メニュー006 ツナマヨおにぎり②
フィリアは、店主からお金を受け取ると「お世話になりました」とお礼を伝えた。
店主は「まぁ気にすんな。こっちも儲けさせてもらったからな。また何か手に入ったら売りに来な」と声をかけた。
そしてフィリアは、店を後にした。
家宝の宝珠は、全く価値がなかった。
だが代わりに、薬師バッジが売れた。
帝国で二束三文の品が、まさか売れるとは夢にも思わなかった。
母の形見は残り、お金も手に入れた。
結果だけ見れば、最高だった。
フィリアの手元には、20万円がある。
貨幣価値は分からないが、少なくとも今夜の寝床に困ることはなさそうだ。
店主から、宿屋の場所も教えてもらった。
もっとも、この国では宿屋の事を『ほてる?』と呼ぶらしい。
クリスマスのイルミネーションに照らされた夜の街は、まるで精霊達が魔法をかけたかのような幻想的な光景であった。
帝国で、これほど豪華な魔道具を使えば、一晩で国家予算が吹き飛ぶだろう。
フィリアは思う。
この国は、本当に豊かなのだろう。
そんな事を考えながら歩いていると、一際明るい建物が目に入った。
ガラス張りで、中は昼間のように明るい。
「こんびにえんす、すとあ?」
おそらく商店だろう。
先程、豚汁を食べたが、もう少し何か食べたいと思った。
そして、店の扉に手を触れた瞬間―――。
ピロリロリン♪ピロリロリン♪
「ッ!?」
扉が勝手に開いた。
しかも『謎の音楽』と共に。
思わず外に飛び退くフィリア。
そして、周囲をキョロキョロと見回す。
『楽団員』らしき人物は、見当たらない。
これは、間違いなく『魔法』だ。
フィリアは、警戒しながら、もう一歩後ろへ下がる。
すると今度は、扉が閉じた。
再び近付くと。
ピロリロリン♪ピロリロリン♪
扉が開く。
離れると閉じる。
ピロリロリン♪―――開く
閉じる。
ピロリロリン♪―――開く
閉じる。
数回繰り返したところで、通りすがりの会社員らしき男性が、怪訝そうな顔を向けてきた。
フィリアは、慌てて「すみません」と男性に謝罪した。
なるほど。
『自動で開く魔道具』という事か。
異界は恐ろしい。
扉にまで魔法技術が使われている。
ここの店主は、さぞ高名な『魔導師様』に違いない。
失礼があってはいけない。
帝国では、魔導師は貴族と同等の地位を認められている。
平民のフィリアは、緊張しながら店内へ足を踏み入れた。
女性のアルバイト店員が「いらっしゃいませ~!」と声をかける。
フィリアは、女性店員に深々と頭を下げた。
「お邪魔致します。フィリア・アンダルシアと申します。事前に連絡を差し上げずに参りました事、深く謝罪致します」
「え?……は?はい?」
女性店員は、明らかに困惑している。
当然だ。
入店した客が、いきなり謎の謝罪をかましてきたのだから。
だがフィリアは真剣だった。
「では魔導師様、本日はよろしくお願い致します」
女性店員は、とりあえずマニュアル通りに「い、いらっしゃいませ…」とだけ答えた。
フィリアは、店内を見回し驚愕した。
商品が多すぎる。
飲み物、菓子、弁当、雑誌、日用品。
見たことない品が綺麗に並んでいる。
しかも暖かい。
外は冬だというのに、店内は春のような暖かさだ。
この魔導師様は、火魔法を常時発動させているのか?
フィリアは『商いのために、そこまでやるのか』と戦慄を覚えた。
そして『三角形の食べ物』が目に入った。
なんだこれは?
困惑するフィリア。
見かねた女性店員が「それは、おにぎりですよ」と説明した。
「『おにぎり』とはなんでしょうか?無知な私に、ご教授お願いします」
「え?は、はい。おにぎりとは、お米で具を包んだ食べ物です」
「おこめ?では、この黒い紙は何ですか?」
「海苔ですね。海藻です」
お米に海苔、どちらも初めて聞く食材だ。
「いろいろな『おにぎり』がありますね。貴方様のお勧めを教えて頂けますでしょうか?」
「人気なのは、ツナマヨですかね」
「つなまよ?」
「シーチキンが中に入っています」
フィリアは『言語理解能力』を使った。
シーは、sea『海』。
チキンは、chicken『鳥』。
つまりシーチキンは、『海の鳥?』。
「この国では、鳥が海を泳ぐのですか?」
「え?」と、言葉を発する女性店員。
「え?」と、言葉を発するフィリア。
そして数秒間の沈黙。
異界人とのコミュニケーションは難しい。
結局フィリアは、魔導師様お勧めの『ツナマヨおにぎり』と『梅おにぎり』、そして『緑茶』を購入した。
魔導師様曰く、おにぎりには緑茶が合うらしい。
店を出たフィリアは、大久保公園のベンチに腰かけて、さっそく『梅おにぎり』から開封した。
包装の外し方に苦戦したが、なんとか成功した。
白く輝く米と、それを包む海苔。
フワリと漂う爽やかな梅の香り。
フィリアは一口食べた。
酸っぱい。
だが美味しい。
爽やかな酸味が口に広がる。
決して不快ではなく、むしろ後を引く酸味だ。
梅を噛むたびに米の甘みと混ざり合い、不思議な調和を生み出している。
パリッとした海苔の食感と磯の風味が、おにぎりを引き立てる。
続いて『ツナマヨおにぎり』を手に取った。
高名な魔導師様による、一番のお勧めの品。
期待せずには、いられない。
フィリアは、一口食べる。
「これは……」
米の中心には、なめらかな具材がたっぷり詰まっている。
魚の旨味と濃厚なコク。
まろやかな酸味のソース。
それらが混ざり合い、一体となっている。
噛むたびに旨味が広がり、米がそれを受け止める。
無限に食べられそうだった。
思わず二口、三口と続けて頬張る。
気付けば頬が緩んでいた。
そして『緑茶』を飲む。
草の香りが鼻へ抜けていく。
スッキリとした苦味と豊かな香りが、口の中を整えてくれる。
フィリアは、感動していた。
先程の『豚汁』。
そしてこの『おにぎり』。
フィリアは確信した。
この国の食文化は、帝国を遥かに超えている。
そして、おにぎりを食べ終え、満足そうに夜空を見上げるフィリア。
吐く息は白いが、心は温かい。
この国には、まだ見ぬ『未知の料理』がたくさん存在しているに違いない。
この国の『美味しいご飯』を、もっと食べてみたい。
天才薬師フィリア・アンダルシアは、この新天地で、新たな人生を歩む決意を固めるのだった。
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