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メニュー045 ホットサンド

 今日は、朝から雨が降り続いていた。


 喫茶異世界の窓ガラスを、小さな雨粒が絶え間なく叩いている。


 店の外では、傘を差した人々が足早に通り過ぎていた。


 フィリアは、カウンターから、その光景を眺めながら小さく呟く。


 「今日も雨ですね」


 すると蘭が、調理台の掃除をしながら肩をすくめた。


 「……梅雨だから」


 短い返事だった。


 フィリアは、深いため息を吐く。


 店内に客が、全くいないのだ。


 時計の針は、昼過ぎを指している。


 それにもかかわらず、店内は静まり返っていた。


 少し前までは違った。


 テレビで紹介された直後は、店の前に長い行列が出来ていた。


 席は常に満席。

 飛び交う注文。


 フィリアと蘭は、休む暇もなく働き続けていた。


 ようやく喫茶異世界も、軌道に乗り始めたと思っていた所だった。


 だが、現実は甘くない。


 気がつけば、店内は再び閑散としていた。


 フィリアは、窓の外を見ながら肩を落とす。


 「最近、お客さんが少ないですね……」


 「日本は……流行の移り変わりが……激しい国……」


 「はぁ……」


 フィリアは、再びため息を吐いた。


 店が閑散としている原因は、三つある。


 まず一つ目は、この雨だ。


 梅雨の時期に入った事で、最近は雨の日が続いていた。


 雨の日は客足が遠のく。


 梅雨が開けるまで、客入りに関して厳しい戦いが予想される。 


 そして二つ目は、ケバブだ。


 フィリアは、店の隅に置かれたケバブグリルを見つめた。


 あれほど人気だったケバブが、最近は、まるで注文されない。


 正確には、ケバブ屋台の店員達しか食べていない。


 最後の三つ目。


 喫茶異世界のライバル店が現れたのだ。


 新宿ゴールデン街のすぐ近くに、大手喫茶店チェーンが新店舗を出した。


 広く綺麗な店内。

 豊富なメニュー。

 大きな知名度。

 莫大な資本。


 喫茶店を利用する人の多くが、新店舗へ流れてしまった。


 「このままではいけません」


 フィリアの瞳には、決意の炎が宿っている。


 「また、お金がない喫茶店に、逆戻りになってしまいます」


 それだけは避けたかった。


 今は自分一人ではない。


 この国の聖女様もいるのだ。


 なんとしても、店を立て直さなければならない。


 こうして、フィリアの『喫茶店繁盛大作戦』が幕を開けた。


 数日後。


 店先には、新しい看板が置かれていた。


 大きな文字で、こう書かれている。



 【ケバブ辞めました】



 その看板を見て、数人の男達が膝から崩れ落ちた。


 「ソンナ……」


 「ウソダロ……」


 「フィリアァァァ……」


 ケバブ屋台の店員達だ。


 そしてその横では、蘭が手配したリサイクル業者が、ケバブグリルを運び出している。


 ゴロゴロと音を立てて、台車に乗せられて去っていくケバブグリル。


 フィリアは、胸の前で手を組んだ。


 さようならケバブグリル。


 1ヶ月間ありがとうケバブグリル。


 短い付き合いだった。


 けれど忘れないよ。


 君が店を救ってくれた事を。


 フィリアは、去り行くケバブグリルを見つめながら、経営の厳しさを思い知った。


 経営者とは、時に残酷な決断を下さなければならないのだ。


 そしてケバブ屋台の店員達が、必死の形相で駆け寄ってくる。


 「コノミセノ、ケバブナイト、コマルヨ!」


 「ココノケバブタベナイト、イキテイケナイ!」


 「オレタチノ、イキガイ!」


 悲痛な叫びだった。


 フィリアは、少しだけ申し訳なくなった。


 だが、喫茶店でケバブは斬新すぎたのだ。


 初めて来る客が、敬遠してしまう原因にもなっていた。


 だから、別の形に変えなければならない。


 フィリアは考えた。


 せっかく覚えたケバブ料理。


 なんとか活かす方法は、ないだろうか。


 考えて。

 考えて。

 考えて。


 そして―――


 閃いた!


 フィリアは、ライ麦パンを取り出した。


 ライ麦パンの表面を、フライパンでこんがり焼く。


 焼き色が付いたライ麦パンから、小麦の香りが立ちのぼる。


 続いて、オーブンで焼いた鶏肉を、ライ麦パンの上にのせる。


 香辛料の効いた肉から肉汁が溢れ出す。


 さらに新鮮なレタス、トマト、オニオンと、彩り豊かな野菜を重ねる。


 そして、特製ケバブソースをたっぷりとかける。


 最後に、上からライ麦パンで挟み、半分にカットする。


 断面から肉と野菜が顔を覗かせた。


 「完成しました」


 喫茶異世界の新メニュー『ホットサンド』だ。


 試作品をテーブルに並べた。


 フィリアと蘭は、向かい合って座り、手を合わせる。


 「いただきます」

 「いただきます」


 さっそくフィリアは、ホットサンドを持ち上げた。


 こんがり焼けたライ麦パンは、きつね色に輝いている。


 フィリアは、大きく口を開けてガブリとかぶりついた。


 サクッと軽快な音が響く。


 香ばしいパンの風味と、ジューシーな鶏肉の旨味が口いっぱいに広がった。


 噛むたびに肉汁が溢れる。


 シャキシャキしたレタスの食感、みずみずしいトマト、そしてケバブソースの濃厚なコク。


 全てが見事に調和している。


 「美味しいです」


 ファーザーは、思わず声が漏れた。


 ケバブの力強い味わいはそのままで、喫茶店らしい上品さもある。


 まるで、ケバブが正装したような料理だった。


 蘭も黙々と食べている。


 そして二口、三口と食べた後、満足そうに頷いた。


 「フィリアさん……このホットサンド……美味い……」


 「ありがとうございます。これならケバブを敬遠していた客も、注文してくれそうですね」


 フィリアは嬉しそうに頷いて、そう答えた。


 新しい希望が見えた気がした。


 数日後、店先には新たな看板が置かれた。



 【ホットサンド始めました♪】

 【テイクアウトも出来ます♪】



 開店と同時に、ケバブ屋台の店員達が飛び込んでくる。


 「ホットサンドクダサイ!」


 「オレモ!」


 「ミッツ!」


 そして、運ばれてきたホットサンドに、かぶりつく。


 「ウマスギル!」


 「ウチノケバブヤデモ、ハンバイシタイ!」


 「オ~!カミサマ!」


 店内に歓声が響く。


 どうやら好評のようだ。

 

 梅雨の雨が続くが、フィリアの心は晴れたのであった。 




 読んでいただき、ありがとうございました。


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