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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第三部 御殿の見習い
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第32話 見習いの初日

 御殿の門は開いていた。


 テレサは脇へ寄り、どくろんの袋に手を添える。


「どくろん、呼ぶまで静かにしてて」


『了解シマシタ』


 取次を頼むと、しばらくしてヨーゼフが姿を見せた。


 テレサはクロエを足元で待たせ、頭を下げる。


「先日、面接を受けたテレサです。お返事を伺いに来ました」


「お待たせいたしました」


 ヨーゼフは門の脇の覆いへ手を向けた。


 板屋根の下へ入ると、通りを行く荷車の音が遠くなる。


「当家で、見習いとして働いていただきたく存じます」


 袋を押さえていた指が止まった。


 ヨーゼフの顔を見る。


「……雇っていただけるんですか」


「はい。初めは試し働きとなりますが」


 そういう意味だと分かってからも、すぐには返事が出なかった。


 今朝、宿で考えていた問いが、ひとつも要らなくなっている。


 口を開く前に、クロエの頭が膝へ触れた。


「クロエも、一緒にいていいんでしょうか」


「犬舎でお預かりいたします。建物の中へは入れられません」


 衛生のこと、客を迎えること、事故が起きたときの責任を、ヨーゼフは順に挙げた。


「お世話には、仕事の前後にいらしてください」


「夜も、そちらで寝かせるんですね」


「さようでございます」


 クロエの耳を指の腹で撫でる。


 宿では寝床のすぐ横にいた。


「朝、仕事に入る前に会いに行きます」


 手を離し、ヨーゼフへ向き直った。


「お願いします。ここで働きたいです」


 声が、思っていたよりはっきり出た。


 ヨーゼフが一礼する。


 給金と食事、住む部屋について、面接で聞いた条件をもう一度確かめた。


「お支度には、どのくらい」


「荷物は宿にあります。今日、持って来られます」


「では、昼過ぎに。仕事はグレーテからお伝えいたします」


 テレサはうなずきかけ、肩の袋を見た。


「この使い魔も、連れて働きたいんです」


 口を緩めると、どくろんの青い眼窩が見えた。


 袋の中から出さないまま、離して待たせられないことを話す。


「仕事の邪魔はさせません」


 ヨーゼフの目が袋と、その紐を辿った。


「承知いたしました。作業の際は、物に当てませんよう」


 テレサは紐を短く持ち直した。


 礼を言って門から出ると、クロエが横へ並ぶ。


 来た道を戻りながら、口元に力が入るのを何度もやめた。


「どくろん、もう話していいよ」


 袋の口から青い光が覗く。


「決まったね」


『採用、確認シマシタ』


 今度は、ほかの意味に取る余地がなかった。


――


 宿へ戻ると、テレサは今日で部屋を引き払うと伝えた。


 残りの宿代を払い、昼の食事を頼んだ。


「エマが来たら、御殿で働くことになったって、伝えてもらえますか」


 テレサは御殿の家名を伝え、今日からそちらへ移ることも言付けた。


 宿の人はうなずいた。


 礼を言ってから、荷造りに上がる。


 壁際の弓を取り、まとめておいた荷へ添えた。


 布を入れて、部屋を見回す。


 もう持っていく物は見当たらない。


 けれど戸口まで行ってから、窓の下も見に戻った。


『ソコニモ、置キ忘レハアリマセン』


「うん。分かってる」


 窓の下の床は、さっき見たときと同じだった。


 クロエが戸口で立ち、こちらを待っている。


 テレサは背負い紐に腕を通した。


「クロ、行こう」


 昼を食べ終えると、宿の人に頭を下げた。


 荷を背負って歩く道は、朝より日差しが強い。


