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一週間も経てば、いつも通りに動けるようになった。失恋の傷は、忙しさで紛らわすことにした。なんなら、失恋ですらないのかもしれない。恋愛感情なんて土俵にあげてすらもらえなかった。あくまで取引相手であって。
ふぅ、とため息をつきかけて飲み込んだ。いけない、売店に立っている時なのに。
「いらっしゃいませ…あら、また来てくれたの?」
「うん、この便箋書きやすくてさ。家族に送ってたらすぐなくなっちゃって」
「いいわね、家族思いで」
「へへ、そうかな?」
魔術科の同級生は、パーティー以来よく来てくれる。他にも何人か、新たな常連さんができた。それは純粋に嬉しい。
彼は照れ臭そうに笑ったあと、おずおずと口を開いた。
「…ドーミエさんは、最近なんかこう…」
「色っぽいね!」
「そう色っぽ…ちがう!おまえ、どこからきた!」
「お前が遠回りすぎんだよ。や、ドーミエさん。最近物憂げで色っぽいと俺らで話題なんだけど、楽しいことでもしに行かない?」
「はあ…」
「ごめん引かないで!!違うんだ、君が楽しめたらいいなって。週末、カフェとかどうかな?と」
「そう、デートのお誘い」
「お前は口を開くな!」
二人の男子生徒がカウンターの前であーだこーだと小突き合いを始める。その様子が少しおかしくて、胸の奥の痛みがほんの少しだけ和らぐのを感じた。
(デートのお誘い、か)
フリッツ様に二度と近づくな、と言われて一週間。別の誰かと美味しいカフェにでも行って、いっそ綺麗さっぱり忘れてしまえたら、どんなに楽だろう。
「……ふふ、お誘いは嬉しいのだけれど、週末は実家のお店の手伝いが──」
言葉を紡ぎかけた、その時。ふいに二人の顔色が変わった。
「え?」
同時に、二人とも私の後ろを見て固まる。何かいたかしら、窓の外。
「あー!思い出した!」
「俺も!」
「大事な課題あった!」
「じゃあなドーミエさん!」
「また来る!」
二人は商品を抱えたまま慌ただしく走り去っていった。
「え……? ちょっと、便箋のお会計、まだ……!」
ぽかんと引き止めようとしたが、彼らはもう曲がり角の向こうだ。仕方ない、授業で徴収するしかない。
(まるで嵐みたいね)
不思議に思いながら振り返る。しかし、そこには誰もいなかった。
◇◇◇
不思議なことは続いてく。騎士科の子に家への直接納品を頼まれたと思ったら、翌日には撤回され。魔術科の先輩と卒業後について語り合っていたかと思えば、謝られ。
「私、なにかしたのかしら…」
「え?どうしたんですか?」
ファリーナに思わず相談してしまうと、ああ、と笑われた。
「誰でも公爵家の機嫌は損ねたくないですもん」
「?別に損ねないでしょうに。カトリーヌさん、いい方よ」
「うーん、先輩、パーティーの件で公爵家の方と関わってたじゃないですか」
「それが何か関係あるの?」
「多分ですけど、そのことを思い出したというか。変に噂になって公爵家の耳に入ったらどうなるか分からないから、自重してるんじゃないでしょうか」
「自重?」
「先輩、いつも笑顔で穏やかで優しくて。みんなの憧れの人ですから。放っておいたら、それこそ悪い虫がいくらでも寄ってきますけど、公爵家が怖いんじゃないんですかね」
「そんな…」
真剣に言われて、照れてしまう。
「大袈裟よ。私はただの、売店の販売員をしてる平民の生徒よ?」
「あ、信じてませんね?」
買い被りすぎだと思うのに、ファリーナはむっとした顔をした。
「少なくとも私は憧れてます」
「え?」
「仕入れの計算も、トラブルへの対応も、商売のことも全部詳しくて。それに、相手がどんなに威張っている方でも、いつも堂々と対応してるじゃないですか。私、先輩の後ろ姿を見て、いつもかっこいいなぁって思ってるんです」
なんの時間なんだろう、褒め殺しだわ。顔がほてっていくのが分かる。
「先輩が落ち込んでると、嫌なんです」
「……」
「だから元気出してください」
ね、と差し出されたのは最近お決まりのミルクティー。やはり甘くて身体に染み渡る。少しだけ自然に笑みがこぼれた。本当に少しだけだったけど。
だけど一週間ぶりに、胸の奥の痛みを忘れて笑えた気がした。
◇◇◇
「ありがとう、ファリーナ。本当に元気が出たわ」
そう言って、少しだけはにかむように笑った先輩は、やっぱりすごく素敵だった。
一週間、いつも通りを装って、でもふとした瞬間に魂が抜けたように暗い顔をしていた先輩が、ようやく少しだけいつもの笑顔を取り戻してくれた。それを見届けられただけで、とびきり甘いミルクティーを淹れた甲斐があったというものだ。
カウンターの向こうで、愛おしそうにカップを両手で包み込んでいる先輩を見つめながら、心の中で、そっと大きなため息をついた。
(……まぁ、先輩にはみんなが自重してるなんて言ったけど)
嘘ではない。嘘ではないけれど、言葉が足りなすぎる。
みんなが自重しているというか、自重せざるを得ないように、あの誰にでも優しいはずの黒王子が裏で徹底的に、血も涙もない行動をしているのだ。
先日だって、私は見てしまった。
騎士科の男子生徒が、先輩に個人的な品物の納品と称して実家に誘っていた、その日の放課後。
人気のない渡り廊下で、メレル様がその騎士科の生徒に穏やかに話しかけていた。
『君の実家は、確か我が家の管轄にある商会と取引があったはずだが……ドーミエ商店に鞍替えかい?』
声は穏やかに。だがこの世の終わりみたいな、冷酷でドロドロとした執念に満ちた瞳で男を脅し上げていた。あの時のメレル様の顔は、夢に出るほど怖かった。騎士科の生徒が翌朝、泣きながら注文を撤回しにきたのも当然だ。
先日の昼休みだって、先輩に色っぽいだのカフェに行こうだの抜かしていた男子生徒二人の視線の先には、きっとメレル様がいたんだろう。
(変なの)
あそこまで独占欲全開で、他の男が先輩の髪1本に触れることすら許さない構えなくせに、どうしてそれを表に出さないのか。
(あんなに好きなら、陰でコソコソ他の男を弾いてないで、さっさと告白して付き合っちゃえばいいのに。身分が高いと遠回りしちゃうのかな)
自分の婚約者とのあれこれを思い出し、ため息をつきたくなる。友達がいなかったらどうなっていたことか。
「どうしたの、ファリーナ?」
不思議そうに小首を傾げる先輩に、満面の笑みで首を振った。
「なんでもありません!クラリッサ先輩、元気が出たついでに、次の仕入れの計算、手伝ってもらってもいいですか?」
「ええ、もちろんよ。任せて頂戴」
頼もしく胸を張る、大好きな先輩。自然な笑顔がもっと沢山戻りますようにと願わずにはいられなかった。




