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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第一部 アルワール村編
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16/29

第14話 仕入れが止まった日

「それで、今日は何を?」


「トーマさんのことです」


「ああ」


 シリルは、思い出したようにではなく、最初から話題を予想していたように頷いた。


「まだ私は、犯人だと思われているのでしょうか」


 冗談めいた言い方だった。


 自分の潔白を訴える響きはない。


 反応を待っている。


「その確認も含めて来ました」


「正直ですね」


「嘘をつく必要がないので」


「なるほど」


 シリルは満足そうに頷いた。


 今の返答の、何に満足したのかは分からない。


 露店の前を、荷を担いだ男が通り過ぎる。シリルは会釈だけを返し、視線はこちらから外さなかった。


「トーマさんは、亡くなる前にあなたを訪ねています」


「ええ。来られましたよ」


「何を聞かれました?」


「触媒についてです。リュミナ触媒、です」


 間がない。


「私がマティアス先生へお売りしていたリュミナ触媒。その入手先を尋ねられました」


「入手先を?」


「はい」


「どうしてトーマさんがそんなことを?」


「そこまでは聞いていません」


 即答。


 用意していた答えかもしれない。


 だが、用意していることと嘘であることは同じではない。


 切り分ける必要がある。


「答えたんですか」


「いいえ」


「なぜ?」


「商売上の秘密ですので」


 シリルは困ったように眉を下げた。


「仕入先を誰にでもお教えしていては、商人として成り立ちません」


「トーマさんは役人です」


「存じています」


「それでも?」


「それでもです」


 柔らかい。


 だが、引く気はない。


「正式な命令があれば、また話は違ったかもしれません。しかし、あの日は質問されただけでしたから」


『回答拒否ヲ確認』


 どくろんが淡々と告げた。


「どくろん」


『事実ヲ記録シマシタ』


 シリルはどくろんへ視線を向ける。


「記録もできるのですか」


『可能デス』


「それは便利ですね」


『用途ノ一部デス』


「ますます興味深い」


 その言葉はどくろんへ向けられていたが、視線は途中からテレサへ戻っていた。


 何を持っているのか。


 どこまで使えるのか。


 何を記録させているのか。


 そう測っている。


(やっぱり、こっちも見られとるな)


 思考が調査へ沈むにつれ、頭の中の言葉が自然と関西弁へ寄っていく。


(質問に答えとるようで、会話の主導権は渡してへん)


(こっちが何を知っとるか。それだけやない)


(どこまで考えられるか、見とる)


「それで、トーマさんに平手打ちされた?」


「ええ」


 シリルは頬へ指先を当ててみせた。


「お恥ずかしい話ですが」


「何をしたんですか」


「少し、戯けすぎました」


「具体的には?」


「そこまで詳細に申し上げる必要がありますか?」


 返答ではなく、問い返し。


 テレサはシリルの表情を見る。


 拒絶ではない。


 こちらがどこまで食い下がるかを見ている。


「あります」


「理由を伺っても?」


「トーマさんが怒った原因を確認したいからです」


「私が何か隠していた可能性をお考えですか」


「可能性はあります」


「他には?」


 一瞬、テレサは言葉を止めた。


 他には。


 聞かれているのは、表向きの質問理由ではない。


 何を仮説にしているか。


 どこまで枝を伸ばしているか。


 それを話せと言っている。


『情報取得デハナク、思考過程ノ確認ト推定』


 どくろんが横から告げた。


「……どくろん」


『推定結果ヲ出力シマシタ』


 シリルの笑みが、ほんの少し深くなった。


「優秀ですね」


『事実デス』


「そこも否定しないんですね」


『客観的評価デス』


 シリルは楽しそうだった。


 だが、どくろんそのものを面白がっているだけではない。


 どくろんが口にしたことで、こちらが自分の意図へ気づいていると知った。


 その反応を見ている。


(なるほどな)


(試しとることを隠す気も、もうあらへんわけや)