 御殿の門が見えてから、背中で弓が傾いていないか手をやった。


 ヨーゼフはテレサを犬舎へ案内した。


 前に待たせたときと同じ、乾いた寝藁の匂いがする。


「水は、こちらの器をお使いください」


 ヨーゼフは犬舎の脇の器を示した。


 テレサは荷を下ろし、持参の水袋から水を注いだ。


 クロエは飲み終えると、濡れた鼻先をテレサの手へ寄せる。


「昼も、閉めておくんですか」


「敷地の中を歩くのは差し支えございません。仕事には連れて入らず、戸の外で待たせてください」


 テレサは犬舎から出て、クロエを呼んだ。


 荷を担ぎ直すと、クロエもついてくる。


 庭を横切った先で、ヨーゼフの歩みが止まった。


 用口の外に、一人の女の人が立っている。


「侍女長のグレーテでございます」


 テレサは名乗って頭を下げた。


 グレーテの視線が背負った荷へ移る。


「先に、部屋へ置きなさい」


「はい」


 庭の隅の木へクロエを伴い、根元を掌で示す。


「クロ。ここで待ってて」


 クロエが腰を下ろすのを見てから、テレサは用口へ戻った。


 グレーテについて建物へ入り、案内された部屋に荷を置く。


 寝台には、畳んだ毛布が載っていた。


「ここを使ってください」


 テレサは弓を壁際へ立てた。


 肩から外した紐の跡が、まだ服の上に残っている。


 毛布の端に触れてから、すぐ手を引いた。


 廊下で待つ足音のほうへ、どくろんの袋を掛け直して出ていく。


 戸を閉める前に、壁際の弓を振り返った。


 今夜は、ここへ戻ってくる。


 台所へ近づくと、焼いた玉ねぎの匂いがした。


 マルセルが顔を上げる。


「来たな、嬢ちゃん」


「今日から働くことになった」


 口にしてみると、また頬が緩みそうになった。


「よろしくお願いします」


「こっちこそ。昼は食ったか」


「宿で食べてきた」


 マルセルはうなずき、手にしていた布を畳んだ。


「なら、腹が減るまで働けるな」


「減ったら?」


「飯にする」


 テレサの口から、短く息が抜けた。


 マルセルはもうこちらを見ず、台所の作業台を空けている。


 グレーテがその端へ帳簿を置いた。


「まず、使う物の数え方からです」


 開いた頁のそばに、折った受取の控えが並ぶ。


「今朝届いた卵。いくつとありますか」


「十二個です」


 控えの日付と品名を、帳簿の同じ日の行へ指で辿る。


 こちらにも十二とあった。


 マルセルが籠を寄せる。


「昼に四つ使った。残りを見てくれ」


 籠の底に敷いた藁のくぼみへ、卵が並んでいる。


 テレサは身を乗り出さず、手前の卵をそっと脇へ移した。


 その陰にもう一つあった。


「八個」


 グレーテが帳簿の隣の欄を示す。


 使った数は四、残りは八。


 テレサは卵を元のくぼみに戻した。


「届いた数だけじゃないんですね」


「使った分も書きます」


 グレーテの指が頁から離れた。


 マルセルが二つ取り、別の器へ移す。


「これを夕飯に回す」


 その場でグレーテが、取り出した数と残る数を書き足した。


 テレサの目も筆先を追う。


 八の字は、その前の行に残っている。


「前の数は、消さないんですか」


「そのときは、八つありましたから」


 グレーテが一度、籠へ目を向けた。


 今は六つだ。


「書き間違えたときも、元の字は読めるように線を引きます。直す前に、わたしを呼びなさい」


 テレサは頷いた。


 グレーテが見せている欄から先へは目をやらず、帳簿から手を離す。


「今日は、数を確かめるところまで。記入はまだ任せません」


「はい」


 受取の控えを挟み、グレーテは帳簿を閉じた。


 マルセルが籠を戻すと、作業台には二つの卵が残った。


 ひとつを割る音がする。


 テレサは殻から中身が落ちるのを見ていた。


「嬢ちゃん。続きはこっちじゃないぞ」


