフは用口へ戻っていった。


 戸が閉まってから、クロエの首を両手で挟む。


「明日は、好きなほうへは行けないよ」


 クロエが鼻を上げ、テレサの顎へ触れようとする。


 少し顔を引くと、今度は手の甲を舐めた。


「今日は、ここで休もうね」


 テレサはもう一度、木の根元に腰を下ろした。


――


 しばらくして、テレサはクロエを犬舎へ戻した。


 寝藁の上に伏せるのを見て、戸を閉める。


「また後でね」


 戸の向こうで、尾が寝藁を擦った。


 テレサは部屋へ戻った。


 どくろんが戸口を抜けたところで、扉を閉める。


 寝台に弓を置き、矢筒から矢を一本ずつ抜いた。


 羽の端が寝ているものを見つけ、指の腹でそっと起こす。


 指を離しても戻らないのを見て、矢筒へ収めた。


「持っていくものは、いつもと同じだね」


 どくろんが弓の上へ寄ってくる。


 テレサは次の矢を抜く手を止めた。


「そこ、羽に触るよ」


 どくろんが少し高く浮いた。


 矢を抜いてから、テレサはその顔を見上げる。


「向かうほうが分かれば、あとはクロに追ってもらおう」


 残りの矢をまとめて戻した。


「あなたは、私のそばにいてね」


『ますたーヘノ同行ハ、通常ドオリデス』


 どくろんが、肩の横へ下りてきた。


「うん。でも、木の陰から先に出ないで」


 テレサはどくろんの前へ掌を立てる。


「私が止まったら、そこまで」


 掌の向こうで、どくろんが止まった。


 手を下ろし、弓を持ち上げる。


 矢筒と一緒に背負い、体をひねった。


 どくろんも肩の動きについてくる。


 戸口の手前で止まり、弓と矢筒を肩から外した。


「私だけ隠れても、あなたが見えたら同じだからね」


『了解。一緒ニ隠レマス』


 テレサは手を伸ばし、どくろんの顎の下へ指を添えた。


「そう。それくらいのところにいてね」


 手を引っ込め、弓と矢筒を並べ直した。


 ナイフはその脇へ置く。


 畳んだお仕着せを見てから、扉へ向かった。


 明日の朝は、これを着ずに外へ出る。


――


 その夜、テレサは部屋の扉を閉めた。


 寝台に置いていた弓と矢筒を脇へ移し、ナイフも並べる。


 空いた端に腰を下ろすと、どくろんが目の高さへ浮いてきた。


「なるほどな。面接のときの猟の話、ここにつながるんか」


 どくろんが顔を傾ける。


『街道デノ護衛ノ話モ、聞イテイマシタ』


「そうそう。こういう頼みもできると思って、採ってくれはったんやろな」


 テレサは袖口の縫い目を指でなぞった。


「台所では教わることばっかりやけど、森の仕事なら手を貸せるわ」


『クロエモ、一緒デス』


「うん。こっちの仕事でも頼ってもらえるんやな」


 縫い目から手を離し、脇に置いた弓を少し奥へ寄せる。


 テレサは片膝を抱えた。


「菓子の匂いについてきて、ええ働き口に当たったなあ」


『住ミ込ミト、クロエノ受入レモ確認シテイマス』


「そっちだけ覚えといてくれへん?」


 どくろんは何も言わず、こちらを向いている。


 テレサは先に目を逸らした。


「消せとは言うてへんよ」


 足を寝台へ上げ、毛布の端を引き寄せる。


「奥様に見つかったら、ヨーゼフさんと並んで話すことになるんかな」


『私モ同席シマス』


「ほな、三人か」


 どくろんが膝の前へ下りてくる。


 テレサは毛布を持つ手を止め、その顔を見た。


「あんたは聞かれたことだけ答えてな」


『了解』


 伸ばした指の先で、どくろんの顎を軽く押し戻す。


「家のほうは、ヨーゼフさんに任せとこ。ちゃんと話してくれるやろ」


 空いたところへ毛布を広げた。


「森でどう動くかは、うちが考えればええし」


 どくろんはテレサの手が届くところに浮いている。


「奥様に気づかれんよう影から守る。せやけど、危ないときは飛び出す」


『ソノ対応ハ、ヨーゼフニモ確認済ミデス』


 テレサは毛布の端を指で揃えた。


「何も起きんと帰って、ヨーゼフさんにそう言えるんが一番やな」


 テレサは足を毛布の下へ入れ、横になった。


 どくろんは寝台から少し離れ、同じ高さに浮いている。


「おやすみ」


――


 翌朝、テレサは洗った餌の器を犬舎へ戻した。


 開けた戸からクロエを連れ出し、背後で戸を閉める。


