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どくろと転生少女の異世界ポンコツ事件簿  作者: みぃ
第一部 アルワール村編
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第12話 後ろの足音

 執務室を出て、村の道へ戻る。


 後ろに、誰かの視線がある気がした。


 偶然かもしれない。


 ただ、首の後ろの産毛が立っている。森でこれを感じた時は、大抵、何かがいた。


 村は地震の後片付けで騒がしい。


 槌の音。


 荷車の軋み。


 家畜の鳴き声。


 壊れた壁を積み直す村人たちの掛け声。


 雑多な音が重なっている。


 その中で、テレサは一つだけ、妙に規則正しい音を拾った。


 靴底が土を擦る音。


 自分が歩く。


 少し遅れて、後ろも歩く。


 自分が速度を落とす。


 後ろの足音も、少し遅れて遅くなる。


 昨日、シリルについて聞き回った。


 マティアス先生に理由を聞き返された。


 今日は、殺された側から辿る。


 さっきまで、トーマさんの執務室にいた。


 エマと話して、文書の整理と、見当たらない紙の話を聞いた。


 その足で歩いている今、後ろについてくる音。


 同じ方向へ向かう人間など珍しくない。


 村の北には畑も、家畜小屋も、共同物置もある。


 それでも、偶然だけで片づけるには、半拍遅い。


 テレサは足を止め、道端の柵を直している男へ軽く頭を下げた。


「おはよう」


「ああ、テレサちゃん。今日は狩りか?」


「まだ決めてない」


「無理するなよ。あんた、ついこの間まで行方不明だったんだから」


「うん」


 短いやり取りの間、背後の足音も止まっていた。


 会話が終わり、テレサが歩き出す。


 後ろも動く。


『ますたー』


「黙って」


 声は小さかった。


 どくろんはすぐに沈黙した。


 テレサは振り返らなかった。


 森では、見られていると感じた時ほど、すぐに振り返ってはいけない。


 相手へ気づいたと教えるだけだからだ。


 肩の力を抜き、歩幅を普段のそれへ戻す。道端の物置や畑へ目をやるふりで、視界の端だけを広く使う。


 何も気づいていない娘の背中を、丁寧に作る。


 耳だけを後ろへ向ける。


 一人。


 距離は二十歩以上。


 近づこうとはしていない。


 歩幅は安定していない。


 こちらが止まると慌てて止まり、進むと少し遅れて進む。


 尾行に慣れた人間の動きではない。


 シリルではない。


 あの男なら、こんなふうに音を立てないだろう。


 仮に見つかるよう動くとしても、それ自体がこちらへの試験になる。


 今の足音には、そんな余裕がなかった。


 テレサは道の端に落ちていた小石を蹴った。


 乾いた音が転がる。


 その音に紛れて、背後の呼吸を探る。


 浅い。


 落ち着いていない。


 追っている側の方が緊張している。


 それが分かると、こちらの心臓は少し落ち着いた。おかしな話だ。追われているのは、こちらなのに。


 敵意は感じない。


 殺気もない。


 けれど、確かにこちらを意識している。


 村外れの分かれ道へ来た。


 右は森。


 左は共同物置と家畜小屋へ続く。


 本来なら右へ行く。


 テレサは左へ曲がった。


『経路変更』


 どくろんがごく小さな声で言う。


「うん」


『目的』


「確認」


 共同物置の裏を回る。


 薪が高く積まれていた。


 その陰へ入ったところで、テレサは足を止めた。


 どくろんも止まる。


 背後から足音が近づいてきた。


 迷いがある。


 一度止まり、また進み、急に横へ逸れた。


 隠れ場所を探したのだろう。


 遅い。


 猪の方が、まだ気配を消すのが上手い。


 テレサは薪の隙間から道を見る。


 少しくたびれた旅装。


 革鞄。


 寝癖のような髪。


 マティアスだった。


 薪の匂いの中で、テレサは自分の息を細くした。見つけた側なのに、見つかった時のように鼓動が鳴った。


 彼は道の脇へしゃがみ込み、何もない地面を熱心に調べている。


 少なくとも、そう見せようとしていた。


 指先で土をつまみ、首を傾げる。


 学者が何かを調べている姿としては自然だった。


 ただし、その場所には珍しい草も、石も、虫もない。


『先生』


 どくろんが囁いた。


「見えてる」


『追跡対象ト一致』


「まだ追跡とは決めてへん」


『経路変更後モ追従』


「偶然かもしれん」


『可能性、低』


「ゼロやない」


 昨日、シリルについて尋ねた理由を聞き返された。


 その翌日に、被害者側を辿り、執務室でエマと話した。


 その足で、こうして後ろを歩かれている。


 つながりはある。


 追っているなら、少なくともエマへの接触は見ているはずだ。


 執務室の出入りくらいは、見えていたはずだ。


 中で何を話したかまでは分からない。


 けれど、「役所側へ近づいた」こと自体は、もう相手の視界に入っている。


 だから今も、後ろを歩いている。


 意味までは分からない。


 シリルを庇っているのか。


 自分も何かを知っているのか。


 危険な商人へ近づく子供を、心配して見張っているだけなのか。


 あるいは、執務室とエマへの接触を、まずいと思って見ているのか。


 役所の紙や、トーマさんの残した痕跡へ近づいたと受け取ったのか。


 急に口数が増え、妙な使い魔を連れ、事件を嗅ぎ回り始めたテレサへ、学者として興味を持っただけかもしれない。


「ストーカー?」


 思わず漏れた。


『未知語』


「知らんでええ」


『情報取得希望』