 振り向くと、グレーテが台所の出口で待っていた。


「すみません」


 袋を押さえ、小走りになりかけて歩幅を戻した。


――


 用口へ戻ると、外でクロエが立ち上がった。


「クロ、そこにいて」


 木の根元で前脚が揃い、また腰が落ちる。


 グレーテは用口の内側の釘から前掛けを外した。


 テレサは差し出された前掛けを受け取る。


 紐を後ろへ回して結ぶと、裾が膝の下まで来る。


「腰で折って、もう一度」


 結び目を解き、余る分を折り込んだ。


 グレーテの指が、折ったところを押さえる。


 グレーテはテレサが結び終えるまで待ち、それから指を離した。


「腕を上げてみなさい」


 どくろんの袋が脇で揺れた。


 テレサは袋を背中側へ回し、紐を締める。


 もう一度腕を伸ばすと、前へ滑ってこなかった。


 グレーテが受け台へ布を広げた。


「今日は、包み布を分けます」


 端に細い裂け目があった。


 グレーテはそこへ指を当て、左右へ軽く引く。


 裂け目が開いた。


「これは包む物には戻しません」


 傷んだ布を台の右へ寄せ、次の一枚をテレサへ渡す。


 端の糸が長く出ていた。


 テレサはその根元を押さえ、布目を見た。


 引いても、織り目は開かない。


「ほつれは、ここだけです」


「それなら、糸を始末すれば使えます。左へ」


 テレサは左へ畳んで置き、次の布を手に取った。


 グレーテはすぐ脇に立っている。


 グレーテに手元を見られ、テレサの肩が少し上がった。


 テレサはいつものように布を畳み、台へ置こうとした。


 グレーテはテレサの手首に指を添えて止めた。


「揃える端は、こちらです」


 グレーテは布を開き直さず、向きを変えた。


 次の人が取る側へ、揃った端が向く。


 テレサはひとつ前の布も回した。


「分からないことは、その都度聞きなさい」


「はい」


 次の一枚は端を引くと、途中で薄いところが透けた。


 テレサはそこを指で示した。


「ここも、見ていただけますか」


 グレーテが横から布を受ける。


 今度は指が触れる前に、テレサのほうから手を空けられた。


 脇で短い指示を聞き、傷んだほうへ布を重ねる。


 外でクロエが伏せた。


 テレサはその姿を見てから、次の布へ手を伸ばした。


――


 夕方、受け台の最後の布を畳むと、グレーテが二つの山を見た。


「今日はここまでです」


 テレサは両手を台から下ろした。


 指の腹に、まだ布目が当たっているような感じがする。


「明日の朝も、ここへ来ればいいですか」


「ええ。朝食のあと、わたしと一緒に」


 前掛けを外し、教わった釘へ戻した。


 どくろんの袋を前へ回すと、肩がようやく下がる。


 戸の外へ出たところで、クロエが駆け寄ってきた。


「クロ、お待たせ」


 しゃがんだ膝へ鼻先が押しつけられる。


 テレサは首の両側を撫で、それから一緒に犬舎へ歩いた。


 水の器を持ち上げると、底に藁が一本沈んでいた。


 水を替え、手持ちの餌を出す。


 食べている背中の横で、テレサは膝を抱えた。


 台所から食器の触れる音が届く。


 あちらでは、自分の夕飯も用意されている。


「明日の朝、来るからね」


 クロエの耳が動いた。


 まだ食べ終えていないので、テレサは座ったまま待った。


 やがて器から鼻先が上がる。


 口元を拭いてやり、寝藁を起こしてから立つと、クロエも腰を上げた。


「クロ。今日は、ここで寝て」


 寝藁へ向けて掌を下げる。


 前脚が折れ、体が藁に沈んだ。


 テレサは戸を閉める前に手を入れ、額を撫でた。


 明日は宿代を数える朝ではない。


 この戸を開けに来て、水を替えて、それから仕事に行く。


 額から手を離すと、クロエが鼻でその手を追った。

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