第15話 あの商人、見とる
「それだけですか?」
不意に、シリルが尋ねた。
「何が?」
「今日、知りたかったことです」
「トーマさんが何を調べていたか。それを確認しに来ました」
「それだけですか?」
同じ問い。
声の調子も変わらない。
だが、二度目には意味があった。
二人の間を、市場の音が流れていく。それなのに、この一角だけ、空気が静かに張っていた。視線と視線が、天秤の皿のように釣り合っている。
質問の目的は、情報の確認ではない。
自分がどこまで来ているか。
何を疑っているか。
次にどこへ向かうつもりか。
それを測っている。
『能力評価ノ質問ト推定』
どくろんが告げた。
「せやな」
テレサはシリルから目を逸らさなかった。
「答える必要はありますか?」
「ありません」
シリルはあっさり引いた。
「ただ、少し興味がありまして」
「何に?」
「テレサさんが、亡くなった方の足跡をどこまで辿るのか」
「見物するつもり?」
「見物、ですか」
シリルは少し考えるような顔をした。
「近いかもしれません」
否定しない。
助けるとも言わない。
止めるとも言わない。
ただ、見る。
こちらがどこまで辿り着くのか。
「悪趣味ですね」
「商人は、人を見るのも仕事ですので」
「私は客じゃない」
「そうでしょうか」
柔らかな笑み。
「何かを求めて露店へ来られた方は、皆さんお客様ですよ」
「欲しいものを売る気はある?」
「私が扱っている品でしたら」
「真相は?」
「残念ながら、私の商いでは取り扱っておりません」
綺麗にかわされた。
どくろんが少し上下する。
『回答回避』
「商売人としての回答です」
『意味的整合性ハ低』
「手厳しいですね」
『評価結果デス』
テレサは椅子から立ち上がった。
これ以上聞いても、同じところを回るだけだ。
得られた情報はある。
だが、シリルの意図まで聞き出せたわけではない。
「今日はありがとう」
「どういたしまして」
シリルは軽く頭を下げる。
「また何かございましたら、いつでも」
「次は答えを買えるようにしておいてください」
「それは難しい注文ですね」
「商人でしょう」
「だからこそです」
シリルは笑った。
「価値の高いものほど、簡単にはお売りできません」
テレサは返事をせず、露店を離れた。
シリルは引き止めなかった。ただ、目だけが最後まで動きを追ってきた。背中で、それが分かった。
どくろんが後ろからついてくる。
一歩下がると、人の声が一層近くなった。
荷車。
客引き。
立ち話。
さっきまでの会話だけが、その喧騒の中で薄く切り取られていたように感じる。
『ますたー』
『取得情報ノ整理ヲ開始シマスカ』
「今度は小声で」
『音量ヲ低下シマス』
どくろんの声が、わずかに小さくなった。
『シリル証言ニヨリ、トーマノ調査対象ハリュミナ触媒ノ供給元及ビ入手経路ト判明』
「うん」
『リュミナ触媒ハマティアスノ研究ニ必要』
「うん」
『リュミナ触媒ノ供給停止理由ハ不明』
「うん」
『シリルノ発言ニ、現時点デ明確ナ矛盾ハ確認デキマセン』
「せやな」
テレサは歩きながら、頭の中で情報を並べ直す。
トーマは、ただ商品が入らなくなったことを聞いていたのではない。
提供元。
入手経路。
いつから止まったのか。
その周辺を調べていた。
なぜ役人がそこまで動いたのかは、まだ分からない。
『追加観測』
「何?」
『シリルハ、ますたーノ思考過程ヲ確認シヨウトシテイマシタ』
「分かっとる」
『初回接触時ト比較シ、評価変更ノ可能性アリ』
「それも分かっとる」
最初から、自分は相手にされていなかった。
危険な捜査者として恐れられていたわけでもない。
ただ、放置して問題があるかどうかを測られただけだ。
今日も立場が逆転したわけではない。
シリルは依然として、自分より多くを知り、上から盤面を見ている。
ただし。
(少しだけ、見方を変えた)
思ったより考える。
思ったより話を逸らされない。
思ったより、先へ進むかもしれない。
その程度。
それでも、変化は変化だった。
『ますたー』
「何?」
『シリルハ情報ヲ提供シマシタガ、真相ヘ誘導スル意図ハ確認デキマセン』
「せやろな」
『目的ハ不明』
「不明やない」
テレサは一度だけ振り返った。
露店の前に立つシリルは、すでに次の客へ笑顔を向けている。
先ほどまでの会話など、何でもなかったように。
「あの人、答えを教える気はない」
『一致』
「止める気も、たぶんない」
『根拠不足』
「せやけど、見とる」
『観察行動ハ確認済ミデス』
「私がどこまで辿り着くか」
どくろんは数秒沈黙した。
『推定トシテ記録シマス』
「そうして」
テレサは前を向いた。
シリルは真相を隠す壁ではない。
少なくとも、ただの壁ではない。
向こう側から、こちらがどこまで登ってくるかを眺めている。
夕方へ傾いた風が、露店の布を鳴らして通り過ぎた。
その余裕が、腹立たしかった。
同時に。
少しだけ、負けたくないと思った。




