メニュー005 ツナマヨおにぎり①
フィリアは、再び街を歩き始めていた。
街は、すっかり夜になっている。
店先や街路樹の色鮮やかな装飾が、光輝いていた。
帝国の建国祭でも、ここまで豪華な光景は見たことがない。
笑顔で行き交う街の人々。
対してフィリアは―――。
お金がない。
寝る場所もない。
仕事もない。
フィリアは「ふぅ」と小さく溜め息を吐いた。
そして、古びた小さな看板を見つけた。
【宝石・金券・DVD】
【何でも買い取ります】
足を止めるフィリア。
『買い取る』
つまり品物を金銭に換えてくれる店なのだろう。
帝国にも似たような店は存在した。
フィリアは、服の内側に縫い付けていた『小袋』に手を触れた。
その袋の中には、母の形見である『宝珠』が入っている。
先祖代々受け継がれてきた家宝だ。
帝国では、土地付きの家と同等の価値があると聞いている。
フィリアは、宝珠をじっと見つめる。
母の顔が浮かんだ。
優しかった母。
いつも笑っていた母。
だが身体は弱かった。
【薬】が必要だった。
だが、平民が希少な薬を手に入れる事は難しかった。
やがて母は、亡くなった。
あの日の無力感は、今でも忘れる事はない。
だから【薬師】になった。
自分と同じ思いをする子供を減らしたかった。
助けられる命を救いたかった。
フィリアは、この宝珠を売る覚悟を決めた。
生きるためだ。
仕方がない。
そう自分へ言い聞かせる。
そして、店へ向かうために狭い階段を降りていくフィリア。
細い雑居ビルの地下2階に、その店は存在する。
フィリアは、階段を降りながら、汚い壁に貼られたチラシに目を向けた。
【ピンクマッサージの泡泡整体!】
【エッチなハプニングバーは2階です!】
【ボインボインカフェ・コスプレあります!】
なんだこれは?
意味がわからない。
『言語理解能力』が全く機能しない。
本当に大丈夫だろうか?
見るからに怪しい建物だ。
だがフィリアは、意を決して地下2階の店内に入った。
そしてフィリアは言葉を失った。
全裸の女性が描かれた『小さな箱』が、至る所に置かれているのだ。
女性の多くは、なぜか笑顔だ。
「ディー・ヴイ・ディーコーナー?」
一方カウンターの奥では、無精髭の男が、タバコをくわえながら帳簿を触っている。
どうやらこの男が、ここの店主のようだ。
見るからに怪しい身なりをしている。
はっ!?
まさか!?
フィリアは、全て理解した。
この店主の正体は、『奴隷商人』か!?
この緻密な絵の女性は、この国の奴隷!?
確か看板には『何でも買い取ります』とあった。
この店では、奴隷の売買まで行っているというのか!?
フィリアは、とんでもない場所に来てしまったと後悔した。
閉店作業中の店主は、フィリアを見るなり「ん?こんな時間に客か?」と声をかけた。
フィリアは、緊張気味に頷くと、宝珠を取り出して、そっとカウンターへ置いた。
「こちらを買い取って頂きたいのですが……」
店主は、宝珠を手に取った。
くるくる回す。
光へ透かす。
そして――。
「なんだ、この汚ねぇ『ビー玉』は?」
「……びーだま?」
「子供の玩具だろう?懐かしいなぁ」
店主は、そう言うと宝珠を指で弾いて遊び始めた。
コロコロと転がる宝珠。
帝国では家一軒分。
先祖代々の家宝。
それが―――。
びーだま?
玩具?
フィリアは、ショックのあまり言葉を失った。
どうやら、帝国とこの国では、価値基準が全く違うらしい。
我が家の家宝が、ここでは子供の玩具。
所持金なし、宿なし、仕事なし。
異界生活の開始1日目にして詰んでしまった。
すると、その時―――。
店主の視線が、フィリアの胸元へ向けられた。
「お、おい嬢ちゃん」
「はい?」
「その胸のやつ……」
フィリアは視線を落とした。
【薬師バッジ】だ。
帝国の『薬師ギルド』所属を証明する金属製のバッジ。
薬師であれば誰でも持っている。
価値などない。
帝国では、二束三文にもならない。
ところが、そのバッチを見た店主が無精髭を触りながら「おい嬢ちゃん。その胸のバッチを見せてくれねぇか?もしかしたら高く買い取れるかもしれねぇぞ」と言った。
「え?は、はい。こんなのでよければ……」
フィリアはそう答えると、バッジを外して店主へ差し出した。
大きさは日本の10円硬貨より少し小さく、表面には、薬師の象徴である植物の紋章が刻まれている。
店主は、白い手袋を身に付けて、ルーペでじっくりと観察を始めた。
「初めて見る細工だな。しかも刻印なしか……少し時間がかかるがいいか?」
フィリアは、静かに頷いた。
店主は、電子秤で重さを量った。
「12グラムか……」
そして分析装置を使い始める。
店内に沈黙が流れた。
フィリアは、椅子に座って静かに待つ。
10分後―――20分後―――。
そして――。
店主は査定を終えると、無精髭を触りながら電卓を叩き始めた。
カチカチという音が店内に響く。
「やっぱり、『純金』だったな」
「じゅんきん?」
「今の金の相場は1グラム2万2千円だ。重量は12グラムだから、地金としての査定額は26万4千円。そこからウチの手数料を差し引いて……」
フィリアは、思わぬ展開に目をパチパチさせている。
「ウチでは、『25万円』での買い取りなるが、どうする?」
「お、お願いします」
「交渉成立だな。あっ、身分証はあるか?」
「みぶんしょう?」
「あぁ。お嬢ちゃんは外国人みたいだからパスポートでもいいが」
フィリアは、『異世界』から転移してきた身。
身分を証明するものなんてあるわけない。
店主は無精髭を触りながら「ふ~む、まさか嬢ちゃん、訳ありか?」と尋ねる。
フィリアは、何も答える事が出来ずにいた。
目の前の男は、この街の『奴隷商人』。
フィリアは、DVDの女性の笑顔に目を向けた。
下手な事を言えば、自分も、この女性のように……。
数分の沈黙。
店主は、タバコに火をつけると「まあ、ここは歌舞伎町だからな。訳ありしか来ない街だ。買い取ってやるよ」と言った。
フィリアは、ホッと安堵して「ありがとうございます」と答えた。
「だかな。こっちも危ない橋を渡るんだ。手数料は上乗せさせてもらう。『20万円』で買い取るがどうだ?」
フィリアは、コクリと頷く。
「よし、今度こそ交渉成立だな」
こうしてフィリアは、予想外の出来事が続いたが、なんとかお金を手に入れたのだった。
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