メニュー050 駄菓子②
【喫茶異世界・日向蘭視点】
カウンターでは、フィリアさんが真剣な表情で新作パフェを試作している。
細長いグラスに生クリームを絞り、バニラアイスを乗せる。
その上から、ブレンドコーヒーを煮詰めて作った『特製コーヒーソース』を垂らしている。
「ビッグチョコバーは、こちらでしょうか……いえ、もう少し斜めの方が格好良いですね……」
フィリアさんは、独り言を呟きながら、何度も角度を変えて盛り付けをやり直している。
私は、その様子を少し離れた席から静かに見つめていた。
◆
私の名前は【日向 蘭】二十歳。
1年前に家を出てから、一度も帰っていない。
私の父は、日本最大シェアを誇る製薬会社【日向製薬】の社長。
母は、私が幼い頃に他界して、その後、父は再婚した。
新しい母には連れ子の兄がいて、私達は四人で暮らすことになった。
「日向家の子は、薬学部進学以外認めん!」
これが父の口癖だった。
私も義兄も、将来は父の製薬会社で働くことを義務付けられていた。
義兄は優秀だった。
国立大学の薬学部へ現役合格し、父は大喜びした。
だが、私は違った。
受験に失敗したのだ。
その日から、家の空気が変わった。
「どうしてお前は、こんなにも馬鹿なんだ!日向製薬の娘として恥ずかしくないのか!」
父は怒鳴り散らし、毎日私に暴力を振るった。
継母は、父の暴力を止めるどころか、冷たく嘲笑いながら言う。
「仕方ありませんよ。蘭さんは、あの卑しい母親の娘なのですから」
義兄は、父の隣で胸を張る。
「お父さん、こんなバカ、どうでも良いではありませんか。お父さんの会社は僕が継ぎます!」
家の中に、私の居場所はなかった。
そして私は家を出た。
行く当てもないまま歌舞伎町を歩き続け、お金を稼ぐために、会いたくもない男と夜を過ごした。
「ヘッヘッヘ、綺麗な黒髪じゃないの~。可愛い~。ペロペロしちゃうぞ~」
そう言いながら、髪を乱暴に引っ張り続ける変態親父ともベッドを共にした。
髪を乱暴に引っ張られながら。
髪を舐められながら。
卑猥な言葉を朝まで聞かされながら。
私の心は………………壊れた。
「ヘッヘッヘ、おじさんに君の黒髪を頂戴よ~」
変態親父に、長い黒髪をハサミで切られ、ショートヘアになった。
そして1年が過ぎた。
ある日、新宿で父とすれ違った。
父と目が合う。
その瞬間―――
「チッ」
父は舌打ちをした。
そして、何事もなかったかのように視線を逸らし、そのまま歩き去った。
私は立ち尽くした。
あの舌打ちを、一生忘れることはない。
父はもう、私を娘だと思っていない。
その時、私は一人になった。
私は、その足で【ナイフ】を買った。
【自殺をするために】
【もう………限界だ】
【今日………死のう】
その日、『一人の女性』との出会いが、私の人生を変えた。
私はナイフを買い、人生最期の場所を探していた。
すると、新宿ゴールデン街の近くで、数人の男に絡まれている外国人女性を見つけた。
どうしても見逃せなかった。
父の暴力が蘇る。
変態親父の暴力が蘇る。
私は、ナイフを突きつけて男達を追い払い女性を助けた。
その女性が【フィリアさん】だった。
『ぜひ我が家へ!』
『ここの二階をお使い下さい!狭いですが、それでもよろしければ!』
フィリアさんのこの言葉が、私の人生を変えるきっかけとなった。
フィリアさんは、優しくて、一生懸命で、少し天然だ。
『大神殿の快適な生活を捨てて、頑張っておられるのですね。素晴らしいです!感動です!』
あの日のフィリアさんの言葉は、半分当たっていた。
私が住んでいた家は、松濤の高級住宅街に建つ大豪邸だった。
それでも私の居場所は、一畳も存在しなかった。
今暮らしている二階の物置部屋は、とても心が落ち着く。
◆
「新作パフェが完成しました!」
フィリアさんは、両手を上げて、満面の笑みを浮かべている。
「蘭ちゃん、一緒に食べましょう。今、コーヒーも淹れますね」
そして二人分のコーヒーと、新作パフェがテーブルへ運ばれた。
私は、フィリアさんのコーヒーが大好きだ。
「コーヒー……今日も美味しい」
「ありがとうございます」
私は、視線を新作パフェへ向ける。
細長いグラスの底には、『ピーピーラムネ』が敷き詰められている。
フィリアさん曰く『もしもの危険に備えて笛で助けを呼べるように』らしい。
意味がわからない。
でも、天然なフィリアさんらしいと思った。
ラムネの上には、真っ白なホイップクリームとバニラアイスが盛られ、コーヒーソースがかかっている。
さらに『ダラダラしてんじゃねーよ』と『ヘビースターラーメン』が散らされ、大量の『パチパチキャンディ』が宝石のように輝いている。
左右には『オイシイ棒のチーズ味』と『ビッグチョコバー』が大胆に刺さっていて、頂上には『栗まんじゅう』が堂々と乗っている。
「新作の『栗まんじゅうパフェ』です」
フィリアさんは、自信満々に胸を張る。
その真剣な表情が、あまりにも可愛らしかった。
私はスプーンを手に取り、そっとパフェを一口食べる。
「ど、どうでしょう?」
不安そうに尋ねるフィリアさん。
「……美味しい」
「本当ですか!」
フィリアさんは、子供のように瞳を輝かせた。
フィリアさんの、その笑顔を見ているだけで、私まで嬉しくなる。
もし松濤の大豪邸…いや、大神殿で暮らし続けていたら、私は、今も父の怒鳴り声を聞きながら暴力を振るわれていただろう。
その様子を嘲笑う継母の冷たい視線を浴ていただろう。
義兄に見下されていただろう。
あの大神殿を抜け出して本当に良かった。
父に舌打ちをされたあの日、私は、人生を終わらせるためにナイフを買った。
もしフィリアさんと出会っていなかったら、私はきっと生きてはいない。
フィリアさんは、生きることを諦めていた私に、何も聞かず居場所を与えてくれた。
今の私は幸せだ。
私は『栗まんじゅうパフェ』を食べながら、この幸せがいつまでも続いて欲しいと心から願った。
フィリアさんは、私にとって、本当の『お姉さん』のような存在で、『太陽』のような人だ。
まもなく梅雨が終わり、夏の季節がやって来る。
私の心は、フィリアさんの明るい光に照らされて、梅雨明け空のように晴れ晴れとした気持ちになっていた。
読んでいただき、ありがとうございました。
【ブックマーク登録】や【★★★★★評価】で応援を頂けますと、とても励みになります。
どうぞよろしくお願い致します。




