第10話 隠密性、低
村の中心へ向かう途中、テレサたちは何度も振り返られた。
正確には、振り返られていたのはテレサではない。
その肩口を漂う、濃い灰色の小さな髑髏だった。
『ますたー』
「何」
『視線、多数』
「分かってる」
『注目度、上昇中』
「実況せんでええ」
畑仕事の手を止めた男が、どくろんを目で追う。
井戸端にいた女たちは、声を潜めるどころか、こちらへ聞こえる程度の声で話していた。
「テレサちゃん、あれ何だい?」
「使い魔」
テレサは足を止めずに答えた。
『使イ魔デハアリマセン』
「黙っといて」
『訂正処理』
「今せんでええ」
女たちの目が一斉に丸くなる。
「喋ったよ」
「ずいぶん変わった使い魔だねぇ」
『観測端末デス』
「本人はこう言うてるけど、使い魔でええから」
『分類、誤り』
「説明が長なるねん」
『簡略化ニヨル情報欠損』
「村の真ん中で正式名称から説明しろ言うんか」
『推奨』
「せんわ」
どくろんは数秒黙った。
『情報伝達、非効率』
「うるさい」
背後で笑い声が上がった。
好奇の視線は消えなかったが、少なくとも不気味がられてはいないらしい。
この世界には使い魔も、喋る魔道具も存在する。
空を飛ぶ髑髏は珍しくても、あり得ないものではない。
『受容、確認』
「せやから、使い魔で通る言うたやろ」
『誤認ニヨル受容』
「通ったら勝ちや」
『勝敗条件、不明』
「そこから説明せなあかんの?」
『情報不足』
テレサはため息をついた。
その横で、どくろんは何事もなかったように浮いている。
村人たちは二人を見送りながら、今度は隠す気もなく囁き合っていた。
「テレサちゃん、ずいぶん喋るようになったねぇ」
「相手があれなら、口数も増えるさ」
聞こえていた。
聞こえないふりをした。
『ますたー』
「聞こえとる」
『会話量、増加』
「誰のせいや」
『不明』
「お前や」
『証拠不足』
「お前以外おらんやろ」
どくろんの眼窩が、淡く明滅した。
『仮説トシテ記録』
「記録せんでええ」
また、近くの村人が吹き出した。
テレサは顔をしかめたが、歩調は少しだけ軽くなっていた。
次に立ち寄ったのは、村の雑貨屋だった。
土間に俵と籠。棚には塩壺と針山、染めた糸の束。天井から吊るした籠には、地震で欠けたらしい皿がまとめて入れてある。狭い店だが、村の暮らしの半分はここで揃う。
地震で棚の一部が倒れたらしく、店主は品物を並べ直しているところだった。
「手伝おうか?」
「いいよいいよ。あんたはまだ休んでな」
そう言いながらも、店主の視線はどくろんへ釘付けだった。
「それ、何だい?」
「使い魔」
『使イ魔デハ――』
テレサはどくろんを両手で掴んだ。
「使い魔」
『…………』
「喋るんだろ?」
「喋る」
『現在、発声制限中』
「喋っとるやん」
店主が声を上げて笑った。
ひとしきり珍しがられたあと、テレサはさりげなく話題を変えた。
「なあ。最近来てる旅商人さん、ここにも品物持ってきてた?」
「シリルさんかい? もちろん」
店主はすぐに頷いた。
「塩に針、薬草を包む紙。品も悪くないし、値段も良心的だよ」
「揉めたことは?」
「ないねぇ。あの人、愛想もいいから」
「遅れたり、頼んだ物が来なかったりは?」
「少なくとも、うちではないよ」
店主は少し考えてから続けた。
「変わった物を頼んでも、次に来る時にはだいたい見つけてくれる。商売上手なんだろうね」
「そう」
テレサは頷いた。
村での評判は、やはり良い。
仕事も堅実。
恨まれるような揉め事もない。
『評価、良好』
どくろんが横から口を挟んだ。
「聞こえとる」
『犯人仮説トノ整合性、低下』
「店の中で言うな」
店主が手を止めた。
「犯人?」
「何でもない」
『調査中』
「お前ほんま黙れ」
『発声制限、再開』
テレサはどくろんを脇へ抱え込んだ。
店主は目を瞬かせていたが、やがて苦笑した。
「まあ、何を調べてるか知らないけど、シリルさんなら悪い人には見えないよ」
「ありがとう」
店を出てから、テレサは抱えていたどくろんを離した。
どくろんはすぐに肩の高さまで浮かび上がる。
『拘束解除』
「余計なこと言うからや」
『事実提示』
「聞く相手を選べ」
『情報共有ハ重要』
「共有先も重要や」
『情報ヲ更新シマス』
「ほんまに更新した?」
『今後、犯人仮説ハ小声デ提示』
「そこだけ?」
『是』
「まだ足りん」
『情報不足』
「便利やな、それ」
『仕様デス』
聞き込みを重ねても、シリルの悪評は出なかった。
井戸端では、女たちが繕い物の手を動かしながら答えてくれた。パン焼き小屋の前では、粉だらけの男が窯の火を見ながら答えた。誰の答えも、作業の音と一緒に返ってくる。石を積む音。粉を振るう音。裏手の山羊の鳴き声。
