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学園売店店員の穏やかではない日々  作者: 夢幻


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「──、」


 意識が戻ったとき、豪勢なベッドにいた。柔らかいシーツ、あたたかな上掛け。腕や足に包帯が巻かれ、軽い薬の匂いがする。


 助けられたんだ。


 体を起こそうとすると、ドアが静かに開いた。入ってきたのはフリッツ様だった。いつもの穏やかな笑顔はなく、疲れと……何か重いものが表情に張り付いている。


「目が覚めたか」


「……ここは?」


「我が家の客室だ。怪我は大したことない。医師が診たが、数日安静にしていれば問題ないと言っている」


 いつになく事務的で、感情ののらない声。少し不安になりながらもベッドの上で体を起こした。お礼を言わなければ。


「……助けてくださって、ありがとうございます。

本当に……怖かったです」


 声がかすれてしまっている。

 フリッツ様は一瞬、目を伏せた。しかしすぐに顔を上げ、冷ややかに見下ろしてくる。


「礼などいらない。君を助けたのは、責任を取ったまでだ」


 その言葉の冷たさに、少し戸惑ってしまう。やはり声は低く、抑揚をほとんど感じさせない。近づいてくる彼の足音に、思わず体がびくりと震えてしまった。

 誘拐された時の、乱暴に伸びてきた男たちの手が脳裏にフラッシュバックする。違うと分かっていても、体が勝手に怯えてしまう。フリッツ様は私の反応に気づいたのか、一瞬だけ動きを止めた。

 しかしすぐに、感情を押し殺した声で続けた。


「クラリッサ。君には、はっきり伝えておく必要があるようだ」


 助けられた時と同じく名前で呼ばれているのに、心臓が冷えていく感覚がするのはなんでなのかしら。


「君は、利用させてもらっただけだ。パーティーの準備、商店の情報、学園内の噂……すべて、こちらの都合で利用した。態度も、計算の内だ。所詮、平民の娘に過ぎない君に、本気で関わるつもりなど、最初からなかった」


 その言葉に思わず目を見開いた。胸が、抉られるように痛む。


「フリッツ様……?」


「こんな手間をかけてもらっては困る。君はもう、十分に利用価値を発揮した。これ以上、私に関わる必要はない。……迷惑だ」


 その言葉は、冷たく、鋭く、容赦なかった。言葉を失ってしまう。フリッツ様の握りしめた拳にはまだ、助けてくれた時についたと思われる血がにじんでいるのに。

 救出されたばかりの体が、急に冷えていくような感覚に襲われた。フリッツ様は最後に、と淡々と付け加えた。


「こちらからは近づかない。君も、二度とこちらに近づかないでくれ」


「…あ………」


 言いきるとさっさとドアの方へ行ってしまう。待って、と声をかけそうになった。彼のドアノブにかかった指先が、僅かに止まる。 けれど、最後まで振り返らなかった。

 ドアが閉まる音が響いた後、ベッドの上で小さく縮こまる。


(……やっぱり)


 モラレスさんの言葉が、頭の中で繰り返される。


 利用されていただけ。

 情報源だっただけ。


 せっかく助かったという安堵さえ、目の前の冷たい現実の前で色褪せていく。シーツをきつく握りしめ、唇を血がにじむほど強く噛みしめた。

 ポタポタと、溢れでてくる涙が、上質なシーツに染みを作っていく。

 恐怖の残滓と、張り裂けそうなほどの心の痛みに耐えかねて、ただ声を押し殺して泣き続けた。


 せっかく結べた契約書のことを思い出す。


 あれほど嬉しかった未来が、もう遠いもののように感じられた。




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