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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第三部 御殿の見習い
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第37話 一歩ぶんの距離

 浅鉢を三段目の空きへ重ね、縁から指を抜いた。


 隣にも同じ形の器が並んでいる。


 テレサは受け台へ戻り、次を受け取ろうと手を出しかけた。


 グレーテは次の器を取らなかった。


「残りも、こちらへ。続きは自分で進めなさい」


 棚を示すと、グレーテは台の向こうへ回った。


 置いてあった包み布を取り、広げる。二人の間に、まだ運んでいない器が残った。


 テレサは出しかけた手を、その一つへ下ろした。


 底に残った水を拭き、棚へ運ぶ。


 戻っても、グレーテは布のほつれを見ていた。


 もう一つ取る。


 台所ではマルセルが鍋をかき混ぜている。柄が鍋の縁に当たる音のあと、煮えた玉ねぎの匂いが流れてきた。


 テレサは器を棚へ置き、指先に付いた水を拭った。


 積んである皿の間へ布を入れる。


 縁を拭いたところで、糸が一筋引っかかった。


 手を止め、布を戻す。小さく欠けたところに、白い糸が掛かっていた。


 引っ張らずに外し、その皿を台へ置く。


 ほかの皿へ重ねかけて、手を止めた。


「グレーテさん」


 布を畳む音が止んだ。


「こちらへ、来てもらえますか」


 グレーテが受け台の脇へ戻ってくる。


 テレサは皿を持ち直し、欠けた縁を向けた。


「これは、どこへ分けますか」


 差し出された手へ皿を渡す。


 グレーテは明かりのほうへ傾け、縁を見た。


「台の端へ。ほかと重ねないように」


 皿が一枚だけ、離れたところへ下りた。


 テレサは布に残った糸を取り、次の皿を持つ。


 その底へ手を添えようとして、グレーテの指が近くにあるのに気づいた。


 少し待つ。


 指が離れた。


 皿を抱えて棚へ行き、戻ると、グレーテはまた包み布を広げていた。


 さっきまで立っていた場所には、誰もいない。


 テレサは受け台から次を取った。


 残りが少なくなると、大きな皿の下に伏せてあった小皿が出てきた。


 拭いて、棚の小皿へ重ねる。


 最後の器を運び終え、台に残った欠け皿を見る。そちらへ手を出す前に、布を畳んで置いた。


「残りは、終わりました」


 グレーテが棚へ目を向けた。


「では、その台を拭いておきなさい」


 欠け皿はグレーテが持っていった。


 テレサは湿った布を絞る。


 台に残った丸い水の跡を拭うと、器の底が置かれていたところだけ、しばらく色が濃かった。


 乾いていく端を見ながら、もう一度布を返す。


「嬢ちゃん。飯だ」


 顔を上げると、台所からマルセルが手を振っていた。


 テレサは台へ目を戻した。まだ濡れているところがある。


「あと、ここだけ」


「そいつは乾く。先に食え」


 マルセルは椀を二つ、台所の隅の卓へ置いた。


 白い湯気が上がる。


 テレサは布を置き、手を洗った。


 戻ると、向かいではグレーテが椅子を引いていた。畳んでいた布はもう持っていない。


 テレサも腰を下ろす。


 匙を取る前に、椀へ顔が近づいた。


「熱いぞ」


「うん」


 湯気を避けて、少し引く。


 マルセルはパンの籠を置き、鍋のほうへ戻っていった。


 匙にすくった汁を吹く。


 台の上で温かかった器より、こちらはずっと熱い。ひと口だけ飲むと、息がゆっくり鼻へ抜けた。


 グレーテは籠を卓の真ん中へ寄せた。


 丸いパンが、半分に切ってある。


 テレサは端の焦げ色を見てから、向かいの手元を見た。


「端も、食べますか」


「今日は、柔らかいところを」


 グレーテはもう片方を取り、白いところを小さくちぎった。


 テレサは自分の分を引き寄せる。


 硬い端へ指を掛けると、皮が割れた。卓へ落ちた欠片を拾い、口へ入れる。


 マルセルが鍋の前から戻ってきた。


「パンだけで腹を埋めるなよ」


 自分の椀を置き、椅子を引く。


 テレサはちぎったパンを汁へ浸した。


 皮の裏まで吸わせてから、そっと持ち上げる。


 誰かの手へ渡すのではなく、そのまま自分の口へ運んだ。


 昼の椀を片づけて用口へ戻ると、ヨーゼフが壁の掛け灯りを外していた。


 受け台へ下ろし、小さな油差しを隣に置く。


「夕方の灯りを、今日からお願いいたします」


 テレサは灯りの中を覗いた。


 油が底に薄く残っている。


「油も、足しておけばいいですか」


「ええ。油はこちらにございます」


 ヨーゼフが作業棚の下段を示した。


 テレサは油差しを取り、口を灯りへ寄せる。


 注ぎ口に残った一滴を布で受けると、ヨーゼフは置いてあった帳面を取り上げた。


「分からないことがございましたら、お声掛けください」


「はい」


 顔を上げたときには、もう廊下へ向き直っていた。


 テレサは油差しを棚へ戻し、灯りを壁へ掛ける。


 手を離してから、揺れが収まるのを見た。


 まだ火のない芯に、戸口からの光が当たっていた。


――


 台所から甘い匂いが流れ始めた頃、廊下で名前を呼ばれた。


「テレサ」


 振り返ると、カタリーナが立っていた。


