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とうとう、パーティーの前日になった。細かい調整を話し合っていると、あっという間に時間は経つ。
「あれを確認しないと─」
「ドーミエ嬢」
「招待客一覧とアレルギーチェックもう一度見て─」
「ドーミエ嬢」
「あっ温室の花、ちゃんと咲いてるんだっけ」
「ドーミエ嬢、」
いきなり肩に手を置かれてびくついてしまう。ふわりとレモンの香りがした。見ると、紅茶を片手にフリッツ様が立っている。
「少し休憩しようか」
「レモンティー……?」
「好きだと言っていただろう」
私は目を瞬く。そんな話をした覚えは、うっすらしかない。たぶん、売店で新作を試食してもらった時だ。
「覚えてたんですか?」
「記憶力には自信があるんだ」
当然のように返される。その横顔を見ながら、ふと思った。本当に不思議な人だわ。誰に対してもこうなのだろう。勘違いする人が続出しそうよね、なんて。今日も彼の穏やかな声と、時折見せる優しい視線に、心が揺れてしまう。
「パーティーのこと、客のことよく考えてくれてありがとう」
「うちの商店の未来がかかってるんだもの、頑張らなきゃ」
「また全部背負う気かい?」
「え?」
「前にも言っただろう。これは私のパーティーでもある」
ふっ、とフリッツ様は困ったように目元を緩めた。眉間に皺がよっているよ、と言われて慌てて表情を整える。促されるままにソファへ腰を下ろすと、フリッツ様もそのすぐ正面へと腰掛けた。
学園内だけで許される、あまりにも近い距離感。
「君が優秀なのは十分に知っている。だが、今は思考が完全に空回りしているよ。……そんなに、自分や実家が信用無いか?」
「そんなわけないわ」
「なら、どっしりと構えていればいい。君がこれまで積み上げてきた工夫も、その誠実さも、絶対に当日裏切るようなことはない。それを私が保証する」
まっすぐに見つめられて、胸がトクンと跳ねる。
保証するだなんて、公爵家の権力を使えばどんな失敗も揉み消せる、という意味ではないことはよく分かってる。この三週間、誰よりも近くで仕事ぶりを見て、私の商人としてのプライドを丸ごと認めてくれた人だからこその、対等な、そして一番欲しかった言葉。
「……フリッツ様って、本当にずるい人ですね」
「何か不敬なことを言われた気がするな?」
「褒め言葉ですよ。流石黒王子、と思って」
「その呼び方、少し不敬な気がするんだよな…」
フリッツ様がぼやきつつ差し出した紅茶に、笑いながら手を伸ばす。フリッツ様はもう資料に目を通していて、さっきの言葉なんてたいした意味がない、と言わんばかりだ。
(……もう少しだけ、このままでもいいわよね)
紅茶を一口飲み、甘酸っぱい味とともに、危うい気持ちを飲み込んだ。大丈夫、明日が終われば、私はまたいつもの売店に戻るだけだから。
◇◇◇
ついに迎えた、パーティー当日。学園の大ホールはうちの商店が総力を挙げて用意したもので彩られていた。
貴族を呼ぶとはいえ、あくまで学園がメイン。華美になりすぎず、知的な雰囲気で。難しいオーダーこそ腕がなるというものだ。紺のクロスに金のラインが映え、学園の柔らかな日差しが銀の皿にキラキラと反射していた。アカデミックローズの甘い香りがふんわり漂い、一口サイズのタルトからはバターの良い匂いが立ち上る。座る椅子は学生たちが普段使っているものと同じ。少し硬くて、懐かしい感触だ。
窓際には売店コーナー、その隣には授業展示。
「ドーミエ嬢、すごい……本当に綺麗に仕上がったね」
準備の最終確認に来たフリッツ様が、ホールを見回しながら柔らかく微笑む。記憶通りだ、と呟いたような気がした。
「ありがとうございます。でも、まだ本番はこれから……」
エプロンを直しながら、ぐっと拳を握った。
心臓の音がうるさい。失敗したら家族の顔にも泥を塗ることになる。公爵家とのコネを、ただの一時的なものに終わらせたくない。
「君なら大丈夫だ。私も全力でフォローするよ」
その声の優しさに、胸がきゅっと締め付けられる。……いけない。今は仕事に集中しなくちゃ。ホール入口では、すでに最初の客人たちが到着し始めていた。
さあ、始まる。気合いをいれるため、1番の笑顔を浮かべた。