村は忙しい。忙しくて、それでも、聞けば手を止めずに答えてくれる。
商品の質は良い。
約束は守る。
子どもにも愛想がいい。
困っている家には、代金を待つことすらあったらしい。
話のついでに、地震の夜の怖さや、直しの進み具合まで聞かされる。聞き込みのつもりが、途中から村の御用聞きのようになっていた。
『ますたー』
「何」
『対象ノ社会的評価、極メテ良好』
「うん」
『犯人可能性、低下』
「普通はな」
『異論』
「評判が良すぎる」
『評価良好ガ疑念ノ根拠?』
「隙がなさすぎる」
『商人トシテ優秀』
「それは先生も言うてた」
『一致』
「せやけど、人間そんな綺麗に評判揃うか?」
『標本数、不足』
「だから聞き込みしとるんや」
『調査継続』
「最初からその予定」
どくろんは一度回転した。
『指示、正常』
「褒めてへん」
『褒メ言葉ト認識』
「更新すな」
そのやり取りを、道端の子どもたちが目を輝かせて見ていた。
一人が恐る恐る尋ねる。
「その髑髏、噛む?」
「噛まへん」
『咬合機能、存在』
「噛むん!?」
「機能があるだけや」
『実行可能』
「実行せんでええ!」
子どもたちが歓声を上げる。
「噛ませて!」
「駄目」
『安全性、未検証』
「お前も乗るな」
どくろんは子どもたちの周囲を一周した。
青い眼窩を覗き込もうと、全員が後を追う。
「人気者やな」
『注目度、上昇』
「さっきも聞いた」
『社会的受容、良好』
「使い魔扱いのおかげや」
『誤認』
「まだ言うか」
テレサはどくろんの後頭部を軽く小突いた。
硬質な音が鳴る。
『衝撃、軽微』
「実況いらん」
昼が近づき、どこかの竈から煮炊きの匂いが流れてきた。壊れた村の上にも、飯時は同じように来る。
最後に、役場の近くで作業していた村人へトーマの様子を尋ねた。
「トーマさん、亡くなる前、何か変わったことなかった?」
「変わったこと?」
男は崩れた壁から手を離し、額の汗を拭った。
「忙しそうではあったな。まあ、いつも忙しそうだったけど」
「最近は特に?」
「そうだな。書類を抱えてあちこち歩いてた」
「誰かと話してた?」
「そこまでは知らんよ」
別の女が会話へ入ってきた。
「何か仕入れのことで困ってたみたいだったよ」
「仕入れ?」
「役場で使う物か、村へ入ってくる物か。詳しくは聞いてないけどね」
テレサは表情を変えないよう努めた。
森で聞いた会話と重なる。
今まで入っていたものが、急に入らなくなった。
仕入先も理由も分からない。
「その話、誰にしてた?」
「さあねぇ。トーマさんは仕事の話を誰にでもする人じゃなかったし」
「そう」
新しい情報は少ない。
だが、トーマが何かの供給停止を調べていたことは、少しだけ裏付けられた。
どくろんが口を開きかける。
テレサは先に睨んだ。
「小声」
『了解』
どくろんは本当に声量を落とした。
『仕入停止。シリル。関連可能性』
「うん」
『直接証拠、無し』
「分かってる」
『仮説維持』
「せやな」
近くにいた村人が、不思議そうに二人を見る。
「何をこそこそ話してるんだ?」
「使い魔のしつけ」
『観測端末――』
テレサはどくろんの口元を手で塞いだ。
「しつけ中」
村人は納得したように頷いた。
「大変だな」
「ほんまに」
『不当評価』
手の中からくぐもった声がした。
役場を離れ、テレサは集めた情報を頭の中で並べた。
シリルの評判は良い。
商売上の失敗も、村人との揉め事も見つからない。
一方でトーマは、何かの供給停止を調べていた。
そして、その相手としてシリルを問い詰めていた。
『情報整理』
「うん」
『対象シリル。社会的信用、高』
「うん」
『犯行動機、不明』
「うん」
「犯行証拠、無し」
「うん」
『犯人断定、困難』
「うん」
『結論』
どくろんは一拍置いた。
『ますたーノ仮説、脆弱』
「分かっとるわ」
『反論、無し』
「せやから証拠探しとるんやろ」
『整合性アリ』
「腹立つなあ」
『感情反応、正常』
「その正常、便利に使いすぎや」
『仕様デス』
テレサは額を押さえた。
少し離れたところで、さっきの子どもたちがまだこちらを見ている。
大人たちも、作業の手を動かしながら時折視線を寄越していた。
珍しい使い魔を連れたテレサ。
急に口数が増えたテレサ。
何かを聞き回っているテレサ。
目立たず調べるという方針は、もうかなり怪しかった。
『ますたー』
「何」
『隠密性、低』
「誰のせいやと思ってる」
『村人ノ好奇心』
「半分はお前や」
『証拠不足』
「またそれか」