「今は黙っといて」


『了解』


 少し間を置いて、どくろんが続けた。


『発声制限中』


「その報告もいらん」


 マティアスは地面を見たまま、何度もこちらの進行方向を気にしている。


 薪の陰にテレサがいるとは気づいていないらしい。


 やがて、彼は立ち上がった。


 周囲を見回す。


 テレサを見失ったと理解した瞬間、表情がわずかに強張った。


 心配している人間の顔にも見える。


 秘密を探られることを恐れている人間の顔にも見える。


 いま見失った相手が、さっきまで執務室にいたことを知っている人間の顔にも見える。


 どれとも決められない。


 マティアスがこちらへ歩き始めた。


 テレサは薪の反対側から静かに抜け出した。


 物置を一周し、先ほどとは別の道へ出る。


 足音を立てない。


 呼吸も浅くする。


 どくろんは黙って後ろをついてくる。


 家畜小屋の角を曲がったところで、今度は普通の歩調へ戻した。


 数十歩進む。


 背後から、慌てて近づいてくる足音。


 ほどなくして、それは再び距離を取った。


 背中に、視線が戻る。


 テレサは気づかないふりのまま、いつもの速さで歩き続けた。


 顔は前へ。息は静かに。鼓動だけが、速かった。


 見失ったあと、探して追いついてきた。


 偶然ではない。


『判定』


 どくろんが小声で告げる。


『追跡行動』


「うん」


 テレサは前を向いたまま頷いた。


 胸の奥が少し冷える。


 昨日まで「先生」は、無事を喜んでくれる側の人だった。今日から、観察すべき相手になった。


 それだけのことが、思ったより重い。


 マティアスの尾行は、あまりにも不器用だった。


 だからこそ、怖かった。


 訓練された人間なら、仕事としてやっている可能性が高い。


 だが、素人が自分を追うには、それなりの理由がいる。


 心配。


 好奇心。


 罪悪感。


 警戒。


 秘密。


 どれかは分からない。


 けれど、何もない人間は、わざわざ見失った相手を探してまで追い直さない。


「先生、何してるんや?」


『追跡』


「それは見たら分かる」


『監視目的、推定』


「何でうちを?」


『情報不足』


「せやな」


 昨日、シリルについて尋ねた。


 マティアスは理由を聞き返した。


 その翌日、被害者側を辿り、執務室でエマと話した。


 その足で、こちらを追っている。


 追っているなら、少なくともエマへの接触は見ている。


 執務室の出入りは、相手の視界に入っている。


 ただし、その事実だけでシリルの共犯とは言えない。


 シリルを庇っているのか。


 シリルを恐れているのか。


 あるいは、シリルのことなど関係なく、テレサが何を調べるかを知りたいのか。


 執務室とエマへの接触を、まずいと思って見ているのか。


 意味はまだ決めない。


 決めるには、情報が足りない。


 テレサは足を止めなかった。


 尾行へ気づいていないふりをする。


 追われていると分かった以上、相手が何を見るつもりなのか確かめた方がいい。


 こちらから問い詰めれば、警戒される。


 逃げれば、何かを隠していると思われる。


 なら、しばらく泳がせる。


 前世の言葉が自然と浮かんだ。


『方針』


 どくろんが問う。


「予定どおり、トーマさんを調べる」


『追跡者ヘ情報ヲ提示スル可能性』


「見せる情報は選ぶ」


『了解』


「あと」


『是』


「今から、先生のことも見る」


 第一容疑者はシリルのままだ。


 最後にトーマと争い、テレサの知識を確認し、殺害の必要まで口にした。


 その疑いは消えていない。


 しかし、マティアスも何かを隠している。


 昨日の質問。


 今日の執務室。


 その後の尾行。


 少なくとも、無関係ではない。


『情報更新』


 どくろんが告げた。


『マティアス』


 一拍置く。


『保留カラ、調査対象ヘ変更』


「うん」


 テレサは森へ続く道を選んだ。


 後ろの足音も、遅れて同じ道へ入る。


 木々の間へ進むにつれ、村の音が遠ざかっていく。


 槌の音。


 荷車の軋み。


 人の声。


 一つずつ消えた。


 残ったのは、自分の足音と、少し遅れて続くもう一人分の足音だけだった。


 見られている。


 監視されている。


 そして相手は、自分が気づいていないと思っている。


 テレサは振り返らなかった。


 視線を正面へ向けたまま、腰の小刀へ一度だけ指を触れる。


 マティアスに殺気はない。


 今は。


 けれど、シリルも最初から殺気を見せていたわけではない。


 人は笑いながらでも襲う。


 育ての老人の言葉が、ふいに蘇った。


 森へ入った瞬間、テレサの歩き方が変わる。


 音が消える。


 足跡が浅くなる。


 木々の匂いが濃くなり、肩から余計な力が抜けていく。人の目より、森の方がよほど気楽だった。


 背後の足音だけが、急に大きく聞こえた。


 追う側は、まだ自分が追われ始めたことに気づいていない。


 テレサは小さく息を吐き、森の奥へ進んだ。


 背後の足音は、下草に絡まれて二度乱れ、木立の入り口で止まった。


 森は、慣れない者を奥へ通さない。


 ここから先は、追われる場所ではなく、こちらの庭だ。


――


 夕方には家へ戻り、クロエに水とご飯をやって、自分も干し肉を噛んだ。


 囲炉裏の火を見ながら、今日増えた「見る相手」を、頭の中の帳面へ書き加える。


 調査の日でも、飯は同じ味がした。それが、少しだけありがたかった。

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