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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第一部 アルワール村編
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22/31

第19話 紙の上の二人

 家へ戻ると、テレサは机へ紙を広げた。


 紙の端を押さえようと腕を伸ばすと、肩の傷が鈍く引きつった。


 エマが結んだ布は、まだ外せそうにない。


 テレサは痛まない側の手で紙をならした。


 どくろんが隣へ浮かぶ。


 窓の外はまだ明るい。クロエは戸口の敷物で、前脚に顎を載せてこちらを見ている。夕方の狩りへ出ない日が続くのを、不思議がっている顔だ。


『整理スルノデスカ』


「うん」


 テレサは中央へ一本線を引いた。


 左へ。


シリル


 右へ。


マティアス


 その下へ、小さく書き足す。


・学説を組み立てた知識は本物

・村で向けてきた親切も、今のところ否定する事実はない


『観測。事件ノ進行、停滞中』


「整理も進行のうちや」


『分類。中ダルミィ』


「おいやめろ」


「今日は」


「犯人やと決めるんやない」


「犯人やったら説明できるか、考える」


「仮説検証」


『一致』


――


「まず」


 左側へ書く。


・リュミナ触媒を扱っている


・トーマと揉めた


・平手打ちされた


・翌日トーマが死んだ


「ここまでは」


「全部合っとる」


『一致』


 シリル犯人説は十分成り立つ。


 だからこそ、ずっと疑ってきた。


――


「動機」


「客観視」


『一致』


 旅商人のシリルが、役人のトーマさんに手をかける。


 その動機は何か。


 最初に見た時は、痴情のもつれにも見えた。


 平手打ちの場面だけなら、そう読めてもおかしくない。


 でも、今ある情報では薄い。


 揉めた中身は、リュミナ触媒の仕入先だった。


 別件の怪しい取引を、勝手に増やす必要はない。


 いま言えるのは、ここまでだ。


・仕入先を教えなかった


・経路を隠している


・そこを役人に突かれた


 平手打ちの腹いせ。


 それで人を殺していたら、旅商人という商売は続かない。


 動機としては薄い。


 残るのは、口封じの方だ。


――


 リュミナ触媒。


 供給が止まった今、シリルさん自身も手に入れられない。


 先生も、もう手に入らないと言った。


 代わりの品もない。


 つまり、止まる前にあの人が持っていた経路は。


「誰でも持っとる経路やない」


『一致』


 その一本で、こんな村まで触媒が届いていた。


 帳簿に何度も残るくらい、続けて。


――


 それに。


 あの日、シリルさんは仕入先を教えなかった。


 でも、トーマさんは納得していなかった。


 そう言ったのは、シリルさん本人だ。


 断れば済む相手なら、あの夕暮れで終わっていた。


 終わっていないなら、次がある。


 あの時点のシリルさんは、そう見ていたはずだ。


 実際には、次は来なかった。


 その翌朝に、トーマさんが死んだからだ。


「役所が、商人にどこまで踏み込めるんか」


「うちは知らん」


『情報不足』


「せやろな」


 分からないまま、決めつけへ使うわけにはいかない。


 ただ、分からないのはこちら側だけだ。


 商人のシリルさんは、知っている。


 自分の商売がどこまで守れて、どこから守れないのかを。


「役人が経路を調べ出したら」


「止まるんは、この村の取引一本やない」


「その経路で動かしとるもん、全部や」


 商人にとって、仕入先の情報は命より大事だ。


 だが、それでわざわざ役人を殺したりはしない。


 聞かれるたびに殺していたら、商人はみんな人殺しになる。


 断る。はぐらかす。時間を稼ぐ。


 手はいくらでもある。


「殺すんは、その手が全部なくなった時やろ」


『経路秘匿。口封じ仮説』


『記録』


「動機は、まだ弱いな」


――


 でも。


 揉めた。


 平手打ちされた。


 その翌朝に、トーマさんは死んだ。


 その並びだけは動かない。


 動機はともかく、状況だけで見れば、シリルさんが一番近い。


――


 しかし。


 テレサはペンを止める。


「一つだけ」


「引っ掛かる」


『何デスカ』


――


「うち」


「生きとるんよな」


 どくろんは黙って続きを待った。


――


「シリルさんは」


「うちがあの場におったって知っとる」


『一致』


「トーマさんが」


「地震の時に外におったこと」


「知っとるんも」


「うちだけ」


『一致』


――


 事故だと思われていた出来事が。


 本当は違うかもしれない。


 そう考えられる人間は、一人しかいない。


「もし」


「シリルさんが犯人やったら」


「うち、一番邪魔やない?」