 テレサは狩人服の袖を下ろし、持ってきた引き綱の先に輪を作る。


「クロ、こっち」


 鼻先を寄せてきたクロエに輪を通した。


 弓と矢筒は背中にあり、ナイフも腰へ戻している。


 水筒が揺れないよう直してから、庭の木のほうへ歩いた。


 どくろんも肩の横についてくる。


「呼ぶまで、喋らないでね」


『了解。発声ヲ停止シマス』


 どくろんが口を閉じた。


 テレサは幹の陰へ入り、クロエを隣に座らせる。


 用口からヨーゼフが出て、門のほうへ歩いていった。


 少し後に、カタリーナが庭へ現れる。


 弓と矢筒を背負い、歩きながら片方の手袋を引き上げていた。


 テレサは背筋を伸ばしかけ、木の幹へ肩を戻す。


 カタリーナは庭を横切り、ヨーゼフの開けた門を抜けた。


 クロエが立とうとする。


 テレサは首の脇に手を添え、まだ待たせた。


 カタリーナが門を出てからも、しばらく木陰にいた。


 やがて手を離し、カタリーナの通ったところへクロエを連れていく。


 庭の土を指すと、鼻先が下りた。


「クロ、追って」


 短く匂いを嗅いでから、クロエは門のほうへ歩き出した。


 ヨーゼフはこちらへ顔を向け、門扉を押さえた。


 テレサが用口へ目を遣ると、声が落ちてきた。


「こちらのことは、わたくしが」


 テレサは小さく頭を下げる。


 クロエを連れて、門を出た。


 通りの先で、小さくなったカタリーナの姿が角を曲がった。


 テレサはその方角を見ておき、クロエへ目を戻す。


 クロエは道の端を嗅ぎながら進んでいた。


 朝の荷車が、行く手を横切る。


 綱を軽く引くと、クロエが止まった。


 車輪が過ぎても、先に人影は戻らない。


 テレサは綱を緩めて待った。


 クロエが道端へ鼻を下げ、また歩き始める。


 綱が張る前に、テレサも足を運んだ。


 前を見ている間に、クロエの耳が後ろへ向く。


 テレサは振り返った。


 籠を二つ抱えた男が、後ろから来る。


 綱を短く持ち替え、クロエと一緒に脇へ避けた。


 男は軽く頭を下げて通り過ぎる。


 前へ向き直っても、カタリーナの姿は見えなかった。


 クロエは先ほどの角へ向かっていく。


 テレサは人の流れが開くのを待ち、歩き出した。


 どくろんの青い目が、肩の横で前を向いている。


――


 家並みを抜けた道は、昨日歩いた森の入口へ続いていた。


 遠い木立の間で、カタリーナの姿が横へ動く。


 昨日は入らなかったほうだ。


 テレサは向かった方角を確かめ、そのまま道の端で待った。


 人影が緑の奥へ消える。


 足音は、ここまで届かない。


 クロエのそばへしゃがみ、引き綱の輪を緩めた。


 頭から外している間も、鼻先は地面へ向いている。


 畳んだ綱を腰へ差し、背に手を添えた。


「クロ、ゆっくり」


 クロエがテレサを見上げる。


 手を離すと、また鼻を下げて歩き始めた。


 どくろんも枝に触れない高さへ下りてくる。


 森へ入ると、土の上に落ち葉が重なっていた。


 クロエの鼻先が、道端の草に沿って動く。


 テレサは少し後ろを歩き、踏むと折れそうな枝を避けた。


 木立の切れ目に目をやっても、人影はない。


 足元の細い根をまたぎ、クロエの進むほうへ体を向ける。


 道が低くくぼんだところで、クロエが止まった。


 鼻先が土から草へ移り、また同じところへ戻る。


 テレサも足を止めた。


 少し戻ったクロエが、道の脇へ首を伸ばす。


 待つ間、テレサは振り返った。


 今下りてきた坂が、木の間に見える。


 上の枝から小鳥が飛び立った。


 クロエの耳がそちらを向くが、鼻先は下草を離れない。


 テレサは手を伸ばしかけ、そのまま下ろした。


 クロエが草の間へ踏み込み、短く匂いを嗅ぎ直す。


 止まっていた尾がゆっくり動いた。


 テレサはしゃがみ、低い枝の下に続く隙間を見た。


 奥にカタリーナの姿は見えない。


 クロエが進みかけたところで、手を低く出す。


 足が止まり、鼻先だけが先へ向いた。


 テレサは背中の弓を枝に触れさせないよう、体をかがめた。


 クロエの肩に触れると、歩みが戻る。


 テレサもその後へ続いた。


 どくろんは肩の横を離れずについてきた。

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