メニュー044 あんパン②
【同日同時刻・フィリア視点】
今日は火曜日だ。
喫茶異世界のカウンター席には、毎週決まったように一人の女が座っている。
【伏見唯】
本人は『自衛官』と名乗っている。
だが、その正体は、闇ギルドの『詐欺師』兼『暗殺者』兼『スパイ』兼『勧誘担当』の女。
懲りずに今週もやって来た。
私を『闇ギルド』に勧誘するために。
そして、闇ギルドでの私のコードネームは―――
【栗まんじゅうお化け】
ゴースト系統の魔物を意味する『お化け』という名前は気に入らないが、嗜好のスイーツである『栗まんじゅう』がコードネームに入っている事は光栄な事だ。
だが、今この店には、この国の聖女様がいる。
蘭ちゃんに危険が及ぶ事だけは、避けなければならない。
フィリアは、いつも以上に神経を尖らせて警戒していた。
何しろ相手は、本当にしつこい。
諦めずに、毎週必ずやって来る。
そして毎回笑顔で話しかけてくる。
まるで獲物を油断させる熟練の工作員のようだ。
フィリアは、カウンターの中でコーヒーを淹れながら、チラリと唯を見た。
唯は今日も元気そうだ。
むしろ、日に日に元気になっている気がする。
恐ろしい女だ。
フィリアがそんな事を考えていると、唯が嬉しそうに紙袋を差し出した。
「これはシュークリームです!」
フィリアの肩がピクリと震える。
嫌な予感がした。
唯は、満面の笑みを浮かべている。
「最近フィリアちゃんは、シュークリームにドはまりしているとの情報を得ましたので!買って来ました!」
フィリアは凍り付いた。
なぜ、この女は、私がシュークリームにドはまり中である事を知っているのか。
フィリアの背筋を冷たいものが流れる。
そして、恐る恐るシュークリームの箱を見る。
高級そうだ。
シュークリームがキラキラと輝いている。
実に美味しそうだ。
まるでシュークリームが『闇ギルドに入りなよ』と手招きをしているようだ。
この女は本気だ。
本気で私を闇ギルドに勧誘しようとしている。
実際は―――
《フィリアちゃんがコンビニで大量のシュークリームを買ってたよ》
唯がSNSのこの投稿を見ただけだ。
だが、フィリアの中では『闇ギルドの諜報網が私の行動を監視している』という結論に至っていた。
なんという情報収集能力だろう。
帝国の諜報機関ですら、ここまで優秀ではない。
フィリアは、ますます警戒を強める。
これは間違いなく罠だ。
シュークリームで油断させたところを「さぁ!闇ギルドへ入りましょう!」と勧誘する作戦なのだろう。
だが、このシュークリームに罪はない。
むしろ、シュークリームは被害者だ。
こんな陰謀に利用されているだけなのだ。
だから、後で蘭ちゃんと美味しく頂こう。
そしてフィリアは、長い熟考の後、シュークリームを受け取った。
唯は、受け取ってもらえて、満足そうに笑っている。
「また来週来ますね!おかげで元気をもらいました!今日も、行ける所まで走って帰れそうです!」
この女は、今日も走って帰るつもりらしい。
暗殺者として、身体を鈍らせないためだろう。
フィリアは『暗殺者も大変だな』と思った。
そして唯は、笑顔で店を出て行った。
フィリアは、その後ろ姿を見送りながらホッと胸を撫で下ろす。
とりあえず今日も無事に生き延びた。
だが、その時だった。
奥のテーブル席から、一人の男性客が立ち上がった。
その男は、真っ直ぐカウンターへ歩いて来る。
フィリアは「追加のご注文ですか?」と声をかけた。
すると男は、柔らかな笑みを向けた。
「突然すみません」
丁寧な口調だった。
「私、伏見唯と同じ職場の番田と申します」
フィリアの蒼い瞳が大きく開く。
あの女と同じ職場……。
つまり、闇ギルドの関係者!?
まさか―――
この男は『闇ギルドの幹部』!?
フィリアに緊張が走る。
一方番田は、フィリアを『唯の専属トレーナー』だと思っている。
二人の誤解が交錯した。
「伏見が、いつもお世話になっております」
フィリアは「い、いえ」と小さく頷いた。
『闇ギルドの幹部』がやって来たという事は、とうとう勧誘の話をするつもりか。
フィリアは、今日最大の警戒を男に向ける。
すると番田は「いやぁ、あなたには本当に感謝していますよ」と、笑顔で言った。
「感謝……ですか?」
番田は「はい」と大きく頷いた。
「あなたのおかげで、伏見は、毎日元気に『訓練』を行えています」
フィリアは眉をひそめる。
『訓練』
訓練とは、おそらく暗殺訓練。
もしくは諜報訓練。
潜入訓練かもしれない。
闇ギルド……恐ろしい組織だ。
番田は、続けて話し始める。
「我々の間では、伏見の事を『不死身の女』なんて呼ぶ者もいるんですよ。いやぁ、あなたのおかげで、たくましく成長していますよ。ハッハッハ」
フィリアの思考が停止した。
不死身?
不死身とは……死なない身体。
フィリアの脳内で、古い伝承が蘇る。
それは、帝国に古くから伝わる伝説。
死なない女。
永遠を生きる存在。
人ならざる者。
その存在を、帝国では【魔女】と呼ぶ。
フィリアは、全て理解した。
唯の正体は……不死身。
つまり、不老不死の【魔女】。
フィリアの中で、新たな真実が誕生した。
番田は、フィリアに敬礼する。
「それでは私は、これで失礼します。これからも不死身…ではなく伏見の事をよろしくお願い致します」
そして番田は、笑顔で店を後にした。
店内に静寂が訪れる。
フィリアは、怒涛過ぎる展開に固まっていた。
その様子を見た蘭が、心配そうに近づいて来る。
「……フィリアさん?」
返事がない。
「……大丈夫?」
蘭が、フィリアの顔の前でパタパタと手を振る。
すると、ようやくフィリアが『ハッ』と反応した。
そしてフィリアは、真剣な表情で蘭の肩をつかんだ。
「蘭ちゃん、安心して下さい。蘭ちゃんの事は私が守ります。たとえ相手が『恐ろしい魔女』であったとしても……」
「……???」
闇ギルドの『暗殺者』兼『詐欺師』兼『スパイ』兼『勧誘担当』兼『魔女』。
こうしてフィリアの中で、唯の肩書きが、また一つ増えたのであった。
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