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あっという間に準備期間も折り返し。
少しずつ招待状の返信が出揃ってきた、とフリッツ様は口を開いた。
「参加者は現在72名。付き添いを考えると80前後になるかな」
「80……」
思わず復唱する。80人、しかも全員が肥えた舌を持っているだろう貴族だなんて、目眩がしそうな数字だ。焦る私を見て、フリッツ様は形の良い唇を柔らかく綻ばせ、小さく笑った。
「大丈夫。君のところなら対応できる」
「簡単に言うわね……?」
「売店の時はもっと捌いていただろう」
「それとこれとは話が違うわ」
反射的に返してから、しまったと思った。相手は次期公爵様だ。こんな軽口、普通ならありえない。けれどフリッツ様は気を悪くした様子もなく、むしろ少し楽しそうに目を細めた。
「違うのかい?」
「違うわよ。学生相手と保護者相手じゃ、気を遣う方向が全然……」
メモを見返す。簡単じゃない。うちの店にとって、これは一生に一度あるかないかの大勝負なんだもの。失敗すれば家族の努力を全部無駄にすることになる。成功しても「公爵家のお情けで成り上がった」と陰口を叩かれるかもしれない。それでも、掴んだチャンスを逃したくない。
「年配の方には甘すぎない方が良いでしょうし、香辛料が苦手な方もいるでしょうし……」
「……なるほど」
「この間もお話ししたけれど、一口で食べられる物をたくさん用意したいわ」
「それなら会話も止まりにくいな」
「ええ、食べづらいと疲れてしまうもの」
確かに、と頷かれる。
「一応、招待状を送った家について調べてるんだけど、実際参加する方たちについて伺ってもいいかしら」
「もちろん。私に分かることならね。ちなみにドーミエ嬢はどんなことを調べたんだい?」
「好みとか、人間関係とかをざっくり。出入りしてる業者がよく納品してそうな物とか、どこの家の馬車が止まってたかなんてことからの想像も含まれているんだけれど」
「なるほど、そんなところから調べられるのか…」
しみじみ言われて、何だか照れてしまう。力がこもったせいか、走らせているペン先にインクが少しにじんだ。
「招待客の年齢層はどのくらいかわかるかしら?」
「四十代から六十代が中心だね」
「そう…歯が弱い方もいるかもしれないわ」
「そこまで考えるのか」
「商売人だもの。食べられないお客様を作っちゃ駄目よ」
「……なるほど」
「柔らかい焼き菓子も混ぜましょう。あと、一つだけ温かい料理を置きたいわ。冷たい物ばかりだと、最後に満足感が残りにくいもの」
話ながらメモに書きたしていく。あとそうだ、聞きたいことが。
「一応、今回の招待者リストと、ご実家の領地を照らし合わせてみたの。たとえばこちらの南部領の貴族は、温暖な土地の育ちだから柑橘系のさっぱりした酸味を好まれる傾向があるわ。逆に冬が厳しい北部領の伯爵家は、濃厚な甘みを好むかな、とは思っているんだけど…ご存知?」
何気なく言葉を発した瞬間、視線を感じた。顔を上げると、フリッツ様がじっとこちらを見ている。
「……なんですか?」
「いや。君は、本当に客のことを考えるのが上手いなと思って」
「商売人ですもの」
当然のように返したものの、なぜかその言葉を聞いたフリッツ様は少し黙り込んだ。当たり前のことを言ったつもりだったけれど。不思議に思いつつも、確認したい話を進めることにする。
「あとは給仕の手が心配ね。私は当然立つけれど、1人では回しきれないわ」
「ああ、それなら問題ない」
フリッツ様は事も無げに言う。
「生徒達に実践授業として入ってもらう。基本淑女科や政務科の子達になるかな、おもてなしをする立場になる者達だ」
「なるほど…!」
商店周りの人を使うことしか考えていなかった。ここは学園、生徒なら沢山いる。実践演習として組み込めたのは確実に公爵家の力だと思うが。
「主催だからね。そのくらいはやらないと」
「いえ、フリッツ様には本当に色々していただいて…」
資金に場所押さえ、人手の確保。うちは商品を提供するだけ。ここまでしてもらって何か不具合があったら、完全にうちの手落ちだ。
プレッシャーで、思わず羽ペンを握る指先にぎゅっと力がこもる。より一層気合いが入るのと同時に、絶対に失敗できないという冷たい緊張感が背中を駆け抜けた。
「ドーミエ嬢」
不意に名前を呼ばれて、顔を上げる。フリッツ様がいつになく真剣な目でこちらを見つめていた。
「そんなに肩に力をいれなくて良い」
「え…?」
「君は失敗したら終わりだと思ってるんじゃないか?」
図星だ。なにも言えずにいる私に、フリッツ様は続ける。
「商店にとって大事な機会なのはわかる。だが、忘れないでほしい。これは君の店だけのパーティーではなく、私のパーティーでもあるんだ」
フリッツ様はそう言って、机の上の資料へそっと目を落とした。
「私が君を選んだんだ。君のセンスを、君の店を、私が誰よりも信頼して、公爵家の名において招待状を出した。だから、もし何か不具合があれば、それは君たちの手落ちではなく、私の目利き違いということになる。……責められるなら、私がすべてを跳ね返すよ」
「フリッツ様……」
「君は、ただ君の思う最高の商品を用意することだけを考えてくれればいい。貴族のあれこれは、全部私が処理する。そのために、私はここにいるんだから」
取引相手向けられるにしては、あまりにも優しすぎて、過保護な言葉。
(……ずるいわ、この人)
あれほど頑なに鍵をかけていたはずの乙女思考が、その言葉でみしみしと音を立てて軋み始める。
顔が熱くなるのを隠すように、わざといたずらっぽく笑ってみせた。
「……随分と、過保護な主催者様ですね」
「君が、私の想像以上に頼もしくてね。少しは仕事をしないと」
フリッツ様はそう言って、悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑った。
その珍しい顔も綺麗で、私はやっぱり、降参するように曖昧に笑い返すことしかできなかった。