「話したくないなら、無理には聞きません」


 テレサが言うと、シリルは少し首を傾けた。


「諦めるのですか?」


「優先順位を変えるだけです」


「優先順位」


「平手打ちの細かい原因より、トーマさんがリュミナ触媒について何を聞いていたかの方が重要です」


 シリルの目がわずかに細くなる。


 笑顔はそのまま。


 だが、今までとは反応が違った。


「そうですか」


 短い返答。


 評価が一段、書き換えられたように見えた。


「では、そちらをお話ししましょう」


 シリルは荷車の脇の革鞄へ手を伸ばし、一冊の帳簿を取り出した。


「先生は以前から、同じリュミナ触媒を定期的に購入されていました」


 帳簿を開き、いくつかの記録を指で示す。


「量に多少の違いはありますが、継続的な取引です」


「最近は?」


「止まっています」


「先生が買わなくなった?」


「いいえ」


 シリルは首を振る。


「私が仕入れられなくなりました」


「いつから?」


「この辺りです」


 日付を指す。


 帳簿の字は細かく、行が真っ直ぐに揃っていた。商いの丁寧さは、字にも出るらしい。


 テレサは記憶の中の時系列と重ねた。


 供給が止まる。


 マティアスが困る。


 トーマが入手先を調べ始める。


 その後、トーマが死亡する。


 並べれば接点はある。


 だが、それだけだ。


 接点があることと、因果関係があることは別だ。


「理由は?」


「分かりません」


「仕入先には?」


「尋ねました」


「返事は?」


「今は入らない、とだけ」


「他の経路は探した?」


「もちろんです。商人ですから」


「見つからなかった」


「ええ」


「マティアス先生は?」


「困っていましたよ」


 シリルはごく普通のこととして答えた。


「あれがなければ、研究が進まないそうです」


「代用品は?」


「私の知る限り、ありません」


「リュミナ触媒の用途は知っている?」


「ええ。ヴァルド石から魔力を抽出するための、リュミナ触媒ですね。ただ、この国ではあまり一般的な技術ではありません」


「そうなの?」


「アルディアでは、ヴァルド石をエネルギー源として利用する技術文化があまり根付いていませんから。需要も少なく、流通量も多くありません」


「そのうえ、許可のない採掘は違法です。正規の流通だけでは、まとまった量を確保するのは難しいんですよ」


『旧型エーテル鉱ノ鉱脈ガ遺跡周辺ニアレバ——』


「ごほっ!」


 どくろんの言葉を、テレサはわざとらしい咳で遮った。


「どくろん、余計なこと言わんで」


『失言ト判断。以後注意』


「……?」


 シリルは一瞬だけ首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。


 その返答に、テレサは少しだけ目を細めた。


 嘘かもしれない。


 だが、今ここで嘘と断定する材料はない。


『情報不足』


 どくろんが告げる。


「何について?」


『シリルノ知識範囲。発言ノ真偽判定ニ必要ナ比較情報ガ不足シテイマス』


「そうやな」


 口から関西弁が漏れた。


 シリルがそれを聞き逃さなかった。


「以前とは、少し話し方も違いますね」


「そうですか?」


「ええ」


 穏やかな声。


「前にお会いした時は、もっと言葉を選んでいたように見えました」


「今も選んでます」


「そうでしょうか」


「何が言いたいんですか」


「いえ」


 シリルは笑みを崩さない。


「少し、印象が変わっただけです」


「どんなふうに?」


 問い返すと、シリルはすぐには答えなかった。


 初めて、意図的な間を置いた。


「思っていたよりも、整理して考える方なのですね」


 褒め言葉の形をしている。


 だが、最初はそう思っていなかったという意味でもある。


「前は、考えられない村娘やと思ってた?」


「そこまでは申し上げていません」


『否定モシテイマセン』


 どくろんが補足する。


「どくろん」


『発言ノ論理構造ヲ確認シマシタ』


 シリルが小さく笑う。


「本当に便利ですね」