 テレサは脇へ寄り、頭を下げる。


「マルセルのところへ。菓子を一皿」


「居室へ、お持ちしますか」


「そこへ。端も入れろと言え」


 顔を上げた。


「端も、ですか」


「焼けたところだ。あれがいい」


 カタリーナは指で細い幅を作った。


 それから手を下ろし、廊下の先へ歩いていく。


 テレサは台所へ向かった。


 マルセルが、大きく焼いた菓子を切り分けていた。刃が下りるたび、表の皮が細かく割れる。


「奥様が、菓子を一皿。端も入れてって」


「端をか」


 マルセルは切り落とした細いところを見た。


 四角く揃った菓子の横に、濃く焼けた端が寄せてある。


「それがいいそうです」


「分かった。手を洗ってこい」


 テレサは水場へ行き、戻ってから盆を出した。


 マルセルが皿へ菓子を並べる。


 最後に端を一本つまみ、皿の上で動かした。真ん中へ置きかけて、戻す。


「どこへ載せても、切れ端だな」


 テレサは皿を見た。


「横なら、入るよ」


 マルセルは四角い菓子を少し寄せ、空いたところへ端を沿わせた。


 もう一本を反対側へ置く。


「これならいい。持っていけ」


 皿を載せた盆を受け取った。


 顔の近くまで、甘い匂いが上がってくる。


 テレサは口を閉じ、台所を出た。


 居室の戸の前で盆を片手に支え、空いた手で叩く。


「テレサです」


「入れ」


 戸を開け、盆へ両手を戻した。


 カタリーナが示した卓へ下ろす。


 白い皿の上で、焼けた端だけが濃い色をしていた。


 カタリーナはそちらを先に取った。


 口に入れると、小さく音がした。


「うん。ここだな」


 テレサの目が、皿に残ったもう一本へ向いた。


「お前も、端がいいのか」


「パンは、端のほうが好きです」


 カタリーナはテレサを見て、それから皿を見た。


 四角い菓子を一つ取る。


「食べてみろ」


 差し出されたのは、真ん中のほうだった。


 テレサは手を出し、一度、止めた。


「こちらを、ですか」


「端は少ない」


 カタリーナの指が、皿に残った細い一本へ触れた。


 テレサは差し出された菓子を受け取る。


「ありがとうございます」


 ひと口かじると、薄い表が割れた。中は柔らかく、舌に触れたところからほどけていく。


 端ではなかったが、口を閉じたまま、うなずいた。


「そこもいいだろう」


 カタリーナは残りの端を取り、卓の前へ腰を下ろした。


 テレサは手に残った菓子を食べ終える。


 皿を卓へ残し、盆を取り上げた。


「マルセルには、端がよかったと」


「伝えます」


 頭を下げて居室を出る。


 台所へ戻ると、マルセルは刃に付いた菓子を払っていた。


「奥様、端がよかったって」


「そうか。嬢ちゃんは、食えたか」


「真ん中を」


 マルセルは手元の、四角く切った菓子を見た。


「そこも旨いだろ」


 テレサは盆を戻しながら、うなずいた。


――


 夕方、用口の戸から入る光が、受け台の端へ寄っていた。


 グレーテが器を分ける手の下に、影が重なる。


 テレサは壁の灯りを外し、台所で芯へ火を移した。


 壁へ戻すと、棚の奥まで明るくなった。


 ヨーゼフが帳面を抱えて入ってくる。


 テレサは受け台の乾いた端から、畳んだ布をどけた。


「こちらで、よろしゅうございますか」


「はい。もう拭いてあります」


 空いたところへ帳面が開かれた。


 ヨーゼフの指が頁の端を押さえ、筆が動き出す。


 テレサはグレーテの脇へ戻り、分けてあった皿を取った。


 棚に収めて戻ると、筆の音はまだ続いている。


 灯りの下を横切るたび、帳面に自分の影が落ちた。次は台から少し離れて通る。


 グレーテが最後の器を寄せ、テレサは両手で受け取った。


 それを棚へ置く頃、ヨーゼフが筆を置いた。


 帳面を閉じて抱え、用口を出ていく。


 テレサは受け台を拭き終えてから、灯りを消した。


 戸口に残った薄明かりの中で、グレーテが棚の前から振り返った。


「今日は、ここまでにしましょう」


 テレサは前掛けを外し、内側の掛け釘へ戻した。


 袋を肩に掛け直して、通用戸から庭へ出る。


 犬舎の前まで来ると、中で寝藁が鳴った。


「クロ、お待たせ」


 クロエが出てきて、膝へ鼻を付ける。


 テレサはしゃがみ、首の横を撫でた。


 耳の付け根まで指を入れると、クロエの頭が傾く。もう片方も撫で、それから水を替えた。


 餌を食べている間に、寝藁を起こす。


 終えて犬舎の前へ座ると、食べ終わったクロエが近づいてきた。


 テレサは袋の口を開ける。どくろんがふわりと出て、肩の横で止まった。


 膝へ戻した手の下に、クロエの鼻先が入る。


「今、座ったところなんだけど」


 鼻先が手を押し上げた。


 テレサは指を曲げ、顎の下を掻く。


 クロエが隣へ座った。撫でていた手も、背へ移る。


「今日は、もう仕事しない」


『右手ハ、活動中デス』


「これは、休み」


 テレサは膝を崩した。


 クロエの脇腹が、脚へくっつく。


 しばらく撫でてから手を止めると、顔だけがこちらを向いた。


 もう少しだけ、と言いかけて、口を閉じる。


 テレサはまた、クロエの背へ手を戻した。

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