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学園売店店員の穏やかではない日々  作者: 夢幻


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 フリッツ様との打ち合わせは、放課後の売店で行われることになった。閉店後、片付けを終えた机に椅子を並べる。

 緊張で心臓がばくばくして、まともに顔も見られなかった。次期公爵様と侍従もいるとはいえ二人きりなんて、夢にも思わなかった状況だもの。私みたいな平民の娘が、こんな機会をもらえるなんて。嬉しさと同時に、これは夢なのかしら?と思ってしまう。乙女小説ではよくある展開だけど、現実はそんなに甘くない。やることは山積みだ。

 取り敢えず片っ端から実家より集めてきた、貴族のパーティーに関する資料を広げる。フリッツ様は目を丸くした後、流石だな、と笑った。


「まず、時期だが。なるべく早くが良いと思っている。満月が出ていると雰囲気も高まるのではないかと」


「それだと3週間後の週末ですね」


「よく知っているな?」


「満月草の納入日なので」


「ああ、なるほど」


 伊達に商店で働いていない。在庫管理は5つの時からやってきたんだもの。それよりも、気になるのは。


「夜会をイメージされていらっしゃいますか?」


「いや、夕方から夜にかけて、かな。夜会だとアルコール類の提供も必要になる。学園で風紀が乱れるのは望ましくない」


「良かった、アルコールはうち提供できないんです。どうしようかと思っていたんですよ」


「ドーミエ商店でも用意できないものがあるんだな」


 フリッツ様は本当に驚いたようだ。目が丸くなっている。思ったより、うちの商店を買ってくれているらしい。

 誇らしい気持ちになりながら、口を開く。


「アルコールはうちの家系みんな駄目なんです。人によっては、匂いですら駄目で。運搬中に割れてこぼれたら大変なことになります」


「ふっ……それは本当に大変だな」


 思わず漏れた、といった様子の笑みに思わず見惚れてしまいかけ、拳を握りしめて乙女思考を封印した。

 ─この人の顔が良いのがいけないのよ。


「では、ジュースや紅茶を用意ということでよろしいでしょうか」


「ああ、頼む。出来れば、赤いジュースが欲しいんだが」


「赤い…というと、葡萄とか?あとは、イチゴやブラッドオレンジも良いかもしれません」


 珍しいこだわりもあるものね。味はともかく、色味だなんて。でも、貴族はこういうものなのかもしれない。

 少し不思議に思いつつも、赤いジュースになる果物を挙げていくと満足そうに頷かれた。


「あとは食べ物だな。お菓子はぜひだしてほしい」


「はい、そのつもりで小麦の仕入れ先にも連絡を取っています」


「小麦の仕入れ先というと、第二王子殿下の婿入り先か」


「ええ」


「あの人も無理をなさる。最近はどうしているのやら…」


「変わらず騎士科と仲良さげですよ。昼間は売店に手伝いに来てくれます」


 やれやれ、といった風情のフリッツ様に苦笑してしまう。第二王子殿下といえば色々な噂の絶えなかった方だが、売店を手伝いに来てくれている後輩とすったもんだの末くっついて婿入りが決まった。後輩の領地の小麦は本当に質がよく、出会ってからは良い取引先だ。


「モラレス嬢はそこには来ないのかい?」


「そうですね、フリッツ様と同じく午後のお茶の時間以外にいらしたことはないです」


「ふうん…」


 フリッツ様はなにやら考え込んでしまった。どうすれば良いか分からず止まっていると、にこりと微笑まれる。


「失礼、話が逸れたね。菓子以外に軽食も出せるかな?」


「ええ。アクアパッツァにカプレーゼに─」


「言ってなかったか。立食パーティーにするつもりなんだ」


「立食、ですか?」


 貴族といえば座って食事するものだと思っていたわ。ダンスでないパーティーなら、尚更。

 驚きが表情にでていたのだろう、フリッツ様が説明してくれる。


「座っての食事だとどうしても家格や派閥で席が固定されてしまう。今回の目的は学園内の交流と発展、保護者たちの自由な意見交換だから、あえて身分に縛られず、自由に歩き回って誰とでも話せる立食にしたいんだ」


「なるほど、それならアクアパッツァのような汁気のある料理は良くないですね。一口で食べられるようなものが良いのかな…会話が遮られることもないし…」


 ピンチョス。ミニサンドイッチ。ブルスケッタは落ちやすいかしら?スコーンなら良さそう。マリネは綺麗だけど汁が出てしまうかも。

 考えを巡らせながら、羽ペンを動かしていく。


「やっぱり君に任せて正解だった」


「…え?」


「想定通りの内容だ。これからもよろしく頼む」


 書いたメモを覗き込んだフリッツ様はふわり、と今日一番の、それはそれは優しくて綺麗な笑みを浮かべた。

 不意打ちだった。ただ商売の会話をしていただけなのに、急に私を見つめないでほしい。


(よろしく頼む、だなんて。……そんなの、断れるわけがないでしょう、私は平民なのだから)


 ドクン、と心臓がうるさく跳ね上がる。

あまりに顔が熱くて、ごまかすように慌てて手元の資料に目を落とし、さらに羽ペンを動かすことに集中したのだった。




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