「話を逸らさないでください」


「逸らしたつもりはありませんよ」


「じゃあ、答えて」


「どう評価していたか、ですか?」


「はい」


「田舎の村で暮らす、勘のよい狩人の娘」


 シリルはあっさり答えた。


「それ以上でも、それ以下でもありません」


「今は?」


「そうですね」


 テレサを見る。


 表情。


 姿勢。


 息遣い。


 こちらが逆に観察していることまで含めて、見透かそうとする視線。


「少し、訂正が必要かもしれません」


「どこを?」


「まだ考えているところです」


 答えを渡す気はない。


 だが、最初より評価が変わったことだけは認めた。


(上からやな)


(せやけど、実際こいつの方が一枚も二枚も上や)


(そこは認めなあかん)


 認めた上で、次に何を取るか。


 感情ではなく、目的へ戻す。


 シリルへの質問を続ける。


「他にも?」


「リュミナ触媒の提供元について、何度か聞かれました」


「入手経路も?」


「ええ」


「いつから止まったかも?」


「尋ねられました」


「何に使われるかは?」


「それは先生へ聞くべきことではないでしょうか」


 答えを避けた。


 だが、今の回避は不自然ではない。


 商人は商品を売る。


 用途まですべて知っているとは限らない。


 日が少し傾き、露店の布の影が伸びていた。長話になっている。それでも、シリルは店を畳む素振りを見せなかった。


 通りの人波も、昼の買い物客から、仕事帰りの足早な流れへ変わり始めている。


「トーマさんは、納得していましたか」


「いいえ」


 シリルは今度も即答した。


「納得された様子ではありませんでした」


「そのあと、何かした?」


「何か、とは?」


「トーマさんの質問について調べるとか、先生に伝えるとか」


「していません」


「本当に?」


「はい」


 淀みはない。


 ここも、真偽は判定できない。


 ただ、一つだけ確かなことがある。


 シリルは、自分からこの話を出している。


 リュミナ触媒。


 供給停止。


 トーマの質問。


 マティアスが困っていたこと。


 隠したければ、もっと曖昧にできた。


 それをしない。


 だからといって潔白とは限らない。


 見せても問題のない情報だけを選んでいる可能性もある。


(情報開示に見えて、開示範囲は全部こいつが決めとる)


(こっちに渡しとるんやなく、盤面に置いとるだけや)


『ますたー』


「何?」


『現時点ノ取得情報ヲ整理シマス』


「ここで?」


『会話中ノ整理ハ有効デス』


「……短くして」


『トーマハリュミナ触媒ノ提供元及ビ入手経路ヲ調査。同触媒ハマティアスガ継続購入。現在ハ供給停止。停止理由ハ不明。シリル証言ニ明確ナ矛盾ハ未確認』


 どくろんは一息に読み上げた。


 周囲を通る人間がちらりとこちらを見る。


 テレサは額を押さえたくなった。


「全部口に出さんでええねん」


『整理要求ヲ受領シマシタ』


「心の中でやって」


『念話機能ハ存在シマセン』


「知っとるわ」


 シリルは声を立てずに笑っていた。


 笑い声を出さないのは、癖なのだろう。感情まで小売りしない男だ。


「良い相棒ですね」


「うるさいですけど」


『音声出力ハ必要機能デス』


「ほら」


「ですが、今の整理は正確です」


 シリルが言った。


「少なくとも、私がお話しした範囲では」


 わざわざ付け足した。


 テレサは顔を上げる。


「話していないことがある?」


「商人ですから」


「答えになってない」


「すべてを話す人間など、そうはいないでしょう」


 穏やかで、正論めいている。


「テレサさんも、ご自分の考えをすべて私へ話してはいませんよね」


「当たり前です」


「でしたら、お互い様です」


 会話の形は対等。


 だが、実際の情報量は違う。


 シリルは多くを知っている。


 自分は、その一部を拾っているだけだ。

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