表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
55/60

メニュー055 水③

 薬師ギルドの中庭で、一人の少女が楽しそうに走り回っている。


 「ガイアス!見て見て!お花さんが元気になったよ!」


 「さすがじゃな、フィリア。毎日、お世話を頑張ったからじゃな」


 「えへへ!」


 ガイアスに頭を撫でられた幼きフィリアは、嬉しそうに、はにかむ。


 「よいか、フィリア。お主の聖魔法は、たくさんの人を助けることが出来る素晴らしい力じゃ」


 「うん!そうだね!」


 「じゃが、その力は同時に、この国の均衡を変えかねないほど大きな力でもある」


 「きんこう?」


 「まだ、少し難しかったかもしれんな」


 そして、フィリアの肩へそっと手を置いた。


 「ただ、一つだけ約束してほしいことがある」 


 「約束?」


 「お主の聖魔法を、水へ直接使ってはならんぞ」


 フィリアは、不思議そうな顔を浮かべる。


 「ガイアス、どうして水に聖魔法を使っちゃだめなの?」


 「それはじゃな……」


 ◆


 夜、喫茶異世界の蘭の部屋では、静かな空気が流れていた。


 フィリアは、蘭の腕へ丁寧に湿布を当てている。


 昼間に受けた暴力の痕は痛々しく、腕にも頬にも大きな痣が残っていた。


 「蘭ちゃん、大丈夫ですか」


 蘭は小さく微笑もうとしたが、その表情は痛みに歪む。


 「私は……大丈夫」


 その声には、少しも大丈夫な様子はなかった。


 フィリアは胸が締め付けられる思いで蘭を見つめる。


 「フィリアさん……巻き込んでしまって……ごめんなさい」


 「私のことは気にしないでください。それよりも、今夜はゆっくり休んでください。身体を休めることが一番大切です」


 蘭は、小さく頷いた。


 フィリアは、その姿を見つめながら強く思う。


 (絶対に蘭ちゃんを、あの男の所へ帰してはいけない)

 (もう二度と、こんな傷を増やしてはいけない)


 その決意は、何よりも強かった。


 「蘭ちゃん、少し待っていてくださいね」


 「……うん」


 フィリアは部屋を出ると、一階へ降りて、流し台の前に立った。


 棚からグラスを取り出し、水道の蛇口をひねる。


 水が音を立てながら、グラスを満たしていく。


 その水面を見つめるフィリアの表情は、どこか悲しげだった。


 「ガイアス……約束を破ってごめん」


 フィリアの右手から、柔らかな光が溢れ始める。


 それは一瞬で、喫茶店全体を包み込むほどの眩い光へ変わっていく。 


 ◆


 「ガイアス、どうして水に聖魔法を使っちゃだめなの?」




 「それはじゃな……聖女を越えるからじゃよ」




 ◆


 店内のすべてが神々しい光に照らされて、昼間よりも明るい世界が広がった。


 普通の人間なら、その眩しさに目を開けていることさえ出来ないだろう。


 だがフィリアは、その光の中心を、じっと見つめている。


 少しも眩しそうな様子はない。


 その理由は、フィリアの【瞳】にあった。


 フィリアの瞳は【蒼い】。


 『青』ではない。

 『蒼』だ。


 『蒼色の瞳』は―――




 【初代聖女の瞳の色】




 聖女は、代を重ねるに連れて、瞳の色が薄くなっていく。


 聖魔法の力も弱まっていく。


 やがて瞳の色は、『蒼』から『青』へ変化していった。 


 聖女マリーの瞳は、『薄い青色』だ。




 フィリアは、【初代聖女の力】を引き継いだ【先祖返り】であった。




 つまりフィリアは、聖女マリーを遥かに凌ぐ聖魔法を有している。




 やがてグラスの水は、静かに輝きを収める。


 透明の水は、見た目こそ変わらないが、奇跡とも呼べる力が宿っていた。


 フィリアは、蘭の部屋の扉を開いた。


 蘭は、布団に横になったまま、痛みに耐えるように腕を押さえている。


 フィリアは、できるだけ普段と変わらない笑顔を見せながら、グラスを差し出した。


 「蘭ちゃん、お水を持ってきました。喉も渇いていると思いますので、ゆっくり飲んでください」


 「……ありがとう」


 蘭は一口だけ、水を口へ含む。


 その瞬間、柔らかな光が、蘭の身体を優しく包み込んだ。


 「……え?」


 突然の眩しさに、蘭は思わず目を閉じる。


 頬に残っていた痛みが消えた。


 腕を締め付けていた痛みも、まるで最初から存在しなかったかのように薄れていく。


 やがて光は消えた。


 蘭は腕を触れる。


 「……痛くない」


 信じられないという表情で、頬へも手を伸ばす。


 腫れも熱も消えている。


 フィリアは、安心したように微笑んだ。


 「よかったです。これで一安心ですね。でも念のため、明日は、一日ゆっくり休んでください」


 蘭は、自分の身体を何度も確かめたあと、フィリアへ視線を向ける。


 「……フィリアさん」


 「はい?」


 「フィリアさんは……何者なの?」


 「そうですね……蘭ちゃんには、いつか全部お話しします……いつか必ず」


 蘭は、フィリアの優しい笑顔を見つめ、小さく頷いた。


 「……うん」


 しばらく沈黙が流れたあと、蘭は照れくさそうに呟く。


 「コーヒー……飲みたい」


 「コーヒーですか?今飲むと眠れなくなってしまいますよ」


 「今……飲みたい」


 その言葉を聞いたフィリアは、小さく微笑む。


 「わかりました。それでは、とっておきの一杯を淹れてきますね」


 「……ありがとう」


 フィリアは一階へ降りると、静かにサイフォンの前へ立った。


 

 『おい三流経営者、牢屋に入った事はあるかね?貴様のような、お嬢様は、ないだろうねぇ。だが、床に這いつくばるクズが、私に逆らえば、貴様はブタ箱へ入る事になる』

 


 あの男の言葉が蘇る。

 

 (たとえ私が、この国の牢屋へ入ることになったとしても構わない)

 (蘭ちゃんは、必ず守ってみせる)

 (マスターが残した『喫茶異世界』も、必ず守ってみせる)


 すると、階段を下りる足音が聞こえてきた。


 フィリアが振り向くと、蘭がゆっくりと歩いてきた。


 「もう身体は、大丈夫なのですか?」


 「うん……お水を飲んだら……痛みがなくなった……不思議」


 フィリアは、一瞬だけ動揺したものの、すぐに笑顔を作る。


 「そ、そうですか。それは本当によかったです。そうだ、一緒にシュークリームを食べませんか?今日の分を、まだ食べていませんでしたから」


 「……食べる」


 二人は、いつものテーブル席に座った。


 テーブルには、コーヒー2つと、シュークリームが並ぶ。


 「それでは、いただきましょう」


 蘭は、コーヒーを、ゆっくりと口へ運んだ。


 「やっぱり……美味しい」


 「ありがとうございます」


 そして蘭は、静かに言った。




 「フィリアさん……本当にごめんなさい……そして……本当にありがとう」




 翌朝―――


 「蘭ちゃん、朝食の準備が出来ましたよ~」


 返事がない。


 フィリアが扉を開けると、布団が綺麗に整えられている。


 その部屋には、もう誰もいなかった。




 蘭は―――




 ―――姿を消した。




 読んでいただき、ありがとうございました。


 【ブックマーク登録】や【★★★★★評価】で応援を頂けますと、とても励みになります。


 どうぞよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