――


 どくろんが短く返す。


『説明ヲ続行』


――


「でも」


「殺されへんかった」


 それどころか。


 シリルは自分から会いに来た。


 質問にも答えた。


 リュミナ触媒の用途まで話した。


 もちろん全部ではない。


 何か隠している。


 それは間違いない。


 でも。


「知られたないんやったら」


「情報なんか増やさへん」


「普通は」


『一致』


――


 テレサは左側へ書いた。


犯人なら説明しにくい


――


「もちろん」


「絶対やない」


「別の理由があるかもしれへん」


『一致』


『デスガ』


『説明力ハ低下』


「うん」


 少なくとも。


 今知っている事実だけなら。


 シリル犯人説は、一歩後ろへ下がる。


 書いた線を、指でなぞる。インクはもう乾いていた。


――


 今度は右側を見る。


マティアス


 書く。


・リュミナ触媒を買っていた


・ヴァルド石の話で反応した


・最初に「誰から聞いた?」と尋ねた


「ここまでは」


「事実」


『一致』


――


 テレサは腕を組む。


 ペン先のインクが乾きかけ、紙の上で一度掠れた。壺へ浸し直す。指先に、夜へ向かう部屋の冷えが触れた。


「先生が犯人やと仮定する」


「でも」


「まだ一つ説明できへん」


「トーマさんを殺す理由」


 何かを隠しているように見える。

 それだけで、昔から知る親切も、積み上げてきた研究も、全部が嘘になるわけではない。

 まして、人を死なせたと決めるには遠すぎる。


 違法採掘。


 その可能性はある。


 しかし。


「それだけで」


「人を殺すやろか」


『断定不能』


『一致』


――


 しばらく沈黙が流れる。


 テレサは立って、竈へ枝を一本足した。考えの詰まる時ほど、手は仕事を欲しがる。


 ふと。


 工房での会話を思い出す。


「この辺って、ヴァルド石が採れる場所ってあるんですか?」


「……どうして、そう思ったんです?」


「誰かから聞きましたか?」


――


「先生」


「ヴァルド石があるかどうかより」


「誰が知っとるかを気にした」


『一致』


――


「違う」


 テレサは首を振る。


「もっと違う」


 紙へ新しく書く。


知っている人


 そして横線を引く。


知ろうとしている人


「先生が警戒したんは」


「知っとる人やない」


「知ろうとしとる人」


『推論』


『根拠アリ』


――


 その瞬間。


 もう一つの事実が繋がった。


 トーマ。


 彼女は何を知っていたのか。


 それは分からない。


 でも。


 調べ始めていた。


 供給停止の理由と、リュミナ触媒の仕入先。


 研究計画と調達を確認する、監査担当として。


 秘密へ近付こうとしていた。


――


 テレサは最後に書く。


仮説


・マティアスは、秘密を知った人間ではなく、秘密へ近付く人間を恐れる。


・トーマは、その「近付く人間」になってしまった。


――


 どくろんが静かに言う。


『ますたー』


『モシ』


『ソノ仮説ガ正シイナラ』


「ン?」


『現在』


『秘密ヘ最モ近付イテイル人物ハ』


 テレサは紙を見つめたまま、小さく笑う。


「……うちか」


『一致』


「まだ仮説や」


『危険度評価ノ更新ヲ推奨』


「せやな」


 どくろんの眼窩が、テレサの肩へ向いた。


『追加』


『マティアスハ』


『ますたーノ負傷情報ヲ取得済ミ』


『抵抗能力ヲ低ク見積モル可能性アリ』


 布の下で、傷が鈍く脈打った。


「……そこまで含めて、考えなあかんな」


――


 テレサは紙を見下ろした。


 線は引けた。


 引けただけだ。


「先生が掘っとる証拠」


「うちに取れるか?」


『取得手段ヲ確認デキマセン』


 家探しはできない。帳簿も見られない。役所を動かす言葉も持っていない。


 このまま座っていても、紙の上の線は線のままだ。


 答えが出てくるとしたら、向こうが動いた時だけだ。


 そして、動かせる場所に立っている人間が、一人いる。


――


「先生が犯人やないなら」


「うちが近付いても、何も起こらへん」


『肯定』


「犯人なら」


 秘密へ近付く人間を、あの人は放っておけない。


「逃げるか。隠すか。……口を塞ぎに来るか」


『動キハ襲撃ト限リマセン』


「どれでもええ。動けば、それが答えや」


「備えだけは、最悪の方に合わせるけどな」


 先生がそういう人やと、決めたわけやない。


 決められるだけの材料が、まだ無いだけや。


 テレサはペンを置いた。


 部屋には、夕暮れの静けさだけが残っていた。


 戸を開け、クロエを外へ出してやる。西の空が、燃え尽きる前の色をしていた。


 明日、工房へ行く。


 それだけを決めて、紙を伏せた。

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