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売店の閉店時間を迎え、バタバタと閉め作業をしたり帰り支度を始めたりする。鍵を職員室に返したことだしさあ帰宅を、と玄関まで行ったところで目をしばたかせる。
見たことある人がいる。なんなら、今日も見た。
「やあ、ドーミエ嬢」
「フリッツ様…!?」
「パーティーを開くとなると、ご実家にも大分負担をかける。私からご挨拶しておこうかと」
さあ乗って、と断る間もなく馬車にエスコートされる。二人きりはちょっと、と焦ったが中には美少女が乗っていた。
─こちらの方も知っている。妹の、カトリーヌ・メレル様。
思わず背筋が伸びる。パーティーの準備のためとはいえ、平民を妹も乗る馬車に乗せるのだろうか普通?目を白黒させている間にメレル嬢が口を開いた。
「お兄様、こちらの方は?」
「今度パーティーをやろうと思ってね、その関係の子だよ。クラリッサ・ドーミエ嬢だ」
メレル嬢の横に座りながら、フリッツ様がにこやかに答える。
「あらそうなの。私、カトリーヌ・メレルですわ」
「初めてお目にかかります、クラリッサ・ドーミエと申します。メレル様に売店をよく利用していただいているご縁があって、この度パーティーで私の実家の商店を利用していただくことになりました」
「売店?話には聞いたことがあるわ」
扇の向こう、猫のような目が細められた。学園内では年齢が絶対なので年下であれば貴族だろうと普通に接するが、ここはもう学園外。
授業で習った高位貴族への対応方法を思い出しながら、なんとかやり取りする。こんな、いきなり馬車に同乗する場合なんて書いてなかったけど。握りしめた手の中は汗でびっしょりだ。
「平民の娘が公爵家の主催するパーティーに商品を卸すなんて、なかなか大胆ね。あなた、怖くないの?」
その質問に、ドキリと心臓が跳ねた。やっぱり、滅多にないことよね。正直に言えば怖い。でもここで引くわけにはいかない。
「怖くないと言えば嘘になります。でも、これは私どもの店にとって、夢のような機会ですので」
フリッツ様が穏やかに笑って横から助け舟を出してくれた。
「私が頼んだんだよ」
「お兄様が?」
「ああ。保護者を呼んで学園内のパーティーにしようかと思っていてね。それだったら、学園内のことをよく知る売店に頼んだ方がいいだろう?公爵家のお抱え商店に頼んだんじゃ、いつもと代わり映えがない。ドーミエ商店には期待してるんだ」
(なるほど、そういう意図だったのね)
だから、わざわざ実家の商店まで顔を出してくれるのかもしれない。
「そうでしたのね。お兄様がそこまで言うのなら間違いないわ、期待しています」
にこりと笑ったメレル嬢は、思ったよりずっと気さくな方に感じた。モラレスさんを思い出す。こんな素敵な人の婚約者に手を出すなんて、本当にどうかしているわよ。
そんなこんなで、生きた心地のしないまま揺られること数十分。馬車が停まったのは、実家ドーミエ商店のある、王都の少しごちゃついた下町の一角だった。
周囲の町人たちが「おい、なんだあのバカでかい馬車は」「メレル公爵家の紋章だぞ!?」とざわざわ野次馬を形成し始める中、フリッツ様が先に降り、手を貸してエスコートしてくれる。その一挙手一投足が絵になりすぎていて、直視できない。
馬車の窓から、メレル嬢が上品に微笑みながら「楽しみにしているわね」と手を振ってくださった。本当に天使のような令嬢だ。我が儘だと噂に聞いていたけれど、どこがなのかしら。
騒ぎに気付いて飛び出してきた両親は、馬車とフリッツ様を見て完全に石化している。
「こんばんは、私はフリッツ・メレル。この度、パーティーを開くことになってね。是非協力しててもらいたい」
「…………はあ」
「引き受けていただき、ありがとう。では、ドーミエ嬢。詳しい打ち合わせはまた明日、学園の売店で。……ご家族の皆様、今回は急な話で申し訳ないが、よろしく頼む」
了承したのではなく、頭が働かないだけだと思うけど。いまだに石化している両親にそうスマートに告げると、フリッツ様は再び馬車に乗り込み、嵐のように去っていった。高級な馬車の車輪の音が遠ざかる。
静寂が訪れた商店の前で、両親がゆっくりと私の方を振り返った。その顔は、まるで幽霊でも見たかのように真っ白だ。
「……ク、クラリッサ……?」
「お父さん、お母さん。ただい─」
「お前、一体全体、何をやらかしたんだぁぁっっっ!!!」
王都の下町に、父の魂の叫びが響き渡る。奥の調理場から、試作中のお菓子を咥えた職人のピエールが「 何事っすか!?」と小麦粉を撒き散らしながら顔を出した。
「お姉ちゃんだ!」
「おかえりー!」
可愛い弟妹は呑気に手を振っている。
「違うの、落ち着いて頂戴。詐欺とかじゃないの。公爵家との商機を掴んできたのよ!」
「商機!? 公爵家が平民の店に直接馬車で乗り付けてくるようなことがこの世にあるか!!」
「女は度胸と愛嬌っていつもお母様が言ってるじゃない!場所と金は向こうが出すの。私たちは、最高の商品を提供するだけ。……ねえお父さん、うちの底力、お貴族様方に魅せつけてやりましょう!」
「そうそう、度胸と愛嬌!」
「やろやろ!」
私の鼻息荒い宣言とそれに続く可愛い声に、両親は顔を見合わせ、それから観念したように深いため息をついた。けれど、その瞳には商人としての火が確かに灯っている。
「……分かったよ。お前がそこまで言うなら、腹を括るしかないね」
「予算と経費の計算をしなくちゃね」
「おれ、気合い入れて仕込みしてきます!」
「私も頑張る~!」
「ぼくもおてつだいする!」
「実際何が必要かは、明日聞いてくるから。何としてもこれを機に、もっと知名度をあげていきましょ!」
とりあえず、実家の心の準備は万端。直接挨拶に来るくらいだもの、期待の大きさがうかがえる。明日からはフリッツ様との打ち合わせが始まる、頑張らなくちゃ。




